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後編 妻として、夫として

 闇中を歩みゆく紳士レイレノール。それを待っていたかのように立ちはだかる大きな影があった。


「おう? 余計な事をしに行った馬鹿がご帰還だぜ?」


 そう言って上からレイレノールを見下ろすのは、頭部に巨大な牛の如き角を持って腕だけが妙に肥大化した【魔種】である。

 言われたレイレノールは静かにその大男――、暴虐魔性【ガーヴィン】を睨みつける。

 その目を受けたガーヴィンは、大げさに――、


「ひいいい……こわいこわいw」


 そう言って頭を抱えて怖がったフリをする。余りに大げさで、当然馬鹿にしているとしか思えなかった。


(……この、知能の低い暴力猿めが……)


 レイレノールは、【魔種因子】保有者の同士とされる者の中で、彼だけはどうしても仲間とは思えなかった。

 そもそも、その過去も……【魔種因子】を手に入れた理由も……、彼にとっては許しがたいものであったからである。


 まさしく暴の権化としか見えないこの男は、――人間であった頃、ある一人の女を巡ってライバルと呼べる男と対決していた、――という格闘家であった。

 しかし、その頃から悪逆としか言えない彼は、様々な卑劣な手でライバルを貶めようとして、その度に返り討ちにあっていたのだ。

 しかし、そんな彼に【旅の魔法使い】が、事もあろうに手助けをしてしまう。

 結果、ライバルであった男は肉塊になって……、女は――、乱暴された挙げ句にその腹の下で圧死している。


 レイレノールはある理由から、主である【旅の魔法使い】に恩義を持っている。そして、その彼が止める以上、この()()を始末することはない。

 でも、コイツを同士にしたことは、とてもじゃないが信じられないことであった。


 ――と、不意にその傍に、卑屈な顔をした小男が現れる。


「……まあまあ……、レイレノールどの……、それにガーヴィンどのも、そのようにいきり立たずに……。キヒヒヒ……」


 その男は同じく【魔種因子】保有者の同士。しかし、そもそも常に【旅の魔法使い】の背後に引っ越んで、道化のようなことしかしない男――、その名を【ルクシリア】と言った。

