11-2 陽が差し
「それは……その……なかなかな豪のものと思われます」
「だよねぇ! みんなそんな感じで休暇とか取らないもんね! あんなんで毎日どうすんのって思ってたけどやっぱ騙されてた!」
閉ざされたゲスト対応室の扉の奥、応接スペース部分でカキアはマイケル相手にわざとらしい憤慨の態度を見せた。二人の間、ローテブルの上ではマグカップのコーヒーから湯気が上っている。隣にはそれぞれドーナッツが添えられている。
疑問が一つ解消され、カキアはソファの背凭れに身を預けた。マイケルも想定の最悪は回避できたのか、緊張が和らいだ様子でマグカップを手に取った。
「やっぱりそのぉ……美形はすごいですね」
感慨深く呟く言葉で、湯気が揺れる。ふぅふぅと続けて吹きかけた息で湯気を一時的に消してから、慎重にマイケルは口をつけた。
「美形関係なくない? ってか、そういやマイケルくん、飾り立てて慣れた? 彼見ても動揺しなくなったよね」
「いやぁ、もうカキアさんのものだって思ったら、ドキドキよりニコニコ感強くなってきて」
「いや別に僕のでもないから好きに持ってって」
ズっと、思わず変な呼吸で音を立ててしまい、マグカップから口を離してマイケルは顔を上げる。
「……でも、最後は返してくれると嬉しいかな」
付け足された言葉にマイケルは、玄関前で声をかけられた時とは違うそわそわ感を感じて落ち着かない。
「悪いね、こんなおじさんの赤裸々事情聞かせて。なんか彼に君がくわしいって言われたから」
「とんでもない誤解な気もしますが、このぐらいなら喜んで」
「気が進まないかもしれないけど、良かったら君の話も聞くよ」
ソファから背を離し、前傾気味に身体を傾けて膝に肘を置く。近づいたのはほんの少しの距離。たったそれだけで、軽薄に持ち上げられる唇が印象づく。揺れた前髪の隙間、片目だけが覗き、深緑の目が垂れ目がちにマイケルを見つめた。
「おじさんと恋のお話、しよっか」
マイケルは固まる。それから、細く何かを逃がすように息を吐く。
「……ボク重度の面食いなんですが、今ちょっとドキドキしました。おかしい」
「マイケルくんって、やっぱ失礼だよねぇ」
笑い声は空々しく、身体をソファに戻すと前髪はいつも通り厚くカキアの瞳を隠す。
「でも、ま、一応」
ただ口元の笑みは、どこか自然な感情を表している。
「──僕は彼のものだからゴメンね」
「あーわかったこれカキアさん単体じゃなくて、恋愛映画見てキュンキュンする系のヤツだぁー」
惚気られているらしいとここに至ってようやく、マイケルは理解した。
※ ※ ※
「はい、案の定あのコネ上司はいやがりませんので、僕が仕切ります。まずこちら、朝きたら置いてあったコネ上司の有給申請。終了日未記載。こちらの申請通します」
言いながらカキアは室長デスクの承認ボックスの方へと書類を放る。
「で、そうすると僕の室長代理権限が復活します。ということで独断で採用しました、アルバイトのロエくんです。はい、挨拶」
「おはよう」
「それじゃない」
「おはようございます、ロエ様。本日から宜しくお願いいたします」
「これ」
「よろしくする」
「よろしくされるのが君です。逆です、逆」
始業開始後のゲスト対応室、和やかに挨拶を交わす二人に、カキアはツッコまずにはいられない。本当によろしくする気満々だった新人──もとい新神は、何が悪いのかてんで響いていない顔でいる。
「僕経由で強制的に言語含め、常識突っ込んだはずだけど、こんな感じです。多分実感的なとこが一緒に入れられなかったんだと思う。知ってるだけ、みたいな」
常識と一言で表現されるが、その知識を普通とする観念は習慣からくるものが大きい。ただただ覚えさせられたロエは確かにこの時代、地域の常識とされる知識を知っているが、実行するかどうかは別の話になる。
「ですが、言語の問題自身は解決されたのですね。なぜ始めからその手段を選ばれなかったので?」
「うんまぁ彼、守りがとんでもなく固いのよ。受け入れさせるには大分密接な接触でないといけなくて。……そういうことで僕、彼と付き合ってます」
「なるほど。おめでとうございます」
「なるほどって妙な納得感。やっぱり君電話で余計なこと言ったな?」
「カキアが疲れ果てて仕事行けそうにない」
「えっ、それで?」
「いくつかの断片的な符号が合致した心地です」
「僕自身としては急展開過ぎてびっくりしてるぐらいだけどマジ?」
「キラ、ロエでいい。様付けはいらない」
「はい、では、ロエさんと呼ばせていただきます」
カキアの少し居心地悪い感情を置いてけぼりに、キラとロエはやはり和やかに空気を醸成する。自分の方が異物の気がして、カキアは逃げたくもなるが、ここにいない室長の存在に踏み留まる。
「えーと、そういう感じだけど、それでも僕がキラちゃんとかの方を大切にするのは変わらないので」
「恋愛関係としてそれでよろしいので?」
「カキアは俺のものだから、カキアの大事なものは俺の大事なもの」
「彼、無敵なんで大切にしようがないんだよ。その上で俺が余所見しようがふらふらしようが、彼の所有物であることは変わらんのでね。まぁそういうことで、彼にはまず荒事と雑務を任せます。キラちゃん、お手数だけど朝イチで採用書類の作成お願いできる? 僕らちょっと、先にやることがあるから」
「かしこまりました」
了承したキラがデスクにつく。
立ったままのロエにカキアは近づいた。
「じゃ、一発かましてこようか」
深緑の瞳が前髪の奥で、濃く陰になる。
その淀みの深さに、ロエは愛おし気に目を細めた。




