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1-3 第二次邂逅

 通りの真ん中を自動車が行き交い、クラクションの音が時折響く。平日昼、市庁舎近くの街は、身なりの良い年配者が多い。

 そんな空間に、ロエの存在は異質だった。

「《どうかしたか?》」

 並んで歩きながら、カキアの何とも言い難い表情に、目ざとくロエは気付く。

「いや、英雄サマはたいそう眉目秀麗でいらっしゃったんだと……《男前ってのは何着ても絵になるな》」

 キラが買ってきたのは、若者の一般的な服だ。それはビジネス街でスーツ姿が大人の装いとして標準的な時代にあって、当たり前に未熟さの現れとなる。

 けれどジーンズを履いた足は目に見えて長く、白いティーシャツを纏う上半身も内側の逞しさを隠さない。気温としてはやや寒そうなレザージャケットもすっきりとしたシルエットでスタイルの良さをより際立たせ、ブーツと揃いの革素材であることで統一感も出ている。

 ようはモデルが如き隙のない出で立ちで、未熟さどころか最新トレンド感さえ漂わせている。

 何より顔面が輝かしい。彫りの深い顔立ちに意志の強さを感じさせる濃い青の瞳。絡まりなどない金髪は綺麗な色で、歩く度に揺れて日差しをキラキラと反射する。

「《だったらそれでも良かっただろ。なんか窮屈だ》」

 男前である自覚はあるらしく、褒め言葉は当然のように受け止められる。その上で文句をぼやき、ティーシャツの裾を引っ張っている。一枚布衣装世界の住人にとって、体形に合わせた衣服は落ち着かないらしい。

「《この外套は俺のだっつってんだろ》」

 搭載されていない常識方向からの説得は放棄して突っぱねる。雑な物言いだが反発はなく、付いてくる足取りにも停滞はない。

 カキアは、それを不思議に思う。

 歩道の向こうから歩いてくる人物が、カキアに向かって帽子を上げて見せた。カキアも頷き、片手を一瞬上げ、後は会話もなく通り過ぎる。

 過ぎる街並みの中、見慣れたダイナーに通りかかってカキアは足を向けた。店へと入り、戸を押したままロエが続くのを待つ。

 ロエは店内の様子に、軽く目を見張った。その心境は、カキアにも予想がつく。白黒チェック柄の床に、赤いビニール張りのソファと椅子。ここまではっきりとした配色はカキア達の世界にはなかったものだ。

 けれどないものを言い出せば、今のこの世界を構成するものほとんどがそうで、そんな中なぜロエが大人しくカキアに従うのか、カキアには理解できない。

「こっちにハンバーガーと……コーラ、僕はコーヒーをお願い」

 ランチタイムよりやや早く、店員も愛想良く応対してくれる。すぐさまカキアの前に提供されたコーヒーを見て、ロエは少し嫌そうな顔をしている。先程砂糖とミルクを足して飲んでもお気に召さなかったようだ。

 少ししてから、残りの注文品も到着した。青い間仕切りのある皿にハンバーガーとポテト、コールスローが盛られている。コーラは六オンス瓶のまま横に置かれた。

「お食べ。《食べろ》」

 どうにも昔の言葉を使うと柄が悪くなる。カキアは言い直そうかと思ったが、ロエに気にした様子はなく、ハンバーガーを手に取った。見た目から察せたのか、挟まっている具が落ちないように慎重だ。興味深そうに眺めた後、口を開く。

 その目が、見開かれる。

「《うまい!》」

「そりゃ良かった。《こっちは飲み物》」

 示したコーラを、ロエはやはり従順に手に取る。不思議そうに瓶に口をつけて飲んで──吹き出した。

 予想通り過ぎて冷静に、カキアは腰を上げてロエにハンカチを差し出す。

 炭酸がこの惨事を引き起こしたのは想像に容易い。天然の炭酸水は存在しはしたが、この時代を席巻している炭酸飲料ほどの刺激はなかった。カキアは、その危険性を承知で誘導した。