 聞いた話ではリリィに近く、いわゆる男淫魔――インキュバス系の【魔種】らしいのだが……、その仕事を見たことは一切ない。

 常に傷つくことを恐れて縮こまって、誰かの影で隠れているような存在だった。


 彼に言われて小さくため息を付いて――、そして、その視線の先にある椅子に座った()()を見つめる。


「……レイレノール……、帰還してございます……主」

「うむ……、ご苦労……」


 恭しく頭を下げるレイレノールに静かに返すその老人――【旅の魔法使い】。

 不意に、その傍らに立つ【魔種】が声を荒らげてレイレノールに言った。


「……帰還したではありませんわ!! 貴方……、リリィに手を出して、我々が今だ健在なのをバラしたと……、そう聞きましたが?!」

「それは……、申し訳ありません」


 そうして頭を下げるレイレノールにその【魔種】が、さらに強い言葉をぶつけようとするが……。


「よい……、気にするな……。どうせ再び活動を再開しようという時期のことじゃ……」

「……それは」


 その【魔種】は一気に声のトーンが落ちる。一瞬レイレノールを睨んでから、笑顔で【旅の魔法使い】に頭を下げた。


「それで? かの者はどのような様子であった?」

「はい……」


 レイレノールは静かに、かの【エルデンの魔窟】で起こったことの詳細を語る。

 それを【旅の魔法使い】は静かに聞いた。


「はあ?! あの女……、夫をこさえたのかよ?! どうやって?」


 驚きの表情でガーヴィンが言う。


「フザケんなよ?! まさかソイツ……、あの女と……? 俺がヤりてえってのに……!!」

「……」


 その下賤な物言いにレイレノールは目を鋭く細める。

 そして――、【旅の魔法使い】の隣に立つ【魔種】もまたゴミ虫を見るような目でガーヴィンを見つめる。


「……ち、フザケンナ?!」


 いちいち怒を表すその男を視線にも入れず――【旅の魔法使い】は言う。


「……お前の魔眼の機能を退けた事。……その見解を申せ」

「それは……」


 それを聞いて一瞬逡巡する。

 実のところ、その可能性にはいくつか心当たりはある。

 ――しかし、


(……今だ決定的な証拠もない話……。主にお伝えするわけにも……)「……いえ、今の所は情報が少なすぎる……かと」


 そう言って頭を下げるレイレノールに静かに【旅の魔法使い】は静かに頷いた。

 しかし――、


「ただ、一つだけ言えることは……、彼女の【吸精能力(エナジードレイン)】は現在機能不全であり……、それほど我々の脅威にはならぬ……かと」


 その言葉に【旅の魔法使い】が頷き……、そして何故か【ガーヴィン】もピクリと反応した。


「……そうか、ならば……リリィに関しては、しばらくは様子見とする……」


 その言葉にレイレノールは静かに恭しく頭を下げた。

 そして――、闇に集まった【魔種】たちは一人、また一人とその場を去ってゆく。そして――、


(……くくく、あの女……、リリィの【吸精能力(エナジードレイン)】が機能不全だと? ……それは良いことを聞いたぜw それなら……あの女を()()()も俺は死なねえよなぁw)


 そう考えながらガーヴィンは下卑た笑いを浮かべる。


(前からヤッてみたかったんだよなぁ……w それに……、旦那がいるってんなら……、その弱みに漬け込めるってもんさぁw)


 その思考は余りに下劣すぎる。そして――、


「……」


 その様子を闇の向こうで見つめる【一つの目】があった。



 ◆◇◆


 

 その夜、リリィとユウトは【エルデンの魔窟】の奥でイチャイチャしていた。

 そこら辺はもはやいつものことなので、――特に言うことでもない。

 先の事件の後に、しばらくシルヴィンが王都に帰還していたが、――すでに砦に帰還しており、かの警戒システムの更新を現在進行系で行っている所である。

 それが正しく動けば以前のような失態もない……と、シルヴィンの太鼓判であった。


 そうした話をしていると――、


 ビー!!


 夜中にいきなりその警戒システム(仮起動)が反応した。

 流石にビクリと反応する二人だが……、すぐに鳴り止む。


「んだよ? 故障か? ……大丈夫なんか?」

「ふふふ……、まあ、またああいった輩が来ても……、(わらわ)がなんとかするから大丈夫じゃ……。コレでも結構強いのじゃぞ?」


 その言葉にユウトが笑顔を返す。しかし――、


「たしかシルヴィンも今、更新作業中だろ? ……少し心配だから見てくる」

「……ん? そのような事……、心配する事でも……」


 そう言って――その部屋の入口へとユウトが向かった時、


 ドン!


