ヒトノエ騒動
驚愕の事実というのはいつだって足元に不発弾のように埋まっているものである。父親と母親が昔緊縛SMのホームビデオを撮っていたことや、住んでいたアパートの小さな中庭から三十匹相当も猫の骨が出てきたことなど。
前者については触れないが(お察しください)、後者は前の住人が好奇心から夜な夜な猫を拾ってきては断末魔を録音していたらしい。好奇心、猫を殺す。違うか。
しかしまァ今更どうということもない。夜になると猫の鳴き声が聞こえる程度でカワユスなあ。
そんなものより心臓につららを打ち込むように――インパクトあふれる怖いものとは何か。
それは更に身近で知りたくなかったモノである。足元どころではない近さ。例えばラジノリンクス、ウマバエである。N氏は検索したが、賢明なる読者諸君は検索してはならない。絶対に、である。後悔する。
その朝、月曜だというのに私は疲れ果てて泥のように眠っていた。全身が痛い。ちょっとした好奇心で「御百度みくじ」をしてきたせいである。
他の参拝客に迷惑のかからぬよう決行は朝の四時。日も射さぬ暗闇に青息吐息で階段を登り降りする様はさながら蕩けるベトベトンである。
「凶。待ち人来たらず」
ここ名呑町の麻東洲神社は山の目立たない場所にある。小さな割に、最近は縁結びのパワースポットとして婚活女性に注目を集めている。おかげで参拝客は多い。
「凶。待ち人来たらず」
曰く、そこの縁結びみくじは百回引けば九十九回は凶が出る。しかし百回目には大吉が出現し、必ず「運命の出会い」があるというのである。ただし御百度参りを踏襲し、毎回階段下の鳥居から上がってこなければならない。
「凶。だから運命的にもう来ないんですって。諦めましょうよ」
今は冬。息白く人恋しくなる季節であるが、私は木の股から生まれたような人間であるのでそんな叙情性は皆無。独り大好きっ子である。ただ、得体の知れぬ好奇心だけが私を突き動かしていた。
「狂。もう五十回は引いたか? クレイジーな奴だぜ」
次第におみくじの文はおかしくなりはじめた。私は息も絶え絶えに、麻東洲神社に湧いているという御神水をゴクゴク飲んでやった。
階段は的確に私の脚にダメージを与えてきた。膝がガクガク震え、まるで生まれたての小鹿である。早くせねば健脚の老人達が私を嘲笑いながら追い抜いていくことだろう。
それから、ただひたすらにおみくじを引くこと数十回。とうとう出た。
「大吉。待ち人、絶対来る。べ、別にあんたが百回も引いたから大吉にしてやったんじゃないんだからねっ!」
……ふうん。
目を覚ますと昼過ぎだった。何を思ったか目覚ましブラックガムを噛みながら寝てしまったらしい。シャワーを浴び、体になかなかついてこない頭を合致させ大学へ行く。
腹の底がぐるぐる鳴った。そういえば何も食べていなかった。学内コンビニに入ると狭い売り場に人がごった返している。
それなりに背の高い人間はこういう場所が苦手である。自分がいるだけで邪魔になるうえ速く動くと恐がられる。あげく少し離れて人が減るのを待つことになる。
隣には私と同じくらいの身長をした女性が棒立ちしていた。
「ううん……」
流れに入ろうと何度も挑戦するが、勢いよく通り過ぎる小さな女子集団を前にうまく踏み出せない。アップにまとめた黒髪が揺れた。
数分後、私は人の空いたところへのっそり歩いていった。ここのおむすびは全般的に海苔が塩辛いので却下。かといってパンはすぐに腹が減る。弁当は高いし、甘い菓子類は食べたくない。
「揚げ肉まん? そんなのもあるのか……」
肉まんは好きだがジャンク過ぎるかと思いつつ手を伸ばす。と、横から手が出てきてぶつかった。
「あ、すいません」
反射的にお互い謝る。先程の女性である。よく見れば大きなサングラスとマスクがまるで口裂け女のコスプレ。間から覗く皮膚は、肉が沸騰したまま固まったような有様。
ジロジロ見られて不愉快だろうが、私は何故か見とれていた。彼女はふふ、と笑った。
「あの、肉まんどうぞ」
マスクの奥からくぐもった声がする。大きな体に対して必死に搾り出したような細い声。見ると、揚げ肉まんは残り一つしかなかった。
