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N氏  作者: 誇大紫
7/22

料理されるもの騒動

 何事も先達はあらまほしきことなりと言うもので、とりわけ納豆餃子飴や悪魔の毒々マッシュルームとしか形容できないキノコやTHE・ZOUMOTSUことホヤを最初に喰った奴は偉いのである。たとえ死んでしまおうとも、だ。

 そこには恐怖を理性で押し殺す人間賛歌がある。

 さて怖いと思えば何だって怖いものであるが今回、何が怖いかって飢餓状態。人は衣食住足りて礼節を知るという。とはいえ衣や住がなくともすぐ死ぬわけではない。とにかく第一に食がなければ話にならないのである。

 先日バニシュデスで消滅したN氏という男がいる。私はこの哀れなる男と行動をともにすることが多かった。何故かと問われればそこに摩訶不思議な現象が常にあったからと答えよう。この世には期せずして霊障の渦に巻かれる不幸な人間がいるものであり、その渦を好んで覗きこみたがるメシウマ人間もまたいるものなのだ。


★★★★


 某月某日、私はN氏の部屋に寄生していた。腹が減り過ぎて寝るに寝られず、のそのそと這いおきる。

 炊飯器を何度覗きこもうと、そこには空虚な穴があるのみであった。私は何度そこへ哀願に似た期待を投げ込んだか知れない。冷蔵庫にはカビた玉葱と賞味期限を確認するのさえ恐ろしい牛乳。私は冷蔵庫の扉を閉じながら、N氏を見る。

「お腹、空かないかい」

 彼は例によってクマのある目で育成シミュレーションゲームをしこしこ行っていた。

「空いてる」

「ご飯無いの」

「無いな」

「どうして無いんだい」

「買ってないからだ」

「どうして買ってないんだい」

「それは金がないからだな」

「どうして金がないんだい」

「働かないからだ」

「どうして働かないんだい」

 そこでN氏はへの字口になり、お前こそどうなんだと言う。

「それは……」

 私は目を逸らし、窓の外を行くミツバチを見た。働きバチは忙しそうにブーンブンシャカビガッビガッと飛び回り、「お前ら働けガンバンベ」と叫んでいるように思えたので再び目を逸らしてN氏と向き合った。

「……働きたくないでござる」

 思わず漏れた言葉は最低なものかもしれなかったが、N氏と私、一字一句同じ言葉を同じタイミングで発した者同士の奇妙な連帯感というかただの傷を舐め合う道化芝居が生まれた。


★★★★


 数十分後、我々はキャベツ畑にいた。一面に広がる瑞々しいグリーンボール。整然と並び、さあボクらを食べてと言わんばかりである。

「今年は豊作すぎて、農家は値崩れを起こさないようにキャベツを潰してるんだよ。一つ二つもらったところで気づかないさ。頭いいでしょ」

「――お前最近、もやしもん読んだろ」

「まあ基本的にいらないものだから店頭のに比べると歪なものが多いけど、そこは吟味すれば限りなく良いものが手に入る。言っておくけど法律上は完全にアウトです」

 私は持参したエコバッグ――地球に優しく人間に優しくないエコの鬼である姉から頂いたものである――にどれを入れるか、数分間吟味した。N氏も丹念に見ていく。結果、明らかに他のものとは異質の――『それいけアンパンマン』にラオウが出ているような――凶悪なまでに柔らかな葉が厚く重なっている、破壊的に旨そうなものを見つけた。

「おいこれ旨そうじゃね?」

 N氏が収穫しようと手を伸ばす。瞬間、彼の顔が緑色になった。いよいよ顔色の悪さも歯止めが効かなくなったのか。否、キャベツが割れ広がり顔に食いついていたのである。まるでフェイスハガー。

 彼はパニック状態で顔からそれを引きはがそうとしたが、足元のキャベツに躓いて転び、その拍子に足がつったらしくゴロゴロとのたうちまわっている。

 なんと愉快な絵面だろう。

 後に聞くと彼はこの時、小さく木琴じみた奇妙な鳴き声を聞いたという。ただそれは、或いは私の声かもしれなかった。というのも彼がキャベツに襲われて呻いている様は私のツボを刺激して大爆笑だったからである。