 いきなりの衝撃波がユウトを襲って――、そのまま壁へと吹き飛ばした。

 ――そしてユウトが動かなくなる。


「……?!」


 一瞬なにが起こったのか理解出来おていなかったが、すぐに思い直してユウトの元へと駆け寄ろうとする……が。


「邪魔だ……」


 いきなり巨体が高速で奔ってそのままリリィを突き飛ばす。

 そして、そのままそれはユウトの下へとたどり着いた。


「……うぐ」


 ユウトが呻きながら、その巨体の腕に吊り上げられる。そして――


「動くな……リリィ」

「な?! 貴様は?!」


 そこにいるのは下卑た笑いを浮かべたガーヴィンである。


「……な?! 貴様……何故?!」

「いやあ……、危なかったぜ……。【ルクシリア】の欺瞞魔法がそこで消えちまったから……、どうなるかと……」


 その言葉にリリィは静かにガーヴィンを睨む。


「【ルクシリア】……それに【ガーヴィン】……。貴様ら本当に生きておったのか?!」

「ぐへへ……、嬉しいだろう? リリィ……」


 イヤラシイ声音でそう言うガーヴィン。それを汚らわしいものを見る目で睨むリリィ。


「……ぐ!」


 その鈎爪を向けようとするが……。


「……おっと……やめとけ? テメエの旦那殺すぞ?」

「……!!」


 その言葉に苦しげな表情を浮かべるリリィ。

 その様子に下卑た笑いを向けて言った。


「げへへへ……、人妻になったんだもんなぁ? 旦那の命がおしいだろう?」

「貴様……、この下衆が……」

「なんとでも言えよ……」


 ガーヴィンはヘラヘラ笑って言葉を続ける。


「……まあ、警報なっちまったし……急がなきゃならんから。リリィよ……俺と一緒に来い……」

「何?! ……同士として合流しろと?!」

「……げははは……ちげえよ……」

「?!」


 そのガーヴィンの言葉に困惑の表情を作るリリィ。


「……貴様何を言って?」

「……ヤらせろって言ってんだよ」

「――?!」


 そのあまりにも下劣な言葉に、流石に絶句するリリィ。


「前からヤッてみたかったのに……、テメエは俺を避けてたしなぁw」

「……こ、……こい、……?!」


 あまりの下品さにどのような言葉を言っていいか見失うリリィ。

 しかし、リリィはガーヴィンを睨んで答えた。


「御免被る……、貴様のような奴は……、豚とでもヤッておれ……」

「うぬ?!」


 その言葉に少し怒を表すガーヴィン。


「おい……今俺がテメエの旦那を確保している事……」

「は……どうせ(わらわ)が言う事を聞いても殺すじゃろ?」

「……ぬ」


 その言葉に汗をかきはじめるガーヴィン。

 しかし――、


「……こ、殺さねえよ……。大人しくヤらせてくれりゃ……」

「……」


 その言葉に鋭い睨みで返すリリィ。内心、ガーヴィンは舌打ちした。

 ――思惑通りに行かない。

 この悪辣な男はそもそも頭が悪いので、そうなるのは当然なのだが……。

 しかし、彼は悪辣さに関しては群を抜いていた。


「……おいリリィ……。テメエ……、この旦那にテメエの過去全てぶちゃけるぞ?!」

「……?!」


 その言葉に怯えの表情が浮かぶリリィ。それを目ざとく理解したガーヴィンは更に続ける。


「げへへ……、せっかく愛する旦那ができたのにぃ……。過去を知られちゃ……」


 ――終わりになるなぁw


 その言葉に……リリィはその身を震わせる。


 ――ユウトにすべてを知られてしまう。

 ――自分の罪……、そして――、

 ――余りに汚れていたかつての自分――。


「う、あ……」


 その表情が怯えに染まっていく。

 ――それをガーヴィンは下卑た笑いで見つめた。



 ◆◇◆



 其れを遥か砦の彼方より見る者がいた。

 その第三の目を開いてかのガーヴィンの所業を憎々しげに見るのはレイレノールである。


「……あのクソサルめが……。本当に……度し難い……」


 あまりの怒に一歩前に出かけるが……。


「これは……リリィとあの男が選んだ選択の先……」


 ――今のリリィは敵。


「……」


 そう考えて止まるレイレノールだが……。


「……」


 胸に抱いた魔石のペンダントを握る。


「……あれは……、リリィは……義妹ではない……。愛した女の義妹は既に……、何百年前の出来事……」


 ――しかし、


 レイレノールの脳裏に、リリィと()()()()の顔が重なる。


「わた……しは」


 そのまま砦へと飛翔しようとした。――が、その動きが止まる。

 第三の目で見る景色に変化が起きていた。



 ◆◇◆



 ガーヴィンがその大きな片腕でリリィを掴もうとする。――が


 パシ!


 其れをリリィがはたいた。


「……?! なんだ?! テメエ……何のつもりで?!」

「い、や……じゃ」


 リリィは涙を流しながらガーヴィンを睨む。


「ゆ、うとに……、過去を知られるのは……いやじゃ」

「……だ、だったら……」


 再び手を伸ばすが。


 パシ!


 また叩かれた。


「……?!」

「……でも、……でも!!」


 リリィはその目に強い意志を込めてガーヴィンを睨む。


「でも!! それを知られてしまうとしても……!! 今……このまま……」


 ――ユウトを裏切ることだけは出来ぬ!!