「いやいやいや、貴女がどうぞ。肉まんは嫌いなんで」
彼女は静かに微笑んだ。
「私も興味本位ですから……どんな味かしらって」
好奇心旺盛な人は素晴らしい。というか、何故か私はもう彼女を好きになっている。ラブ・ストーリーは突然に。ウルトラエクセレンス――第六感コンピューターが私の胸を締め付ける。顔を見るのも恥ずかしい。もっとも、相手の顔の大部分は隠れているが。
「とにかく、こっちは嫌いなんで」
顔を隠し、私は目を合わせずに逃げ出した。読者諸君よ、さあ殴れ。好きな女性を前にして私はチキンである。ただ言い訳をさせてもらえば、もう一秒あの場にいたなら私はどうかしてるとしか言いようのない台詞を吐いていたはずである。
「あの、どこかでお会いしたことはありませんか」
運命の出会い? とんだ恋愛中毒だぜ。
次の授業は生物学入門。急いで講堂に入る。学生たちの中に、澱んだ紫色の空気を醸し出している場所を見つけ、向かった。
やはりN氏である。本日も全身から死の予感を漂わせているダイ・イージー。おー、と彼は面倒そうに低い声で挨拶する。私は席を一つ空けて座り、そこに鞄を置く。授業開始のチャイムが丁度よく鳴った。
「えー、皆さん知りたくなかったことかもしれませんが。天然魚の殆どには何らかの寄生虫がいまーす。えへ」
ざわつく学生を前にして、白衣を着た小柄の教員は朗らかに笑った。線のような目はどこか腹黒そうにも見える。
「今回は昨日に続き、内部寄生虫の話でーす。魚類といえば有名なのはサバにつくアニサキスですねー。コイツは生で食べてしまうと危険でーす。胃液に苦しんで胃袋を食い破ります。えへ」
前回の内容が全く思い出せず、ノートを見るとウマの胃袋で繁殖するウマバエの巣の模写があって吐きそうになる。
「どうしたよ、自ら喜々として描いたくせに」
N氏が小声で言った。
「本当に? 全ッ然思い出せない」
教員はマイク越しに続ける。生き生きとした様子である。
「サンマを食べてる時、オレンジ色の紐が出てきたことはありませんかー。アレは腸ではなくラジノリンクスという寄生虫ですー。食べても無害ですけどね。えへ」
更に自分のノートを遡る。ウマバエが人間の皮膚に卵を産み付け体温で孵化し、毛穴から入り込んで肉を喰い太っていく図が二、三点あった。「返し針があり、抜こうとすれば激痛が伴う」と、とんでもない解説が加えられている。寒気と痒みが一気に肩を駆け抜けた。
そしてやはり描いたことを覚えていない。まるで不発弾の塊のようなノートである。私の正気度が急降下、一時的狂気に陥りそうだったのでそれ以上見るのはやめておいた。
「それから縁起物のあいつですねー。天然モノだけでなく、お店に売ってる鯛なんかの口も覗いて見てくださいねー。もしかしたら彼と目が合うかもしれませんよー。えへ」
真実を知るショッキングな授業が終わり、足のふらつくN氏と外に出る。なんだかんだで慣れた私はまた新しい寄生虫をノートに一体増やしていた。
「おれは次の授業、発表あるから印刷してくる」
N氏はパソコン室へとさっさと歩いていってしまった。
空の胃袋はぐうぐう鳴いて待遇の改善を主張する。そういえば何も口にしていない。まあ落ち着け、とガムを頬張る。鼻からミントの香りが突き抜けていった。
教室で次の授業を待ちながら、ふと彼女の顔が浮かぶ。私はペンを持ち、ノートの空いたところに描いていこうとして――閉じた。
ノートにはサングラスとマスクを着けた女が数ページに渡ってびっしりと描かれていた。手の平に汗が滲んだ。恐る恐るもう一度開く。
「運命の出会いか、それとも」
傍には私の字でそう書かれている。まさに今、私が思っていることが。更に、知らない授業内容が板書されている隙間に彼女がひょこひょこと顔を出していた。この野郎、全く授業に集中してねえ。
「またムシカイ先輩か」
頭上から野太い声が降ってきた。反射的にノートを閉じた。
「お前、最近そればっかりだな」
呆れた顔のN氏がいた。灰色のリュックを置いて椅子に座る。
「ムシカイ」
私はその名を噛み締める。
「蟲を飼う高貴な子と書いて蟲飼貴子。何度目だ、これ」
ムシカイタカコ。
蟲飼貴子!