 そしてこのキャベツがまさかあんなことになろうとは、この時点では誰にもわからなかった。


★★★★


 甲高い怒声が響いた。

「きさんら、何しとん!」

 麦わら帽にゴム長姿の娘が走ってやってくる。どすどすと一歩進むごとに黒い三つ編みが揺れる。

「やばい、見つかった! 逃げ――」

 振り向いてN氏を見るとまだ顔を押さえてジタバタしていた。キャベツの間から片目で切なく私を見ている。

「ええッそんな! 自分には構わず行ってくれって? カッコイイよN氏、カッコよすぎるでヤンス~ッ! ばいばいN氏。今になって思えば奇妙な友情すら感じるよ……」

 私はむぐむぐと呻くN氏を置いて一人で走り出した。背中に恨みがましい視線が突き刺さる。あいつ……あの目……。

「このいかれキャベツがッ! ぶちまわすど」

 しかし麦わら娘はN氏にへばり付いていたものを無理矢理剥がした。途端にキャベツは泡立った後、複数の目を持つ生物へと変化し、林の中へと逃げていった。

 溜息を一つ吐いて、褐色の肌をした娘はうってかわって穏やかな表情になった。

「大丈夫かの」

 我々を助けてくれたらしい。なんといい人だ。

「ああ、大丈夫です。N氏はこういうの慣れてますから」

 N氏を見た娘は突然ムンクの叫びのようなポーズで絶叫した。いちいち声とリアクションが巨大である。

「ああッ! ぶちひどい顔色じゃあ……ここまでやられた人は初めてじゃ。見てみんさい、頬がこけて――ほとんど死人じゃ」

「ええ、私も彼が気の毒でなりません。でもまあ、これがデフォルトですからお構いなく」

 とはいえ問答の末、ウチで休んでいけと言われて飯まで出されれば従うのにやぶさかではない私である。畳に寝かされたN氏を尻目に、私はオクラと納豆とシソのぶっかけそうめんをとぅるんと頂く。

「うまい? 母さんのならうまいんじゃけど、今おらんけ我慢してな」

 娘が繰り出す屈託のない笑顔に目を逸らしつつ、キャベツに擬態していた生物について語り合う。

「……ということは、この辺りには昔からいたのでしょうか。その――ええと、てけてけとかいうのは」

「ん。夜な夜なキャベツを盗ってく。見つかるとキャベツに化けて隠れるんじゃ。ウチはこの辺りの警備担当で岩手メンコイ」

 張り出した胸に輝く名札があった。安っぽい。メンコさんと呼ぶこと、と書いてある。話している方言は岩手でもなんでもないのでややこしい。

「今年は豊作じゃけど、その分だけ盗ってくつもりじゃろうなあ」

「農家の方が作った大事なものを盗ろうなんて、図々しいやつらですね」

 寝ているN氏が眉間にシワを寄せて呻いた。何か言いたげである。

「退治したいんじゃが、よくわからんでの」

 そう言って麦茶を飲み干していく。首に汗が一筋、線を引く。

「あの……さっきから『盗っていく』と仰ってますが。奴らは巣かなにかあって、そこに持って帰ってるんですかね」

「さあ。どうじゃろ」

 娘は鼻をほじりだした。キャベツを守りたい気持ちはあるのだろうが、それにしてもこちらが心配になるほどダイナミックかつスリリングなほじり様である。鼻のほじり方には大別して二種類ある。一つは指先で掻き出すタイプ。こちらは奥に潜んだブツまで捕えることができるが同時に粘膜を傷つけてしまう可能性の高いリスキーなほじり方である。時限装置の解除並の慎重さが必要とされる。もう一つはねじるタイプである。こちらはより安全度が高く鼻孔入口付近を満遍なく攻めることができる。しかし奥までは狙えないもどかしさ。そしてどの指を使うかというのも問題である。今彼女は一般的であろう人差し指を使っているが小指というのもそれはそれで趣深い。中には親指を使う猛者もいるがあれは入口付近しかとれないうえ穴が拡張される可能性も孕んでいるので注意されたい。長々と何が言いたいかというと、つまり彼女は私の話ないし奴らの生態については心底興味がないらしい。