 そう言ってその鈎爪をガーヴィンに向けた。


「……は? 何言って? へ?」

「く……」


 ガーヴィンはヘラヘラ笑いながら言う。


「なあ? 別に死ぬってわけじゃねえぞ?! ただ一発ヤらせろってだけじゃねえか?! その程度……」

「……その程度だと言うなら……。貴様も拘る必要などあるまい?!」

「うぐ……」


 そのリリィの言葉にガーヴィンは一瞬絶句する。そして……


「テメエふざけんなよ……。オンナのぶんざいでええええええええ!!」


 その腕に掴んだユウトをリリィへ向けて投げつける。それをリリィはキャッチした。


「……ユウト!! ユウト?!」


 受け取ったリリィが眉を寄せる。……それを一瞬困惑の表情で見たガーヴィンが、その拳を握ってそのままリリィを殴ろうとした。


 ドン!!


 ――?!


 その光景をガーヴィンは――、そして第三の目で見るレイレノールは、そしてリリィすらも……驚きの目で見た。


「……おい……てめえ……」

「え? な?!」

「なに……人の……」


 そのガーヴィンの腕を受け止めていたのは、目が座った顔をした――、大きな怒をたたえたユウトであった。


(え? ……な?! 何故?! 俺は……、人間程度……、肉塊に出来る力で殴ったぞ?!)


 ガーヴィンはなにが起こっているのか理解できない。

 それはリリィもまた同じであり……。


「……これは……まさか?! コレはまさか!!」


 第三の目で見るレイレノールは真実を見抜く。

 そのユウトの精魂の波長と――その妻リリィの精魂の波長が重なっていた。


「……まさか?! 【吸精能力(エナジードレイン)】?!」


 そうしてレイレノールは真実へとたどり着く。


「【吸精能力(エナジードレイン)】とは精気――、その魂の力を奪い取って自分のものとする事……。なれば……それは【精魂の合一】だとも言える……」


 今――リリィの身体に満たされているのはユウトの精気――。

 ただの人間などの精気量ならば取り込まれて、そのまま浪費されるのみ……。

 しかし――、


「飽和状態まで満たされたそれが……。精魂の合一……、そして――」


 あの男――ユウトにリリィの【魔種因子】能力を、代わりに使用する力を与えているのか?!

 

 そして――、再びガーヴィンがその腕を振るう。

 しかし……。


「ぐ? え? とめられ……、いや俺の腕が……とま」


 ユウトの精魂の脈動と、リリィの精魂の脈動が大きくなって重なる。

 

「人の嫁さんにぃいいいいいいいいいい! てえだしてんじゃねえええええええええええええ!!」


 ――このクソゴリラああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 そのユウトの腕が――もはや信じられない速度と威力で空を奔った!


 ズドン!!


「ぐげはああああああああああ!!」


 その殴られた首が明後日の方向へと曲がる。

 そうしてガーヴィンは口から泡を吹いてその場に突っ伏した。


 それをリリィは静かに見つめた後――。


「ユウトおおおおおおおお……」


 その暴漢を撃退した夫に抱きついた。


「……ごめん、もっと早くコイツを……」

「よいのじゃ……、本当に……」


 そう言って抱き合う二人の元へと、やっとシルヴィンが現れた。


「……? これは……」


 こうしてその夜の試練は幕を閉じた。



 ◆◇◆



「……そうかリリィ。それがお前の……、そしてその男の……」


 静かにレイレノールは砦に背を向ける。


「ならば遠慮なく……貴様らを敵として屠ろう……」


 そのまま飛翔しつつかのガーヴィンを思い出す。


「――本当に愚かだなガーヴィンよ……」


 ――それは、すべて貴様が振るった……、振るってきた理不尽な暴力……。

 ――他人に振るった理不尽のその結果……。


 ――故にそれは……、

 ――すべからく自分に返ってきた。

 

 さらばだ……、愚かなる……同士よ。


 そうして――闇の紳士は夜の彼方に消えた。

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