神秘的な名。素敵。麗しい。奇怪。奇妙。すごい。レベル高い。ぱねえっす。もうあの人なら名前は何だっていいのかもしれない。
蟲飼貴子。
初めて聞いた。しかしN氏は面倒そうな様子で、何度も言っていたようである。私は忘れているらしい。それならやることは一つである。
「ちょっといいかな」
私はN氏に一つ一つ質問し聞き出した。彼は心底うんざりした顔で蟲飼貴子について答えた。
その特異な風貌により有名であること。休学していたこと。二十三歳らしい。友人は多い方ではないこと。ミリオネアでテレフォンの相手として理想的なことから「ミス・テレフォン」と呼ばれるほど知識を持っていること。大学の屋上に出没すること。誰もその素顔を見たことがないこと。見ると死ぬ。声を聞くと死ぬ。名前を言うと死ぬ。とりあえず死ぬ。
「……ヴォルデモート様みたいだな」
そこまでノートにメモして次のページへ行くと、既に上記と全く同じものが書かれていた。私は以前メモしたことさえ忘れていた。その下には自分から自分へのアドバイスがあった。
「N氏に昨日のことを聞け」
昨日は日曜だった。今朝、御百度みくじをして、眠り、今に至る。異議あり。記憶がおかしい。何故昨日の授業をとったノートが目の前にある?
「気付いたか。初めの方は毎朝説明してたんだけどよー。もう面倒だから本人が気付くまで言わねーことにしたんだ」
N氏が私に起こったことの説明をはじめた。その口ぶりは年配バスガイドのように無駄が排され洗練されており、もはや話しつつ漫画を読むという曲芸じみたことさえ平気でやってのけた。
つまるところ。
「今日は木曜日だ。生物学の集中講義は明日で終わり。お前は今、毎日出席して誰よりも熱心に聞いてるが次の日になると全部忘れてやってくるトリ頭野郎だと教員の間で話題になっている」
N氏はこともなげに言う。携帯を見ても木曜日である。楽しみにしていた寄生虫の授業はほとんど聞けていない、と。
「じゃあ私は毎日、同じことを繰り返してるってことかい? 原因は?」
N氏は何度か軽く頷いた。
「ここんとこ毎日お前と話し合ってるが、何回目でもやっぱりその神社のせいってところに落ち着くな」
運命の出会いを呼んだ御百度みくじ。階段を下って上って繰り返す。今は何度目、今は三度目。
蟲飼貴子とどこかで会った気がしたのは運命などではなかった。脳内に薄ら残った記憶が反応しただけだった。
「だが毎回神社に行くけど何も見つかんねー」
「あ、じゃあこれまでやらなかったことを試せば……」
N氏は諦観の笑みを浮かべ、鼻で笑った。
「そう言ってお前さんは昨日、俺の自転車で神社の階段を一気に駆け降りていったんだぜ……」
「ああ道理で体中が痛いと思ったよ」
話の風向きが悪くなってきた。ガムを風船にして膨らませる。視界の下半分に緑色の円ができてくる。
突如、N氏が私の後頭部を叩いた。何度も何度も。
「吐き出せ、早く吐け!」
わけがわからないまま、私はガムを出した。それでもまだ頭を掴んで揺さぶる。N氏、御乱心である。仕方なくボディブローを入れた。
