終わりの願い
わたしは、勇者として召喚された存在だった。
何の変哲もないただの女子高生であったわたしが、何故呼ばれたのかは分からない。それでも世界を救う為だと言うから、できる限りの事をしようと思っていた。
――――――それが歪み始めたのは、いつだったのだろう。
そう、それは、異邦人であるわたしを勇者として崇め祭るその裏であのような何処の馬の骨とも知れぬ下賎の者をと口汚く罵る人間達を見てしまった時だったのかもしれない。
それを聞いたとき、わたしは悟ったのだ。
弱さを見せれば付け込まれる。決して己が内を晒してはならないのだと。
それからわたしは、泣くことを止めた。涙を見せるということは、弱さを見せるということ。弱さを見せればあっという間に捨てられる。だからわたしは、泣かないと決めたのだ。
そんな中で心を許せたのはたった二人だけ。わたしに巻き込まれてこの世界に来てしまった彼ともう一人、君だけだった。君はとても素直で、純粋で。何の含みもなくわたしに接してくれたから、打算無くわたしに好意を向けてくれたから、わたしも自らを偽らずに在れた。
――――そう。あの頃のわたしは、とても幸せだった。
弱さを見せてはならないと気張って、思い出せば辛くなると元の世界に背を向けて、前だけを見詰めて。
それでもわたしは、確かに幸福を感じていた。変わらぬ日々に。他愛ない会話に。大切な人が傍にいてくれる事に。
けれどそれらは、あまりにも呆気無く壊れた。
わたしの、大切な人が。
わたしが、唯一弱さを晒すことのできた彼が。
――――――――――死んだ、ことによって。
それなのに、わたしは、何故か。
・・・・・・泣くことが、できなかったのだ。
悲しい、のに。辛いのに。悔しいのに。大好きだったのに。いとおしかったのに。大切だったのに。それなのに、なぜか。わたしの目から涙が流れることは無かった。
だからわたしは、気付いてしまった。
わたしは、自らに泣くことを禁じ、それを続ける内に、いつの間にか――――泣くことが、できなくなっていたのだ。欠伸をした時だとか、笑いすぎた時だとか、そういった生理的な涙は流れる。
けれど、自らの感情の起伏による涙は流れない。視界が滲む事すらない。
わたしは、泣けない。泣かないのではなく、泣けないのだ。
それに気付いたときから、わたしは静かに壊れていった。
ひどくゆっくりと。けれど、確実に。
彼を殺した人間たちを、わたしの涙を封じたこの世界を、呪うようになっていったのだ。
――――何故、なんの非も無い彼が死ななければならない?
――――何故、わたしがこんな世界を救わねばならない?
――――何故、何故、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼ。
そして、わたしは。
勇者であることを、放棄した。
それを、この世界は、許さなかった。
―――――――嗚呼。
薄れゆく意識の中で、想う。
君はとても、優しいから。こんなわたしの、最後の願いも、きっときいてくれるのだろう。
わたしは君のことが、とても好きだった。それは家族に対するもののようであり、決して恋愛感情ではなかったけれど。確かに君は、わたしの大切な人だった。
復讐を願ったことを、それを君に望んだことを、後悔するつもりは無い。
けれど、それでも。
君にこんなお願いをしたわたしが、祈るのは間違っているということは分かっている。
それでも、まだかろうじて完全に壊れてはいなかったらしいこころでおもう。
どうか、きみが、
わたしのいない世界で、わらえますように。