 カキアは色々と、本当に不思議に思っている。

「《お前さ、何で俺のこと信じてんの?》」

 むせながら、ロエは顔を上げる。

「《今更だし助かってるが、大人しく従うのおかしくないか? お前と俺は殺し殺された仲だぞ?》」

 ハンカチを押し付け、また腰を落とす。

 ロエは呼吸を整え、ハンカチで口元を拭った。

「《俺は……》」

 手元で、ハンカチが握られる。

「《──殺し合いはしたかったけど、別に殺したいわけじゃなかった》」

「おっと、僕の宿敵とんだサイコ野郎だったかぁ」

 理解不能の発言に、カキアは遠い目になった。

「《でもお前は俺が近づくとすぐ逃げるし》」

「そりゃ君敵だし強かったしね」

「《殺し合ってる間は引き留められるし》」

「マジか、君そんな思惑で僕にあんだけ殺意高かったの?」

「《近くにいるだけでちょっと……気持ち良い? 安心? なんか、嬉しかったし》」

「え、なに? どゆこと?」

 思わぬ方向に話が流れ、カキアは混乱する。

「《ここでは逃げないし、よく分かんないけど嫌々でも世話焼いてくれるし、やっぱり傍は居心地良いし。……だから大人しく従ってもいいかって思ったんだよ。それに、この辺の人間、何か薄いし。服くれた女とさっき道で挨拶してた男は違うっぽいけど》」

 カキアは二重の意味で愕然とする。宿敵であるはずの男がどうやら自分によく分からない懐き方をしていること。そして──ロエがゲストと街本来の住人(キャスト)を見分けていること。

「《あの二人が違うこと、分かったのか?》」

 カキアの驚きに、ロエは不思議そうにする。

「《ここ、なんか人も建物も物も奥行き薄いだろ。ぺらって紙で描いて張り付けたみたいな。でもお前とかあの二人はちゃんと厚みがあった。あ、でも安心するのはお前だけだ》」

「《その付け足しはいらん》」

 口にされた感覚に、何も言えずカキアは感嘆するしかない。勇者は勇者たるに足る資質を有している。

 世界の構成を、その感覚は見抜いている。

 箱庭の住民が、箱庭の薄っぺらさを知覚している。

 イレギュラー過ぎる。事態は基礎知識の定着うんぬんでは終わらない。

 世話は想定より長くかかりそうだと、カキアは渋面を作った。



  ※ ※ ※



 雨が染み、薄汚れたコンクリート壁。塗装が剥げ、錆の目立つ非常階段。倒れて散らかったゴミ箱と、通り全体から漂うすえた匂い。人通りは少なく、全体的に薄暗い。

 そんな路地裏の一角で、カキアは足を止めた。

「《死後の世界とは言ったが、ここは中間(ミドル)だ。とある存在が作った、な》」

 至高の存在に言及するにはうんざりとした顔で、カキアは説明を始める。

「《本来はあの赤い橋で、死者は俺達でいう三途の川(ステュクス川)を越えていく》」

 建物と建物の隙間、ロエも大きさに驚いた赤い橋の途中が、少しだけ見える。

 行き来するのは道すがらロエも教わった車という乗り物だ。時折停滞するが、基本的に自家用車も大型バスも一方通行ですいすいと橋を渡っていく。

「……渡し守(カロン)の商売もあがったりさ」

 古式ゆかしき船頭がいる時代は終わった。今構築されている世界では、そう目に写る。

 カキアは振り返った。

「《此岸(しがん)でも彼岸でもない中州(ミドル)。連れてこられた魂にはここでもう一度生が与えられる。生前にはなかった生活を楽しむ奴も多いが、道で行き会ったヴァシーリイは大真面目にここでも仕事一筋の会社員だ。俺とキラは色々あった結果、ゲスト対応室。設立者が目指してるのは……例えるなら死後の楽園(エリュシオン)か》」

 ここからが大事なところだと、カキアはロエと目を合わせた。

「《そういうわけでこの世界、五感に捉えられるもんは作り物のまがい物だ。今は……俺達が生きてた頃から三千年先、世界の果ての大河(オケアヌス)も越えた遠い国に設定してある。この設定は設立者の気まぐれで変わる。俺が経験したのは他にも、更に結構未来な南国だとか、もう少し俺達の時代に近い砂漠のオアシス国だとか、今のお前の想像も及ばない色々な場所と時間だ。招かれる魂は時代も地域もバラバラで、ここの設定もそのぐらい気まぐれに変わる。普通なら生活なんてままならない。だからゲストにはその時その時に合わせた基礎知識の定着が自動的にされる》」