「で、何」
N氏は無言で私に口を開かせ、撮った写メを見せた。私の全身に鳥肌が立ち、背筋がびくんとのけ反った。
私の口に白っぽい生物が二匹いた。十数対の脚を持つ多足類である。大きな黒光りする瞳と目が合ってしまう。牙と前脚で舌に吸い付いていた。
しばし一人で阿鼻叫喚である。
「ヴェ。吐きそう。エイリアンの口から出てくる奴だろコレ」
「ヒトノエっていう神様みたいなもんらしいぞ」
N氏が携帯で検索をかけてくれた。読み上げながらニヤニヤ笑っている。
ヒトノエ。人の餌と書きます。逆ですけどね。人が餌なんですけどね。現在では滅多に見られなくなりました。
神社などの聖域にある水などから人体に入ります。普段は口におり、憑かれた人が眠ると這い出して約一日分の短期記憶を食べます。それにより起きていた時の記憶を失ってしまいます。
たいていは二匹のつがいでとり憑き、ある程度の記憶を食べると脳内に卵を生み付けます。数日すると孵化して長期記憶の方まで食い荒らします。宿主は廃人同様となり支離滅裂な言動を繰り返して一生戻りませんが、それ以外は一般生活に支障はありません。
昔からその筋では縁起物とされ、寄生された人は神の子として崇められていました。つがいで寄生する点から、運命の相手に出会い、更に子宝にも恵まれると言われています。
「……だと。神様だとさ、良かったな」
「ああ気付いてるかな、途中から完全に寄生虫の説明になってること。追い出す方法は?」
N氏は黙って首を振った。残念だが……と。
「嘘だと言ってよ、N氏!」
私は彼を掴んで揺さぶるが、ふとその肩が震えていることに気づく。
「俺だって、親友が廃人同様の神の子になるなんて、そんな悲しいこと認めたくないんだ……」
「おい口元ニヤけてんぞ」
散々嫌がらせしてきたツケか。駄目だ、早くなんとかしないと。
一ッ風呂浴びて布団に入る。とはいえ勿論眠るつもりはない。目覚ましブラックガムを噛みつつマキシマムザホルモンの曲を流し、読みかけのワンピース三十二巻を開いた。
どうにもできずに夜遅くなってしまった。訪ねたが、麻東洲神社には神主が存在しなかった。管理人がいるだけだったが、全く神社とは無関係な人間で歴史も何の神が奉られているかもわからないようだった。
こうなってくると何故私は御百度みくじなどという馬鹿げたものをやってしまったのか、後悔してもしきれない。好奇心、俺を殺す……。
目が覚めた。
昨日の御百度みくじのせいで全身が痛い。ガムを噛みながら寝てしまったらしい。今日から生物の集中講義である。シャワーを浴びると大学へ行く。
腹の底がぐるぐる鳴った。そういえば何も食べていない。昼時の学内コンビニは人でごった返していた。
人の波にうまく入れずにいると、サングラスにマスク姿の大女が隣にいた。かなりの身長である。
「あ、こんにちは」
小さくかすれた声。しかしゆっくりと、相手を包むような。
「どうも」
どこかで会ったか?
