表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

足元にご注意を

作者: 黒野 衣梨

ヒールの音、五十人目、運命の人、そして男の受付嬢。


今回はそんな話です。




楽しんで読んでいただけると嬉しいです。

コツ、コツ、コツ…

石でできた床にヒールの音がよく響く。

ここはとある会社のロビー。

もっと細かく言うとここはさびれた会社の受付。

受付には「受付嬢」と呼ばれる女の人が居るはずなんだが、残念ながら今受付に座ってるのは正真正銘、男の俺だ。

何で男が受付嬢?

っていう疑問には答えられない。むしろ俺が知りたいくらいだ。

大学卒業して会社に就職したら、俺の居場所はこの受付だった。

なんて一人で回想してるのも誰も受付に来ないからで。

「はぁ。」

俺は視線を白い受付台に落として小さくため息をつく。

耳を澄ましたままで。

さて、ここで一つ俺の秘密をカミングアウトでもしようじゃないか。

別に誰にってわけじゃない。

ただの独り言だ。

俺は、運命をとてつもなく信じてる。

それだけの事。

だが、就職もしてる大人が運命を信じているというのは少しおかしい話だと思わないか?

しかも、信じ始めたのは就職してから。

前にこの受付にいた先輩に聞いた、

“一日で、五十人目のヒールの音が響いたらそれを履いている人が運命の人だ。”

という話を信じてる。

話してくれた先輩も先輩に聞いて…と代々伝わる話なんだとか。

五十人なんてすぐだろう…とか最初は思っていたがなかなかその数字までは届かない。

なんせここは床だけがやけに見栄を張っている小さな会社。

毎日律義に数え続けても、多い日だって四十人行くか行かないか。

しかし、今日は四八人分ヒール音が響いている。

過去最高だ。

ちなみにその運命の話をしてくれた先輩は本当に五十人目のヒールの人を捕まえて結婚までしてしまっている。

今日こそ五十人目が来るかもしれない。

なんて思いながら耳を澄ます。

すると…

―コツ コツ コツ

四九人目だ。別に受付に用があるわけではないようで、そのままスタスタと社内に入っていく。

あと一人。

次響いたヒールの音の主が俺の運命の人。

俺はドキドキしながら耳を澄ます。

もちろん、俺が緊張してるなんてことは周りのだれも知らない。

気付かれないようにしてるし。

耳を澄ましてもロビーは静まり返っている。

今日、俺が会社を出るまであと一時間弱。

やっぱり無理かな。

そんな考えも出てきた。

刻々と受付終了の時間が迫ってくる。

受付なんて誰も来ないからあってないようなものだけど。

会社の中も帰り支度が始まる。

もうだめか。

諦めて俺も帰る支度を始めたら…

―コツ コツ コツ コツッ

かなり急いでいるような雰囲気の足音が聞こえてきた。

音が響く。

―コツッ コツッ コツッ コツッ

その音の主は軽く走るような感じで近づいてくる。

ダンッ!

その女性は受付台を叩く勢いで話しかけてきた。

「ま、まだ大丈夫ですか!?」

息を少し切らして喋っている。

焦っているからか、主語がなくてなにが大丈夫か分からない。

とりあえず、受け付け終了まではもう少しある。

「大丈夫ですけど…ご用件をお願いします。」

俺は帰り支度を止めて受付台の前の椅子に座る。

「よかった。」

ホッとした様に息を吐いて、

「これ、お届け物です。」

小脇に抱えていたバックから大きめの封筒を取り出して、台の上に置く。

「今日までに。って言われていたのですけど、うっかり忘れてて。」

照れたように笑う彼女は可愛らしかった。

「はい。 確かに受け取りました。」

俺は封筒を取って小さくうなずいて返す。

「それでですね…」

受け付けとしての仕事はここまで。

今からは男としての仕事を。

「? 何ですか?」

不思議そうに首をかしげている。

こう改めて彼女を見るとかなりの美人であることが分かる。

どこかの会社のバイトなのか、スーツよりも堅苦しくない少し崩れた服装をしている。

れ、連絡先を聞くだけ。それだけだ。落ちつけ俺。

だが、自分に言い聞かせただけではドキドキは治まらず。

相変わらず心臓はバックバク。

「連絡先交換してくだい!」

思わず椅子から勢いよく立ち上がって大きな声を出してしまった。

一気に周りの視線がこちらに集中する。

恥ずかしくなって視線を下へ落としたら…

「え!?」

彼女が履いていたのはヒールではなくブーツだった。

あぁ、そうか。

ブーツでも音鳴るよな…

自分の早とちりにもっと恥ずかしくなり、とりあえず椅子に座りなおした。

「ご、ごめんなさい!!」

ブーツの彼女は早口でそれだけ言って走って行ってしまった。

ブーツはヒールのうちに入らないんだな。

だから彼女は俺の運命の人じゃなかったんだ。

さて、残された俺に向けられるのは生温かい同情の目。

視線が痛いです。

そんな同情してくれる優しい皆さんは帰りに「ドンマイだね飲み会。」とかいうものを急遽開いてくれた。

運命の話を教えてくれた先輩も一緒に。

俺が運命の人に出会うのはもっともっと先なのだろうか。

今度はこんなことがないようにしっかり足元を確認しなければ。

読んでいただきありがとうございましたっ



今回はハッピーエンドじゃないですね;


かといってそこまでバッドでもない? 微妙な感じです。




感想頂けると泣いて喜ぶかもです←

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この男性にはかわいそうな話ですが面白い話でした。 なぜ五十人目?というところに突然のものを感じましたが、それはそれとして…むしろその先輩のなれそめ話を聞きたい感じですね。 ショートショート…
[一言] う~む… 確かに微妙な後味ですな…
[良い点] 良いなぁ...ホントに良い。 この独特の世界。 短文なのに読み進む内に、その世界に引き込まれる感じ。 特に最後の落としは心地よいです。 [気になる点] 特にないと思います。 [一言] こう…
2011/04/10 21:11 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