ジョーカーの魔人
よくある怪談。放課後部活に行く直前に、俺が友人からその話を聞いた時最初に抱いたのは、そんな感想だった。
「ジョーカーの魔人ねぇ」
頬杖をつき疑った調子で俺が鸚鵡返しにすると、机の前に立ち見下ろしてくる友人は心外そうに腕を振る。
「あっ、何だよその目! 本当なんだぞ、本当に二中であったんだからな」
俺友達に聞いたもん、と友人は胸を張った。二中というのは隣の学区にある柏第二中のことで、俺たちが通っているのは柏第一中だ。
「でもさー、本当にあったってんならもっと騒ぎになってるだろ? そんな話聞かないし、そもそも何で連れて行かれるのにそんなの伝わってくるんだよ」
怪談話の不思議なのはこういうところだろう。
「○○すると連れて行かれる」「二度と戻れない」なんて恐ろしげに言うが、何故いなくなった奴の話がそんな詳細に伝わってくるというのか。
今この友人が話してくれたのも同じで、最終的に連れて行かれる、という話だった。
「だっから、連れて行かれるのはジョーカーを引いた時だけだって! 俺必死に話してんだから聞けよちゃんと」
不満げに歯を見せられ、俺は「悪い悪い」と軽く手を振る。
興味もないのに部活前の貴重な時間を分けてやっているだけでも十分優しいと思うのだが、友人にはそれでは不服らしい。
「いいか? ジョーカーの魔人は儀式でジョーカーを引いた奴しか連れて行けないんだ。俺が話を聞いたのはジョーカー以外を引いた奴のだから、連れて行かれなかったんだってさ。――でも、そいつの前に魔人は出てきたらしい。そいつ憎々しげに言われたんだよ。――『お前は連れて行けない』、って」
脅しかけるような低い声。俺は「こえー」と相槌を打ってやる。が、棒読み振りがばれたらしく、またも「信じてないな」と不機嫌な目を向けられた。
しかしそんな不満がられても仕方ない。
俺は別にホラーは苦手じゃない。ガチのお化け屋敷みたいな体験型は少し苦手だが、ただの話、しかもこんな怖くない顔の奴にされても怖がる方が難しい。そんなことを思っていると。
「分かった。嘘だって思うならお前がやってみろよ」
よく笑う友人は、良いことを思いついた、と言わんばかりの笑顔を浮かべて手を打ち合わせる。手の平に拳を打ちつける、という漫画のような動作だ。
でも俺は、それよりも彼が言ったことに「はぁ?」と反応してしまった。
「お前は別に怖くないし信じてもないんだろ? だからさー、実際やってみて本当だったかガセだったか教えてよ。ガセだったらジュース奢るから」
ぐっと親指と立てられる。俺はそれと、友人の顔を交互に見やる。
何で俺が、とも思ったが、こんな勝利の確定した勝負に乗らない手はない。ジュースは素直に嬉しい。
「いいよ。やってやるよ。何も起こらなかったら奢りだからな?」
「おっけー。じゃあもう一回説明すんな。まず、この儀式を行うのは深夜。用意するものはトランプを一セット。手順は、まずトランプを裏返したままぐちゃぐちゃにかき混ぜる。それを山にして、深夜零時丁度に山の一番上を引く。それがジョーカーなら魔人に連れて行かれて、ジョーカー以外ならセーフ。簡単だろ?」
友人の話を聞きながらスマホで要点をまとめていた俺は、問いかけに「まあな」と頷いた。
友人は俺の手元を覗き続け、フリックが終わると楽しげに歯を見せて笑う。
「じゃあ今夜よろしく! 明日の報告楽しみにしてるからな~」
言うが早いか、友人はくるりと身を翻し、手を振って教室から出て行った。人のことを呼び止めておきながらさっさと部活に行ってしまうとは薄情なやつだ。
スマホをポケットにしまいこみ、俺も席から立ち上がる。三年生が怖くない部活でよかった。俺はしみじみとそんなことを考えながら教室を出る。五月の放課後はまだまだ明るい。
深夜23時50分。久々に押入れから出したトランプを、俺は「明日あいつに何奢ってもらうかな」と考えながらかき混ぜていた。
しっかり混ぜられればどれほどで切り上げても問題ないだろう。そう判断し、俺はトランプを一山にまとめる。それから、念入りにカードを切った。
山を床においてちらりと壁にかけた時計に目をやる。二分経過して52分になっていた。
「つーか、ジョーカー引いたら連れてかれるって言われてんのに、明日の報告~なんて言ってる時点であいつ信じてねぇじゃん」
放課後の様子を思い出し俺はぽつりと呟く。
自分で信じていないことで賭けをするなど変わった奴だ。あいつホラー苦手だったっけ? なんてことを考えてぼんやりしている内に、針は58分を指していた。
俺は改めてカードに向き合い、その隣に秒数表示も入るよう時計を設定したスマホを置く。30秒経ち一旦暗くなったスマホの画面を、指先で軽く叩いて再び明るくした。零時まで後40秒。
後30秒。
後20秒。
後10秒。カードに手をかける。
9、8、7、6、5、4、3、2、1――。
午前零時。ゼロ秒になるのとほぼ同時に俺はトランプの一番上をめくる。このトランプは52枚にジョーカー2枚の計54枚。54分の2。約4パーセントの確立。正直、当たることなんてないだろう。
