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卒業式のおまじない、あるいは呪い

作者: ウォーカー
掲載日:2026/03/29

 「ねえねえ、どうして卒業式に制服の第二ボタンを貰うか知ってる?」

「うん。制服の第二ボタンは、一番大切な人を表すからでしょ。」

「心臓に一番近いから、心にも一番近いとも言うよ。」

「じゃあさ、好きな人ともっと繋がれるおまじない、知ってる?

 それにはちょっとした儀式が必要なんだけどね、それは・・・」



 三月は卒業式の月。

ここ、共学の晴天せいてん高等学校でも、卒業式が行われていた。

大抵の生徒たちにとって、入学式以来の晴れの舞台だ。

とはいえ、生徒たちにとって卒業式自体は堅苦しく退屈なもの。

お楽しみは、卒業式が終わった後の時間。

すべての義務から解放されて、みんなでいられる最後の時間だ。


 佐方さかた行人ゆきとは、晴天高等学校を卒業したばかりの男子生徒。

他の卒業生たちに混じって、教室で談笑していた。

今なら、在学中には言い難かったことも言い放題。

やれ、あの先生は堅物だの、あの先生は大嫌いだの。

実はあの時の病欠は仮病を使っただの、話題は刺激的になっていく。

そして話題は最も刺激的なもの、恋愛の話へと移っていく。

「実はあなたのこと、ずっと好きでした!」

「あの、第二ボタン下さい!」

「わたしも!」

こうして、卒業式の後の無礼講の中、あちこちで恋の告白が行われていく。

中には人気の男子生徒の制服の第二ボタンを、

複数の女子生徒たちが奪い合う場面も見られた。

ところで行人はと言うと、特定の女子に好かれるでもなく、

かといって避けられるでもなく、第二ボタンは無事に制服についたまま。

「このまま帰ったら、母さんと姉ちゃんにからかわれるだろうな。」

そんなことを思いながら、他人の色恋沙汰を眺めていた。


 教室ではそろそろ第二ボタンの争奪戦も終わり、

いくつかのカップルが成立していた。

行人もカップルに口笛を吹いて囃し立てるのに夢中。

だから、気が付かなかった。

さて、場所を移動しようかと、自分の机を見た時のこと。

「あれ?僕の卒業証書が無い?」

行人の机の上に置いてあった卒業証書の入った筒が消えていた。

誰かがはしゃいで落としたのだろうか。行人は卒業証書を探した。

「なあ、その辺に、僕の卒業証書、落ちてない?」

「え?卒業証書?さあ、見てないけど。」

「何だ何だ、行人。お前だけ落第か?」

「わははははは・・・。」

周囲の生徒たちが面白がる中、行人の焦りは増していく。

まさか卒業式に出席して、卒業証書を失くすなどありえないこと。

「もしかして、誰かの荷物に混ざってるのかもしれないね。」

「それか、落とし物として保管されてるとかさ。」

いよいよ事態は教室内で留まらなくなった。

行人は消えた卒業証書を探して、教室を出た。


 行人は消えた卒業証書を求めて、教室周辺の生徒に聞いてまわった。

「佐方くんの卒業証書?知らないなぁ。」

「俺の鞄には入ってないよ。」

卒業式が終わった学校では、まだ帰宅した生徒はいない。

間違って誰かが持っていったとすれば、今が回収のチャンスだ。

しかし、誰に聞いても、卒業証書は見つからなかった。

そうなると、次は落とし物を預かる受付に行くことになる。

少しずつ大きくなる事態に、行人は額に汗を浮かべていた。


 「卒業証書の落とし物?無いですね~。」

「そもそも卒業証書を落とす人なんて、聞いたことがないよ。」

ここ、落とし物係でも行人の卒業証書は見つからないどころか、

落とし物係の受付をする先生と生徒からは笑われてしまう始末。

こうなってはしかたがない。

行人は卒業証書をしらみつぶしに探すことにした。


 まずは学校から帰りかけている生徒たちがいる校門へ。

校門ではあちこちで別れを惜しんで泣いている生徒たちがいた。

そんな中に、そっと行人は入り込んで要件を伝えていった。

「ううっ、幸子ちゃん、元気でね。」

「澪ちゃんもね。手紙書くから。」

「あのー、ちょっとすいません。

 僕の卒業証書、どこかで見ませんでしたか?」

「・・・はぁ?」

別れに涙している女子生徒二人からは、怪訝な顔で見られてしまった。

どうもここで卒業証書を探すのは、