「……じゃあとにかく、尾けてみますか!」

 とメンコさんを見ると、鼻血を出していておおわらわであった。N氏は混乱した彼女にあちこち踏まれてもはや虫の息である。幸いなことに彼は既に意識がなかったが。


★★★★


 N氏が肘やら腰やらを怪訝な顔つきで確かめる。

「なーんか顔しかやられてないはずなのに体中がいてえんだよな……」

 キャベツ畑でつかまえて。我々はマグマめいた夕陽の下、キャベツを見張っていた。N氏は痣だらけの満身創痍である。

「きっとてけてけに神経毒か何かを注入されたんだよ」

「おい、洒落にならんことを言うな」

 こうまでN氏が不審に思っているのに黙秘し続けるメンコさんはいい性格をしている。

「で、なんであの人は鼻血出してんだ」

 ……鼻にティッシュを詰めたままのポーカーフェイスは決まらないものだ。

「しっ。もう来とんよ」

 泡立つ苔色の化け物が不快な音を立ててやってきた。身長は成人男性と同程度である。キャベツの前で静止して数秒、全身の目玉がキョロキョロと周囲を見張る。

 我々は息を殺して緊張していた。しかしシリアス顔のメンコさんの鼻にあるティッシュ――見れば見るほど妙に気になってくる。腹筋が震える。

 その我慢も限界に達しようとした頃――てけてけは腹のあたりに線が入って横に裂け、ぱっくりと開いた大口にキャベツを放り込み始めた。

 私は苛立つメンコさんの腕を掴んで抑えた。

 やがててけてけは大胆にも十数個のキャベツを飲み込んで林へ帰っていく。我々はその粘液の張り付いてキラキラ光る道を追っていった。駅裏の、家や寺社や店が複雑怪奇に絡み合った地域へ続いている。

 後をついていくうち、妙な威圧感のある洞窟へと導かれていた。すでに陽はとっぷりと暮れ、携帯電話の光を頼りに苔むした穴ぐらを進む。我々はたちこめる生臭さに顔をしかめた。嗅覚が役立たずのメンコさんは別として。

 穴ぐらは次第に天井が低くなり息苦しさを伴ってくる。しっとりと濡れた内壁は巨大生物の体内のようである。

 立って歩くことすらままならなくなり、這う。N氏を先頭に、メンコさん、私の順である。メンコさんの尻が私の目前わずか数十センチに鎮座ましましているのがわかる。ただ、全く見ようとは思わなかった。

 ふと脇を見れば壁画が延々と続いている。それは多くの目玉を持つ、てけてけの姿であった。

 やがて道幅が大きくなり、穴が眼下に広がった。一人がやっと通ることのできる程度の直径。

「道は他にないし……降りるしかないね」

「待て待て、どのくらいの深さかわからんぞ」

 手を差し入れても届かない。携帯のライトでも照らし出せない。考えこんでいると、摩擦音とともにメンコさんの顔が突然暗闇に浮かびあがった。ライターを持っていたらしい。

「これで火ィつけたんを落としたらええんじゃないかの」

 なるほど。なにか燃やせるもの、燃やせるものは……。

「ん、無いかの? こっちにも燃やせそうなもんは無いがの」

 私とN氏は、メンコさんの鼻に詰められたティッシュをじっと見つめた。


★★★★


 ティッシュに火をつけて落とすと、光は小さくなっていく。しかし案外深くまではいかなかった。落ちても骨折や、ましてや死ぬことはあるまい。我々は続いてゆっくり降りていく。

 横穴を抜けると、そこは見渡す限り蛍光緑色であった。

 テケリ・リ!

 キャベツの海に埋もれたてけてけ達が蠢きひしめき合い、呼応して光を放つ。例の木琴めいた音が洞窟内に響き渡り、鼓膜を破らんばかりである。

「沢山いるな……」

 左隣のN氏が押し殺した声を出した。頷こうとすると、私の手にねとついた液体が落ちた。肩がビクリと反応し、その元を辿ると右隣のアホが出したよだれであった。

「うまそう……じゅるり」

 メンコさんは視線を一ミリも動かさず、瞬きもしない。

「な、何が」

「てけてけ。ぶちうまそうじゃ……ハアハア」

 あんなものがおいしいわけ……待てよ。草食動物は旨いというのは常識だジョジョで言っていたから間違いない。更に肉の質は餌の質が高ければ高いほどうまいという。

 じゃあどうなのだろう。あのキャベツを食べている生物はうまいのではないか。いやいやそんなはずはあるまい。だがしかし――。

「おい、メンコさん! 危ねえッ!」

 N氏は指一本分遅く、彼女の手を掴むことができなかった。メンコさんは駆け出し、笑いながら火のついたライターを振り回した。てけてけは異常に火を怖がり、小さく縮こまってしまった。

