7-1 生かさず
目当ての人物を歩道で見つけ、デイブはパトカーを路肩に停車させた。黒く塗装されたボンネットの鼻先側から、コート姿のカキアが近づいてくる。
「はぁい、デイブ。嫁さんは見つかった?」
「一週間やそこらで変わるわきゃないだろが」
「恋に落ちるってのは一瞬なんでしょ?」
「ここじゃどいつもこいつも見飽きた顔だよ。じゃなくて……おい? おーい、止まれー」
なぜかカキアはデイブが顔を出すドア横も過ぎ、歩みを止めない。
「うぇえ、止まるとさぁ」
カキアが嫌そうな声を上げた時には、デイブも事情を察した。
「こうなるんだよねーっ」
立ち止まったカキアの姿は、デイブからは見えなかった。後ろからぴったりと追走していた男の体躯のせいだ。幾らかの闘争の気配の後、背中にロエをへばりつかせたカキアが、運転席横まで戻ってくる。首には背後から腕が回されている。
「えっと……おめでとさん?」
「なぁんにも、まぁったく、祝い事は起きてないね」
「仲直りおめでとさん?」
「むしろ決裂したかなぁ」
カキアの宣言に、デイブは顔を上げる。黒い癖毛越しに見る顔面は、今話題の俳優とは別種のきらびやかさだ。俗さが極端に薄い。その神々しいとも言えるご尊顔が、何かを幻視するほどあからさまにしょげている。
「……少しくらい優しくしてやってもいいんじゃね?」
「これ以上ないくらい譲歩した現状なんだけど」
「たまには撫でてやれ」
「ちょっと待て、何に見えてる?」
「犬」
「犬かぁ」
デイブは実家で飼っていたジョンに会いたくなった。素直で可愛いジョン。叱られると許してもらえるまで周りをうろつくジョン。許した途端に飛びつくジョン。でも母親が餌を持ってくると一目散で置いていくジョン。
年老いて耳を悪くして、最期はあっと言う間に逝ってしまったジョン。
「大事にしてやれよ」
「ちょっと情緒が分かんないし、余計なお世話だけど、君は元気出して」
急にしんみりしだしたデイブに、カキアは労りの言葉を惜しまなかった。
「いや、すまん。歳取ると涙腺が」
「俺より一回り以上若い癖に喧嘩売ってる?」
その時、頭の後ろから変な吐息が聞こえて、カキアは背後を振り仰ぐ。
「何?」
「《カキアの見た目と同じぐらいだと思ってた》」
「ここだけの話にしとこうね」
「断片だけで分かるんだよなァ」
ロエの言語は聞き取れなくとも、やりとりで予測はできて、デイブはロエを睨んだ。老けて見られる自覚はある。
そうしてだらだらと会話を続けかけ、デイブは職務を思い出して踏み留まる。
「じゃなくてだな。一週間前の係留船盗難の件、動いたぞ」
腕の中、顔も見えないカキアの反応を、ロエは直接拾い上げる。
少し強くも一定の調子で吹いていた風に、立ち塞がった崖。
「戻ってきた?」
「船だけ、発見された。今朝方、縄なしで漂ってる船がマリーナにあるのを、利用者が報告してきた。現場か、指紋照合してる本署、どっちに送る?」
風が暴れる。行き先をなくした風が、渦を巻く。
「とりあえず現場。──あと君は首絞めてる。《動き邪魔するほど引っ付いてきたら独立申請して同居解くって言ったよな?》」
感じ取った風の荒ぶりに引きずられ、思わず強めていた腕の力を、ロエは慌てて抜いた。