軽く会釈をするが、顔を見ても思い出せない。顔といっても大部分は隠れているが。気になるが恐らく見られたくない事情があるのだろう。私は目を逸らした。
「あのう、私の素顔を近くで見た人は……倒れてしまうのです。生れつき顔がグチャグチャで」
彼女は寂しげなトーンで話し、こちらを見て微笑んだ。
「どうしてマスクとサングラスで顔を隠してるのかなって思ったでしょう。そういえば言ってないですもんね」
自意識過剰な奴。それに馴れ馴れしい。会ったことはない。記憶力には自信があるのだ。これはただの面倒な人である。
「あ、面倒だと思ってるでしょう」
何故考えていることがわかる。
私は気味が悪くなり、肉まん売り場の前に立った。彼女はついてくる。
「揚げ肉まん、食べないんですか」
「いいえ、嫌いですね」
私は顔を上げることができない。体が熱くなって震えてきていた。
「嫌いって、嘘でしょう。いつも揚げ肉まんが気になってるんですよね? 遠慮せずに食べて下さいよ」
心を全て読まれているのに、何故こうも私は危機を感じないのだろう。そして彼女が好きになってきているのである。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
揚げ肉まんと茶を買う。私は傍にあった卓に置き、椅子に座った。彼女は当然のように向かいに座った。
「それから、どうしていつもそんなに他人行儀なんですか。まるで初めて会ったみたいに」
困った声。不可解である。
「あの、スミマセン。こんなことを言うのは非常に失礼だと思いますが、誰かと勘違いしてませんかね」
あ。
泣き出した。
こんな人通りの多い場所で。私が泣かせたのである。こんなにかわいい人を。不意に抱きしめたくなったが犯罪だからやめておこう。
彼女はしゃくり上げるように話した。
「私をからかってるんですか? 一昨日、私に告白してくれたじゃないですか。一目惚れだって。話が面白いって」
ええと。ドッペルゲンガーか。誰かが成り済ましていたか。罠か。ハニートラップか。何が目的だ。
「それで、貴女の返事は……」
彼女は首を振った。それは当然の結論である。こんなオカルト狂いを好きになれる方がどうかしている。聡明な女性だ。そして私はこのわけのわからぬ状況でも、やはり落ち込んでいる自分を発見する。
「まだ返事はしていません。もう少しお互いを知り合ってから……」
いっそ今すぐ振ってくれないものか。
「素顔を見てくれないと」
私は先程からずっと目を逸らしている。手に汗が滲んで鼓動が大きくなってくる。
彼女がサングラスとマスクを外して卓上に置くのがわかった。人々が速足で離れていく。私は俯く。
「……どうして見てくれないんですか」
説明しろというのか。
「貴女は私の心が読めるわけではないみたいですね」
彼女も俯く。周囲には誰もいなくなっていた。静かな空間に揚げ肉まんの油っぽい匂いが流れていた。
「いいですか、私は……」
ハニートラップ? ドッペルゲンガー? そんなもの、どうだっていい! 顔が熱い。汗が噴き出す。鼓動が速いのである。何故ならば私は。
「貴女が好きなんです。顔を見るのが恥ずかしいくらいに大好きなんです。正直、貴女のことは思い出せませんけど大好きだって頭の中の片隅にいる誰かが叫んでるんです。はい、照れてます。恥ずかしいですね。でもそれだけです、それだけだから――」
顔を上げた。
「私は真っ直ぐ貴女を見なきゃなりませんね」
悍ましい風貌。痛ましい傷跡。腐ったような色の皮膚。目は弛んだ肉で半分隠れている。歯はまばら。まるでB級映画のモンスター。それでもお化粧をしていた。
「なんだ、味のある顔って程度じゃないですか。こんなことで気を失うわけがない」
私は笑いながら茶を飲む。
「あなたは嘘つきですね、ふふ。手が震えてますよ」
「これは寒いからです」
彼女が笑顔になった。私も嬉しい。続けて揚げ肉まんを頬張る。衣がサクサクして、中身がジューシー。油まみれのザ・ジャンクフード。
突然彼女の目が大きくなり、何か叫んだ。
「どうかしました?」
「ちょっと、口を開けて下さい」
咀嚼し終えてから言われた通りにする。急に頭の中がスッキリしてきた。
「いや、気のせいです。私の顔を見て、どこかに行ったみたいです」
何が、とは聞かなかった。どうだって良いのである。彼女と目を合わせて生きていられるのは私だけで良いのである。
彼女ができたことをN氏に言えば毒液のように呪詛を吐きかけてくるに違いないが、その顔はわりと楽しみ。
さあ誰だってかかってこい。そして殴れ。夢じゃないと証明しろ。私に、とんでもなく素晴らしい彼女ができたぞ!
ちくしょう死ねばいい!