人の思い出に傷をつけてしまうようで心苦しい。

むやみに声をかけるのは止めて、そっと荷物を覗いてみるに留めた。

しかしやはり誰も卒業証書を二つも持っているような生徒はいなかった

それは保護者たちも同様。

卒業式に出席した人たちは荷物が少なく、卒業証書の筒は丸見えだ。

だからここには行人の卒業証書を持っている人はいない。

そう結論を出して、行人は学校の校舎へと戻っていった。


 それから行人は、校舎の教室だけでなく、

校庭や体育館の中まで、学校中を巡っていった。

しかしそのどこでも、失くした卒業証書は見つからなかった。

「おかしいなぁ。もしかして処分されちゃったのかな。」

校庭の隅のごみ集積所を見るが、卒業証書などあるわけもない。

こうなると、誰かのいたずらかと疑い始めた時。

校庭から上を望むと、屋上に人の気配があった。

「そういえば、まだ屋上には行っていなかったな。」

果たして屋上に行ったところで何があるのかわからないが、

ともかくも行人は学校の屋上へ上ってみることにした。


 行人が屋上の扉を開けると、一陣の風が吹きつけてきた。

そこには人の気配はなく、卒業式後の喧騒が遠くから聞こえるだけ。

卒業式のお祝いから少し距離を置いた物寂しさが漂う場所だった。

屋上を少し歩いてみる。

すると、何かの機械の影に、人の姿があった。

それは女子生徒で、手には二枚の卒業証書を持ち、

よじ登るつもりなのか、屋上の金網に手をかけていた。

一人が二枚の卒業証書を持っているのはおかしい。

行人はすぐにそのことに気が付いて声をかけた。

「君、その卒業証書、誰のだ?

 もしかして、僕のじゃないか?」

すると、人が来たことに気が付いて、

その女子生徒はゆっくりとこちらを振り返った。

行人の顔を見ると、ぱぁっと表情を明るくした。

「あなた、もしかして佐方行人くん?」

「うん、そうだけど。」

「嬉しい、わたしのところに来てくれたんだ。

 もうおまじないの成果が出てきてるんだ。」

「おまじない?」

「知らない?卒業式には、様々なおまじないがあるの。

 例えば、好きな人の制服の第二ボタンを貰うと、相思相愛になれるとか。」

「あ、ああ。そういうのがあるのは知ってるよ。」

「じゃあ、このおまじないは知ってる?」

その女子生徒は、ニタァと笑顔を浮かべて言った。

「卒業式の日、自分と好きな人の卒業証書を持って屋上から飛び降りると、

 その二人は未来永劫、永遠に結ばれるんだって。」

「屋上から、飛び降りる?」

行人は背中がゾクリとした。

今、この女子生徒が屋上の金網に手をかけていたのは、

屋上から飛び降りるためだったのだ。

もしも自分が来なければどうなっていたことか。

物怖じしながらも、行人はその女子生徒に聞いた。

「じゃあ、君が持ってるその卒業証書は、僕のなのか?」

「そう。この卒業証書は、佐方行人くん、あなたのもの。」

女子生徒はあっさりと認めた。

そこで行人は、その女子生徒の顔に見覚えがあることに気が付いた。

「君はもしかして、隣のクラスの・・・大守さんか?」

「嬉しい。わたしの名前、覚えていてくれたんだ。

 そう。わたしは大守おおもり希美のぞみ

 あなたとは違うクラスだったから、あまり接点はなかったけれど、

 わたしは在学中、あなたをずっと見ていたの。」

「ということは、もしかして大守さんは僕のことを?」

「直接は言いにくいな。わたしはいつかあなたに告白したかった。

 でもわたしは佐方くんとは違うクラス。

 二人っきりになるチャンスは無かった。

 そうでなくとも、わたしはクラスでもおまじない好きの変わり者扱い。

 とても男子に告白するなんてできなかった。

 だから、卒業式の今日、とっておきのおまじないをすることにした。」

「それが、卒業証書を使ったおまじないかい?

 言っておくけど、僕は君が好きであれ嫌いであれ、

 屋上から飛び降りるつもりはないよ。」

すると大森希美と名乗った女子生徒は、チッチッチッと指を立てて言った。

「このおまじないには、抜け道があるんだよ。気が付かなかった?」

「おまじないの、抜け道?」

「そう。このおまじないは、自分と好きな人の卒業証書を持って飛び降りると、

 その二人は未来永劫結ばれる、って内容。

 わからない?

