3-1 濃霧が覆い
窓辺の凹みに灰皿を置き、火のついた煙草を指に挟んで、カキアはぼんやりと室内に目を向けていた。
内心、少し困っている。
最初、カキアはソファで日報を書いていた。その隣にシャワーを浴びて出てきたロエが、髪も乾かしきらない内から座って、テレビを見始めた。思い切って導入した最新家電はそこそこ稼働している。
それから日報を書き終えて、テーブルに置いていた煙草とライターを手に取って──カキアはロエの視線に気付いた。目を合わせて、ロエは加えて灰皿も持って窓辺に寄った。数日前、煙草嫌いか?と問えば嫌いだと即答されたことを覚えていたからだ。自宅にも関わらず不自由だが、ロエの過去を知ってから、カキアはロエの意思を聞くようにしていた。気分は情操教育だ。主張で世界が変わりうることを教えると思えば業務として致し方ない。
だから窓辺で力まで使って煙を外に出していることは、特に問題でも何でもない。開いた上げ下げ窓の上側から、紫煙は逃げていく。
問題は。
『決闘だ』
テレビの中で、西部劇のガンマン達が酒場から外に出ている。それをロエは真剣にみている様子だ。頭にタオルをかぶったまま、動きを止めている。
そんな状況だがカキアはできたらバスルームに行きたい。洗濯物がたまってるのを忘れていた。夜遅くで近所迷惑になる前に回しておきたい。
けれど、動線はロエとテレビの間になる。遮るのも悪いと思ってるうちに、結構時間が経ってしまった。もはや番組が終わるまで待つか、今更堂々と目の前を横切るか。
どうするかと悩んで、カキアは第三の選択肢を見つけた。
テレビの後ろだ。残念ながら急に導入した最新家電を置くには、家具の配置が不適合だった。今この家のテレビの後ろは部屋の隅で、壁に寄せるとソファが遠かったため、通ろうと思えば通れるほどの空間を空けて前に出してある。
煙草を灰皿に押し付けて、火を消す。窓も閉める。
『いいか、三歩進んだらだ』
そっと、没入を邪魔しないように後ろを通る。
『一、二』
そぉっと。
『三──』
ザァーと不快な雑音を、テレビが立てる。
テレビの頭から伸びた二本のアンテナの片方が、カキアの服に引っかかっていた。
顔を上げたロエと、カキアは目を合わす。
※ ※ ※
「悪かったって」
へそを曲げたロエがソファに寝転がっている。腹の辺りにすき間を見つけ、カキアは腰を下ろして、謝罪した。
あの後大急ぎでアンテナの調整をしたが、画面が映った頃にはエンディングテーマが流れていた。見逃した場面は、録画機能のない時代、再放送を待つしかない。
呆然とするロエを置いて洗濯機を回してきたが、帰ってくるとこの調子だ。共感は一つも働いていないが、こうした方がいいのはカキアも長年の経験から分かる。
「西部劇、好き?」
最近のカキアは、簡単な文章であれば英語だけで話すことにしていた。
「《……速さだけの勝負ってところがよく分からなくておもしろい》」
「《戦争してた俺らからしたら馬鹿馬鹿しくておもしろいか》」
ロエが聞き取るようになったからだ。特に繰り返す、好き嫌いの問いかけは聞き取る。
タオルをかぶったまま倒れ込んでいるので、ロエの表情は隠れて見えない。
「《詫びに何かしたいこと叶えてやる。何したい?》」
あまりに警戒なく、カキアはその言葉を放った。
途端に素早くロエが上半身を起こす。その勢いが良すぎて、カキアは思わず身を引いて片手をソファの座面についた。
「料理!」
急にちゃんとした英語で繰り出された全力の要望に、カキアは渋面を作った。