――少なくとも、俺はそう思って……そう確信して、カードを引いたはずだった。
「……マジ、かよ……」
めくり上げたカードを見つめ、俺は自然と緊張し喉を鳴らす。
俺の手の中に納まった一枚には、にたにた笑い鎌を構えたひょろりとしたピエロを描かれていた。見紛う事なきジョーカーだ。
「は、はは。ある意味凄い強運だな俺」
何てことない、ただのくだらない怪談なんだから。そう思っても拭えない不安感から俺は独り言を繰り返す。けれど心臓はどくどくと嫌な意味で高鳴り、落ち着かなくなってきた。
ホラーは苦手ではないが、一度怖いと思ってしまうといつも平気で隣り合っているものまで恐ろしくなってくる。
カーテンの閉まった窓が怖い。部屋の影になった部分が怖い。閉め切った扉の向こう側が怖い。自分が立てる音以外が存在しない世界が怖い。
ぶるりと一度体が大きく震えた。俺は乱暴にトランプを床に放り投げる。
「魔人に連れてかれるとか言ってたけど、何も起こらねぇじゃん。はー、やっぱりガセだなガセ。明日あいつに何奢らせようかな~」
気にしていない振りをして立ち上がり、俺は視線を本棚に移した。何かギャグの強い漫画でも読んでから寝よう。
そう思って足を進めた次の瞬間、俺の視界は一瞬真っ暗になった。
「えっ!?」
視界の暗転は一瞬。とはいえ俺は動揺を隠せず、思わず天井を見上げる。天井ではシーリングライトが呼吸するように光を揺らしていた。
先日変えたばかりなのに、先程までは何ともなかったのに。
ぐっと服の胸部分を握り締めると、背後からずるりと何かの手が伸びてくる。自分以外、誰もいない部屋のはずなのに。
それに肩と首のつなぎめ辺りを撫でられると、ぞわりと全身が怖気立った。
何かいる。
何がいる?
俺は混乱する頭で必死に考えた。この状況からいち早く逃げるにはどうしたらいいかを。
リビングに逃げ込めば両親がいるだろう。隣の部屋に行けば妹がいるはずだ。怪訝な目を向けられようと、情けないと馬鹿にされようと、とにかく俺はこの状況から抜け出したかった。
不意に首の違和感がなくなる。もしやいなくなったか、とほぉと息を吐いた。
だが次の瞬間、目の前に〝それ〟は現れた。
白塗りの顔。
青い縁取りのされた三日月形に笑った目。
耳までつくんじゃないかというほどにぃぃと伸ばされた、口紅で太く塗られた唇。
赤と黒の四つ又の帽子を被り、同色を基調にした道化師のような服。
「――っ!!」
自然と目を見開いた俺の遅れた思考では、〝それ〟の名前を呼ぶことは叶わなかった。
代わりに、〝それ〟がゆったりと口を開く。
『次は、お前だ』
さらに唇を引き伸ばし笑うと、〝それ〟は静かに両手を差し出してきた。
どれだけ仰け反ってもついてくるその両手を前に、俺の口は開き、空気を取り込むことを選択する。怒られても、かっこ悪いと笑われても、もうこれしかない。
「うわああああああ……ああ、あ、あ……?」
悲鳴と共に飛び起きた俺は、その間に落ち着きを取り戻し辺りを見回す。
何事もないいつもの自分の部屋。締め切ったカーテンの隙間からは光が差し込んできていた。
ベッドではなく床に転がっていたせいか痛む体を起こす。同じく床に転がっていたスマホに手を伸ばせば、時刻は朝の6時10分。
「ちょっとお兄ちゃんうるさい! 朝から何?」
パジャマ姿の妹が怒りながら扉を開いた。一瞬びくりとしたけど、いつも通りの妹の姿を見ると、すぐに落ち着く。
「悪ぃ、変な夢見て……」
「ふーん? 遅くまで起きてるからだよ。あーあ、起きちゃった。あと20分は寝られたのに」
ぶつぶつと文句を言いながら妹は扉を閉めて出て行った。
遅れて来た母が何事かを尋ねる声が聞こえてくる。妹が聞いたままを答えたのに納得したのか、母は部屋に入ってくることなくリビングに戻って行ったようだ。
俺は深い息を吐いてちらりと近くに散らばっているトランプを見やる。
トランプをいじっていたこと自体は夢ではないようだ。
だが、どこからが夢だったのだろう。こう散らばってしまっては、俺が引いたカードがジョーカーだったのか確かめるのも難しい。
だがもし事実なら、あの道化は――。
「……夢。夢だよ夢」
ぶるりと震えてから、切り替えるように頭を振って俺は残る恐怖を無理やり追い出した。立ち上がりカーテンを開ければ、いつも通りの一日が始まる。
再び例の友人に声をかけられたのは、部活も終わった後の帰り道。
最後に校舎前の時計を見た時18時50分だったので、今は恐らく19時過ぎだろう。
「よー、どうだったー?」
へらへら笑う友人は隣に並んで顔を覗き込んでくる。折角忘れたことを思い出させられ、俺は少しむっとして友人を睨みつけた。
「どうだったじゃねーよ。俺が今お前と話してんだから何もなかったに決まってんだろ。それよりお前、今日一日避けてただろ。こんな時間に来ても賭けはなかったことにしないからな」
覚悟しろよ、と言えば友人は「ひえー」と両手で顔を覆って歩調を緩める。置いてくぞと冷めて言い捨てれば、背後からは「鬼か!」と返って来た。
(あれ、そういやこいつ部活何だっけ?)