 それはすべすべした緑色の鏡餅のようだった。手の平に乗るサイズになったてけてけの一つに、メンコさんはいきなり噛み付いた。

「うわ……ッ」

 N氏は狼狽していたが特に何も起きなかった。硬すぎたのである。

「あがが」

 そこで考えうるあらゆる手を尽くしたが、試してみろと言われ渋々噛んだN氏の歯が一部欠けただけであった。

「仕方ねえ。持って帰るか」

 一瞬正気かと疑ったが、彼も私もいつも腹を空かせているのである。今回で食べられるとわかったなら、当分は飢えることはないはず。私がもしもダンジョンの奥で迷っている風来人なら迷わず持っていくところである、が。

「でもそんなのさあ……」

 メンコさんが縮んで固まったてけてけを私の前に持ってきた。

「ちいと味見してみんさいや」

 舐めてみたところ、渋味のある抹茶と豆腐を混ぜたような味がした。好奇心に負け、私はそこにいたてけてけのほぼ全てをエコバッグに詰めて持ち帰ったのであった。

 メンコさんの家に帰る頃には、辺りは真っ暗になっていた。彼女はホクホク顔で収穫したもの――てけてけを何度も見ていた。

 家に着くとメンコさんの母親が出迎えてくれた。

「どうも娘をわざわざ送っていただいて」

 着物姿のにこやかな化粧美人である。優雅な動作は息を呑むほどだったが、N氏は「なんかおかしくね?」と私に耳打ちした。

 言われてみれば笑っているのは口許だけである。目が怖い。

「小学生の女の子を連れてこんな遅くまでどこを冒険してらしたのかしらそれとも」

 メンコさんは小学生であった。発育がいいってレベルじゃねえぞ!

「いいからほっといてよ。私の勝手でしょ」

 メンコさんは母親に向かって悪態をつきながら我々の背中を押した。すぐに台所へと着いた。

 母と娘の喧嘩を聞きつつ、テーブルへてけてけをぶちまける。

「やっぱ今日は帰った方がいいんじゃねえか? 親子喧嘩してるしよ。あれ俺達のせいじゃね?」

 私はグラスにビールを注ぎ、泡の具合を確かめる。

「プレミアムモルツか……ブルジョアめっ」

 一気にあおった。体内に残る、洞窟の不快な瘴気が洗い流されていく。喉奥から出そうになる高い声を抑える。

「……うむ」

 N氏が後頭部を叩いた。

「なんで飲んでんだよ!」

 何故飲んだか?

「そこに酒があったから。や、初めはてけてけを調理するために、付け合わせの野菜を探してたんだよ。でも野菜室を見たら何故かビールがあったんだ」

 真っ直ぐ相手の目を見て言う。

「ビールが――あったんだよ」

 演説は虚しく、N氏は無視してテキパキと料理を始めた。私はそれを見ながらシンクに腰掛けて飲んでいた。気が付けばメンコさんが傍にいた。

「お母さんはどう?」

 私は戸棚にあった柿の種をざらざら流し込みボリボリと咀嚼する。メンコさんは目をこすりこすり言った。

「怒って寝とんよ」

 私は笑って二本目のビールを開けた。


★★★★


 まずは一品目。

 てけてけのユッケ。さっと塩茹でしたてけてけの肉と甘めのキムチをゴマ油とニンニクで和えてネギを散らしたものである。

「これは……!」

 風味が素晴らしく、てけてけのあっさりした味にゴマ油がよく馴染み、舌の上ではらりと溶ける。茹でると柔らかくなるてけてけの肉、食感は実になめらかである。

 旨すぎて私の体はゴマ油に和えられてしまい、そのテカりが七色の光となって農村に朝を迎えさせている。畑に立つ農家の方々が、ご来光じゃあと手を擦り合わせている。違う……私はそんなことをするに値する人間ではない、あまつさえあなた方の血肉にも等しき野菜を盗もうとしていたのだ。おお……赦して下さるのか。全ては、全てはこのてけてけのユッケのお陰なのです!