 このおまじないは、卒業証書が二人分あれば、

 屋上から飛び降りるのは一人でも構わないの。」

言われて、行人はおまじないの文言を思い返す。

卒業式の日、好きな人の卒業証書を持って屋上から飛び降りる。

確かにそこには、二人で飛び降りるとは言われてなかった。

しかし、と行人は思う。

「大守さん、何もそんなことをしなくても、

 言ってくれれば他に何でもしたのに。

 ほら、第二ボタンだってあるよ。」

行人が第二ボタンを外そうとすると、希美はちょっとヒステリックになった。

「そんなのじゃ駄目なの!

 そんなみんながやるような、手垢に塗れたおまじないなんて、価値はない。

 誰もやらない、代償が大きいおまじないだからこそ、叶うんだよ。

 でも行人くんは心配しないで。

 飛び降りるのは、わたし一人だけでいいから。

 行人くんの卒業証書は儀式に使うことになっちゃうけど。

 行人くんは行人くんの生活を続けて。

 わたしは一足先に、あの世で待ってます。」

二人分の卒業式を胸に抱えた希美は、目の端に涙を浮かべて微笑んでいた。


 行人の卒業証書は、希美の手の中にあった。

希美はおまじないを叶えるため、二人分の卒業証書を持って、

学校の屋上から飛び降りるつもりだったのだ。

行人は最初、希美の行動力に恐れおののき、

それからなんだかふつふつと怒りが湧いていた。

行人は強い言葉を希美にぶつけた。

「飛び降りて死ぬおまじないだって!?

 そんなもののために、僕の卒業証書を持っていったのか!

 冗談じゃない!僕がどんなに卒業証書を探し回ったと思ってるんだ!

 誰もやらないおまじないにこそ意味がある!?

 違うだろう!意味がないおまじないだから、誰もやらないんだ!

 効果があるから、みんなが同じことをするんだ!

 珍しいことの、希少価値に振り回されるな!」

男に怒鳴りつけられて、希美はだんだんと半べそになっていった。

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「お前、僕の事が好きなんだって?

 僕はお前のことはよく知らないけど、嫌いじゃないよ。

 だから、こうしてやるよ!」

行人はつかつかと希美に近付くと、胸ぐらを掴んで乱暴に引っ張った。

希美の制服のボタンがいくつか引き千切られて飛んだ。

その一つを拾うと、行人は今度は自分の制服のボタンを引き千切った。

自分のボタンを希美に差し出した。

「ほら、僕の第二ボタン。受け取れよ。

 僕は大守さんの第二ボタンを貰う。

 第二ボタンを貰うおまじないはありふれてるけど、

 第二ボタンを交換し合うおまじないなんて、聞いたことがないだろう?

 手軽だけど珍しいおまじないだから、大守さんも文句ないだろう。

 本音を言うと、大守さん、君は僕を好いてくれているようだけど、

 僕は君のことはよく知らない。

 だから、まずは友達から始めよう。」

希美はポカンとして行人の言うことを聞いていた。

それから、嬉しそうに涙を溜めた笑顔で、行人の第二ボタンを受け取った。

「うん・・、うん・・。ありがとう。

 わたし、焦ってた。今日が卒業式で、行人くんと逢える最後だからって。

 でも友だちになれば、これからも逢えるよね?」

「もちろん。」

「あ、じゃあ連絡先、交換しよ?」

「そうだね。」

こうして、希美の飛び降りのおまじないは、未然に防ぐことができた。


 制服の第二ボタンを交換し合うという、未知のおまじない。

その効果があったのかどうかはわからない。

だがしかし、行人と希美の繋がりは卒業後も長く続き、

お互いに孫を持つ頃になっても、まだ続いていたという。



終わり。


 卒業式に好きな人の第二ボタンを貰うおまじないは、

あまりにも有名な話です。ではその効果は?

効果は、本人から第二ボタンを貰うことに意味があるのでしょう。


逆に、ひっそりと行われる儀式に意味があるとすれば、

本当に超常的な現象が存在する場合でしょう。

そんな儀式に巻き込まれそうになった行人は、

実力で独自の儀式を成し遂げました。


これから時代が経てば、卒業式のおまじないも増えていくのでしょう。

もしかすれば、二人の卒業証書のおまじないも現実になるかも?


お読み頂きありがとうございました。


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