朝日の行方
このお話は、私が幼い頃疑問に思った『朝日はのぼる。夕日は沈む…じゃあ、その朝日どこへ行ったの?夕日は、どこから登るの?』とお母さんに聞いていた幼い頃疑問に思ったことをテーマに、Aiに文章化してもらい、一緒につくった共同制作の作品です。
私自身がゴビの調整や行間などの演出など、こころを込めて編集しています。
幼い疑問への物語を
読者の私と一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
物語:
『朝日のゆくえ』
「ねぇ、お母さん。朝日さんはどこに行っちゃったの?」
夕暮れ時、空がカラスの羽のような濃い紫に染まり始める頃。
幼い私は、台所で夕飯の支度をする母のスカートの裾を引っ張って、いつもそう訊ねていた。
東の空からあんなに眩しく昇ってきた太陽が、夕方には西の空へ沈んで消えてしまう。幼い私にとって、それは大好きな友達がどこかへ遠くへ行ってしまうような、少し寂しい出来事だった。
母はいつも包丁を動かす手を止め、しゃがみ込んで私の目線に合わせると、優しく微笑んだ。
「朝日さんはね、夜のあいだ、地球の反対側にいる子供たちを照らしに行っているのよ。あっちの国の子たちが『おはよう』って起きる時間だからね」
「じゃあ、ずっと起きているの? 眠くならないの?」
「ふふ、だからね、夕日が沈むのは、朝日さんが『ちょっと行ってくるね』ってバトンタッチしているの。そして、あっちのお仕事を終えたら、また明日『ただいま』って、私たちのところに帰ってくるのよ」
母のその言葉を聞くと、私はいつも安心した。
どこかへ消えてしまったわけじゃない。
遠い国のお友達を温めに行って、また明日戻ってくるんだ。
私は西の空に向かって、心の中で「いってらっしゃい」とつぶやくのが日課になった。
――それから、長い年月が流れた。
大人になった私は、都会の小さな部屋で、忙しい日々に追われていた。
満員電車に揺られ、パソコンの画面と向き合い、心に余裕をなくす毎日。
幼い頃のあの純粋な疑問も、母の優しい声も、日々の喧騒の中に埋もれてしまっていた。
ある日の仕事帰り。ひどく疲れていた私は、ふとビルの隙間から見える真っ赤な夕日に目を留めた。
なぜだか急に、胸の奥がチクリと痛む。
「…朝日、どこへ行ったんだっけ」
記憶の底から、幼い自分の声がよみがえる。
同時に、温かい台所の匂いや、母の優しい眼差しが鮮明に思い出された。
スマホを取り出し、久しぶりに実家へ電話をかけてみる。
何回かのコールの後、少し年老いた、でも聞き慣れた懐かしい声が響いた。
「もしもし? どうしたの、こんな時間に」
「ううん、別に用事はないんだけどね」
私は、ビルの向こうへ沈みゆく夕日を見つめながら言った。
「ただ、久しぶりに朝日がどこに行ったか、聞きたくなっちゃって」
一瞬の静寂の後、電話の向こうの母は、あの頃と全く同じ優しい声で笑った。
「相変わらずねぇ。朝日さんは今、遠い国の子たちを温めに行っているのよ。明日になったら、またあんたのところにも『ただいま』って帰ってくるわ」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた心の糸が、すっと解けていくのが分かった。
世界は変わらず回っていて、明日になればまた、新しい一日が私を照らしてくれる。
「うん、いってらっしゃいだね。お母さん、また電話するね」
通話を終え、私は深く息を吸い込んだ。
明日、また眩しい「ただいま」を迎えるために、私も今日を一生懸命に生きよう。
夜の帳が下りる街を、私は少しだけ強い足取りで歩き始めた。(おわり)