「しかしこれだけではないよなN氏。あんなにてけてけはあったんだしな」

 腕を組んでいたN氏がフフン、と鼻で笑ってオーブンを開いた。

 二品目。

 てけてけのパニーニ。混ぜてペースト状にしたてけてけの肉をライ麦パンに薄く塗って焼く。黒胡椒・チリソースで味付けした新鮮なレタス・トマト・パプリカを挟んで完成。

 香り高いてけてけの肉をペーストにして焼きあげるというアイデアが光る。香ばしくサクサクとしたパンにジューシーな肉とトマトが一体となって口を駆け巡る。

 悠久の昔、神の起こした洪水の如く口中に溢れかえる肉汁に溺れそうになりながらもたどり着いた地平は、かつて新大陸と呼ばれたアメリカで生まれたハンバーガーよりも更に新しい世界であった。それはどこか懐かしささえ覚える和の香り。

「これは……!」

「気付いたか。下味に生姜と少量の醤油を使ったんだぜ」

 新しい地平はなんと故郷であったか。

「ラストはこれだッ」

 N氏が繰り出した最後の料理は……やはりか。

 てけてけのステーキ。大根おろしとポン酢のソースはいいだろう。しかしこの鰹節と三ツ葉、付け合わせのエノキは一体……?

 てけてけの肉にナイフを当てるとまるで自ら裂けていくようである。なんという柔らかさ。切って口に放り込み、噛む度に歯を弾いていく。

「これは……熱奴だ!」

 てけてけの肉は抹茶風味の豆腐といっていいが、それでも肉である。弾力がある。それを利用して、冷たくはららと崩れる冷奴の真逆、熱く力強い熱奴を実現したのだ。

「しかし力強いのならばナイフではこんなに切れないはず……あッ」

「気付いたか。てけてけの肉は繊維が奇妙な形で入っているんだ。ナイフで縦に切る分には易々と切れるが、横にスライスしようとするとナイフごときでは一ミリも入らない」

 そこまで計算しててけてけ料理を作るとは……N氏、恐るべし。

 傍でじっと見ていたメンコさんが不満げに言った。

「で、結局うまいんかの?」


★★★★


 我々は大量のてけてけ料理を作り、一晩かかって残らず食べた。翌朝、少しは残しておいてくれるとでも思っていたのか、メンコさんの母親は別れ際にもキレ気味であった。

「いつもお腹空いてるんですってね。これで何かおいしいものでも食べてください」

 そう言って割り箸を渡すほどであった。メンコさんはまた喧嘩をしそうだったが、我々が黙って見つめているとやめた。

「これでキャベツも大丈夫じゃ。てけてけも旨いしほとんど全部駆除できたかな。言うことなしじゃね」

 N氏と私は挨拶して帰途についた。久しぶりの満腹感に幸せを感じる。

 もう昼に近く、駅前で丸木戸さんと会った。黄色いTシャツを着て箱を持ち、声を張り上げている。

「あっN氏。募金お願い」

 N氏は露骨に嫌そうな顔をした。我々は目を見合わせて、彼女は恐らくまた騙されているのだろうと頷きあった。

「何の募金スか」

「ショゴスって絶滅危惧種。世界でもこの辺りにだけまだ生きてるのよ。いろんな姿に変態するらしいからどんなのかはわからないけど」

 あっけらかんと言うが、そんな具体性の無いものがいるか。やはり騙されている。

「キャベツが好物でテケリ・リ! って鳴くのが目印だよ。見たことある?」

 私はあの洞窟の奥で聞いた鳴き声を思い出す。そしてキャベツについて思い出す。それから、あの洞窟の生物は美味しかったことを。

「いや、知りませんね」

 N氏と私は歩き出した。

 それは普段より幾分、速かったように思う。

読んでいただきありがとうございます。よろしければ感想などお願いします。

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