俺が今日完全下校の時間より少し遅くなったのは、先輩たちと週刊誌の話をしていたから。盛り上がってしまい、先生に怒られて解散する頃にはいつもぎりぎりまで練習している野球部すらいなくなっていた。
「お前もしかして俺来るの待ってた?」
「待ってたよー」
何だ今日避けてたわけじゃないのか。ちょっと先程言いすぎた気がして申し訳なくなる。
「マジか。連絡くれればすぐ行ったのに」
「えー? 無理じゃね。俺お前の連絡先知らないじゃん」
そうだっけ。ああ、そういえば教える機会がなくて教えてなかったな。
「あー、じゃあ今交換する?」
スマホを取り出そうと鞄を漁る。けど、背後の友人は「別にいいよ」とからからと笑ってきた。
連絡先交換を断られるという、最近では中々ありえないだろう事態に少し腹が立つ。あっそ、と俺は鞄につっこんでいた手を表に出した。顔を見るのも癪で俺は前だけを向き続ける。
「つーかお前いつまでついてくんの? ジュースだったらもう明日でいいからお前も帰れば?」
「うん、帰る帰る」
そう言いながらも友人は後ろをからいなくなる気配がない。こいつこっち方面だったっけ? と記憶の棚を開き始める。
そうして、俺はふと気付いた。
圧倒的なまでに、彼に関する記憶が少ない、ということに。そこからはあっという間に疑問が溢れていく。
俺コイツの家知らないよな。
そういえば遊んだことも少ない……いや、ない?
ていうか、どうして友達になったんだっけ? いつ友達になったんだっけ?
ていうか、こいつ――。
俺の足はぴたりと止まる。
思考はひとつの疑問だけを唱え続けていた。
ていうかこいつ、
(――誰だっけ――?)
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
心臓がばくばくと大きな音を立てて痛いほどだ。乾いた口からは唾液が姿を消していた。喉を鳴らしたくても降りていくのは空気ばかり。
両拳を握り締めて固まる俺の後ろ。いるはずの友人は沈黙を貫いている。
冗談だろ。冗談だよな。きっと俺がいきなり立ち止まったから疑問を抱いているだけだ。そうだ、そうに決まっている。
俺は短い呼吸を繰り返した。何度目かの呼吸の後、意を決して振り返る。何事もないと証明するために。
けれど、俺の視界に入ったのは三つの三日月。俺と目が合うと、それらは更に細くなる。
そこに立っていたモノを、俺はもう「友人」とは呼べなかった。
「うっ」
腹の底から出したはずの声は、飛びかかってきた闇に飲み込まれる。
「ジョーカーの魔人? また変な噂を……」
私は机の前に立つ友達を見上げて呆れた様子を見せる。その友達は両手で拳を作り胸の前で丸めた。
「本当だってば! 一中で本当に人が消えたんだってば!」
必死な友達に、私は「そうなの」と笑いかける。
「あー、信じてない! 分かった、じゃあ今日やってみてよ」
びしりと指が突きつけられる。それを手で逸らしながら「私が?」と問いかければ、友達はうんうんと頷いてきた。
正直その手の話は得意じゃないけど、断って機嫌悪くなられても困る。
「……分かったよ、やる」
引き受ければ、彼女は「ホントー?」と笑った。
三つの三日月が顔に浮かんでいるような笑顔で。
「あ。ねえねえあなた、ジョーカーの魔人って知ってる?」
お読みいただきありがとうございました!
このお話を考えたのは専門学生時代で、実際に着手もしておりました。
ですが、作中の時間と同じ深夜に書いていたところ、USBがクラッシュ。
当時同じUSBに保存していた全てのファイルがその後無事に救出出来たにも
関わらず、この作品だけは完全に復活出来ませんでした。
イベント用フリーとして改めて書くに当たり、
「また壊れたらどうしよう……」
という不安もありましたが、その時は無事に書ききることが出来ました。
HDDも無事なので、魔人もクラッシュを諦めてくれたようです。
イベントに出した同人誌をWeb再録したので、フリーも順次していこうと
思います。
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