第十三話「ラスボス――対話」
誰も居ない教室。
朝の出来事に時間を取られた俺は、それでも遅刻する時間ではなかったはずだ。
しかし、俺が教室に入った時、本来は居るはずのクラスメイトの連中は居なかった。
……いや、現実から目を逸らすのはやめよう。
ただ一人、行儀悪く教卓の上に座り、腕を組んで微笑む少女――神坂木みみを除いて、教室には他の誰も居なかったのである。
「おはよう、日々丸くん。どうしたんだい? 鳩が豆鉄砲食らったような顔をして」
「言葉には気をつけろ。罪もない鳩に何かあったらどうするんだ」
「おや」
と、神坂木は意外そうな顔をした。
「その言い方だとまるで、私の言葉が現実になる――みたいに聞こえるね?」
「そう言ったんだ」
今の神坂木がツンデレからどういう性格に変わったのかはとりあえず置いといて。
神坂木に関する不可解な点なら、まだあった。
通学の途中にあるあの『曲がり角』。
俺と神坂木はそこでぶつかったわけだけど、どうして神坂木はわざわざ学校とは逆の方向に向かって突っ込んで来たんだろうな? 忘れ物をして、家に取りに帰る途中だったのなら説明はついたんだろうけど、生憎と彼女は帰らなかった。また反対方向――学校の方角へ走り去ったのだ。
「私はね、転校してきたばかりなんだ。無論、引っ越しもね。だから、『道に迷った』って言ってしまえば、さすがにその証言が不可解とは言えなくなるね」
「引っ越し、ねえ。そんな話は聞いた事がないけれど、まあいいや。お前の言う通りだよ。不可解な点はなくなっちまった」
「……ふぅん?」
「意外そうな顔をするな。俺は探偵気取りすら出来ない底抜けの馬鹿だよ。直感や嘘を頼りに生きる、凄く適当な人間何だよ」
俺は鬼頭内にはなれない。
どれだけ頑張ったところで、何も解決する事など出来ないのだ。
俺を主人公にした推理物は、不完全燃焼で終わる運命なのさ。
……なんちゃって。
「一つ、お前に言っておきたい事がある」
「何?」
「俺はもう、お前を好きになれそうにない」
「え……?」
「好きだったけど、それは『何か』が関係してて……でも、俺の友人のおかげで目が覚めた。本当の事がわかったんだ」
清々しいほどの笑顔で、俺は、
「お前、俺の好みじゃねえや」
無駄にいい声で、格好つけて言った。
これで神坂木が『異常』じゃなくて『正常』なら、俺は最低だ。『異常』であってもこんな事を言うのは最低かもしれないが、何、全ては『嘘』何だから――彼女の言った言葉を借りると、『嘘』で『本当』なのだ。
「……友人、ね」
「ん?」
「日々丸くんを誑かした悪い友人さん――何処の馬の骨?」
「鬼頭内って言う馬の骨だよ。登校中に爆死したけどな」
「よかった」
神坂木は、満面の笑みで、
「殺してくれて、ありがとう――日々丸くん」
「…………」
こればかりは覆らない。
やはり、俺の発言が原因で、鬼頭内は死んでしまったようだ。
そうだよな。
何逃げようとしてたんだよ、俺。
神坂木だけじゃない、俺ももう、『異常におかしい』んだよ。
「お前、俺にこの『能力』を与えたんだろ? 自分と同じにするために」
「日々丸くんが頑張ってるようなので、正直に答えてあげちゃいましょう。……そう、日々丸くんの『能力』は、本来、私の持っている『能力』――私はこれを、『幻想世界』って呼んでるよ」
……くそ。何か知らんが、展開早いなコンチキショウ。本当なら、例えば、鬼頭内が手紙なんてヒントを与えなかったら、この『能力』に気づいた俺が好き勝手に楽しんでいたはずなのだ。女子に好かれたり、勉強や運動で活躍したり、友人関係や教師からの信頼も厚い――およそ今の俺からではありえない展開も、ものにする事が出来たというのに。もしもの世界――パラレルワールドとかがもしあったら、そこの俺は今頃楽しんでるのかも……羨ましいなあ! 何で俺は、そんな楽しいイベントを全てなかった事にして、いきなりラスボスと対峙してるんだろう……? それもこれも全部、鬼頭内のお節介のせいである。あの野郎、普段は俺の事を平気で馬鹿馬鹿と罵るくせに、何をこんな時に限っていい人になってんだ……俺の嫌いなタイプだ。ああ、だから、嫌がらせって事なのか。ひでぇ奴。死ねばいいのに。……あ、今のやっぱりなしね。生き返ればいいのに。うん、俺っていい奴。
閑話休題。
神坂木の『幻想世界』。
もしかして、その『能力』で俺は『能力』を得たのか?
でも、それって『嘘』、何だよな……?
「『嘘』であって、『現実』でもあり、『嘘』ではなく、『現実』ではない――そんなとこだろ」
俺が言ったわけでもなければ、それは神坂木の声でもなかった。
「ん、『文字通り』に生き返ったが何か文句があるのか?」
鬼頭内金具……お早い復活で。