 断言したところで、ロエの表情に浮かんだ疑問をカキアは拾い取る。

「《なのにお前には定着がされなかった》」

 カキアは、ロエから視線を外して路上を見た。ロエもつられて、散らかるゴミに目を向ける。

 カタカタと、小さく音が鳴った。潰れた空き缶が、何かに揺さぶられるように動いている。

「《その妨害要素は知らんが、その上でお前が箱庭を感知できるなら話は早い。ここはそういうふうに定められただけの世界で、魂も本来は無防備なもので、ここに満ちているのは純然たる概念、情報だけだ。お前と世界の垣根なんてのはなく、お前が理解すればすべての事象は起こせるし、万物になることもできる》」

 大気が身じろぎ、世界の肌触りが変わる。ロエは心地の良さに目を細める。引きつけられるような、温かいような。

 ロエはこの感覚を知っている。血生臭い戦場で、それでもカキアを追っていけた理由。カキアがエーテルを扱う時に漂う、惹かれる感情。

 風がカキアを中心に渦巻いた。コートがはためき、落ちているゴミが中空へと巻き上げられる。倒れたゴミ箱が起き上がった。風は範囲を収縮し、綺麗にゴミをゴミ箱へと仕舞って──そうしてかき消えた。

 強い風が去った後、淀んでいた路地裏の空気は清涼ささえ感じるものへと変じていた。

 ふぅと、カキアは小さく息を漏らす。

「さて」

 次にロエを見るカキアは、挑発的に笑っていた。

「じゃ、繋がってみるといいよ勇者サマ。《分かるか、今の》」

 興奮に、ロエの胸は鼓動を激しく打っていた。初めてカキアがエーテルに干渉する様を、最初から最後までつぶさに観察することができた。戦場では、そんな悠長な時間はなかった。喜びと高揚で、その頬は血色良く薄い赤に染まる。目を輝かせ、ロエは今の感覚を追ってみる。

 五感の外にある感覚だ。肉体に基づかない、魂そのものに備わる知覚。

 手始めにロエは目を閉じた。続いて雑然と耳に入る音を、集中して排斥する。味覚、触覚、嗅覚は元より主張が弱く、簡単に切り離す。

 すぅっと内側に入る心地で集中して少し、表現し難いざわつきが残る。外と内、どちらにもある、ざわつき。二つはまったく別物で、互いへ影響も及ぼさない。

 その境を消そうとして──凄まじい危機感に震えて目を見開いた。膝から崩れ落ち、一瞬で吹き出した汗を顎先から滴らせる。アスファルトに両手をついて、止まっていた呼吸を必死で取り戻す。

「お、免れた」

 ロエにはカキアの言葉の意味は分からなかったが、呑気な雰囲気だけは通じた。

「《何だ今の!》」

「そりゃ情報の質量が君と世界じゃ違うもん。いきなり境界を全開放したら一瞬で持ってかれかけるよね。まぁ模倣でそこまでいけただけでも勇者さまさまだ」

 通じない言葉を並べ立て、カキアは跪くロエの傍らにしゃがんだ。自分を見上げているロエに顔を寄せ、重い前髪の影から深緑の瞳を覗かせる。

「《お前、俺を信じすぎ》」

 笑みは酷薄に、囁く声は低く冷淡に。

 眼前の緑の沼の深さに、ロエは戦いの記憶を呼び覚ます。淡々と命を刈り取る死神。埒外の異能者。仲間にすら恐れられる──魔王。

「とはいえ、さすがに勇み足だったね。うまくいけば一発で問題解決だったんだけど残念だ。付きっきり対応で出勤免除されたし、大人しく君の生活用品買ってから僕ん家行こうか」

 立ち上がり、カキアはぼやきながら歩き出す。数歩進んでから、未だに跪くロエを振り返った。

「何やってんの、行くよー。《着いてこい》」

 おぞましくものんびりと、カキアはロエに呼びかけてみせた。


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