不良、旅立つ
デュヴァルの行動は素早かった。
あっという間に魔術師ギルドのお偉いさんから二人分の「遍歴学生」許可証をもぎとり、アランと初めて会った三日後には全ての準備が整っていた。
ちなみに、「遍歴学生」の証明書は、そう簡単に発行される代物ではない。
試験を受けて優秀な学力を認められた生徒にのみ発行され、特別な濃紺のローブと、「遍歴学生」の目印となるバッジを渡される。
遍歴学生には様々な特典がついており、そのうちの一つが、どの交通機関――列車や馬車、船など――でも無料で使うことができる、というものだ。
朝早くから、アランは二人の連れと一緒に列車が来るのを待っていた。
遠目から見ればなんということもない三人組だが、そこだけ異様な空気が流れていた。
デュヴァルはなにもしなくても威圧的なオーラを振りまいており、半径一メートル以内に人を寄せ付けない特訓でもしていたのだろうかと不思議になる。
ナディアは意識的に恐い目をして、無差別に威嚇する態度を見せていた。
やっぱり俺が一番常識的やんな、と思っていると、デュヴァルとナディアがそろってこちらを見ていた。
「どうしたんだ?」
デュヴァルが口を開いた。
この男の口からこんな台詞が出るとは思わず、アランは一瞬返事に詰まった。
「すごい気迫だね。誰か殴りたい相手でもいたの?」
アランはナディアを見つめ返した。
「俺は、そんなに物騒な顔をしてたんか?」
「物騒もなにも……リーダー自体、物騒の代名詞じゃない」
アランがショックを受けている間に列車が到着し、自分の発言がどんな効果をもたらしたかなどまるで気にしないで、デュヴァルとナディアはさっさと乗車してしまった。
アランは流れていく風景をぼんやりと見つめながら、これからのこと――ではなく、今までのことを思い返していた。
自分としてはいつでも愛想よく、を心がけていたつもりだったのだが、周りによるとそうではなかったらしい。
目つきだろうか。
ふと本を読んでいたデュヴァルと目があったので、アランは試しににっこりとほほ笑んでみた。
デュヴァルは表情を変えないまま、
「禍々しいな」
そう言って、再び書物に目を戻した。
禍々しさを一身に纏ったような男にこう言わせるほどなのだから、相当なのだろう。
「もうええ。
あんたに聞いた俺がアホやったわ」
アランはため息をつき、自分の膝に頭を乗せて眠っているナディアの髪を手ですいた。
すると、ナディアが目を覚ましてしまった。
「リーダー……」
「ああ、悪い。起こしたな」
ナディアは眠たそうに目をこすった。
どうやら寝ぼけているようだ。
「リーダー。
私、リーダーが好きだよ……。
こんなに、人を射殺せそうな目をできる人、リーダーしか知らないから……」
一部の単語を覗けば、ある意味立派な告白だ。
中身は狂犬だろうが、かわいい女の子にこう言われれば、悪い気はしない。
アランは照れ隠しに自分の髪の毛をかきむしった。
「俺がお前を旅の連れに選んだ理由、教えてやろうか」
デュヴァルを見ると、こちらは前科持ちの犯罪者のような物騒な笑みを浮かべていた。
「聞いてほしいんやったら、聞くけど……」
「お前なら、いい弟子になると思ったんだ」
「俺はいつの間に、あんたに弟子入りしたんやろうな……」
「いいから、黙って聞け。
お前は俺と目が合っても怯えないだろう。
いちいち怯えるようなのがそばにいたら、鬱陶しくてたまらん。
その点、お前は楽だ」
デュヴァルの声に自嘲めいたものを感じ取り、アランはわざとふざけた態度で肩をすくめた。
「それって、俺やったら和むってことやんな」
少し調子に乗って言ってみると、デュヴァルは小さく笑った。
「そうかもしれんな」
アランは言葉を失った。
人を拒絶する硬い壁を張り巡らしているかと思えば――突然こんな面を見せるのは、反則だ。
アランは気のきいた返しを必死に考えたが、思い浮かばなかった。
そして、言葉はいらないのだと気づき、むず痒さを抱えたまま、窓のほうに顔を背けた。
しばらくして、アランはぽつりと呟いた。
「この旅、面白くなりそうやな……」
デュヴァルは本に目を落としたまま、黙ってその言葉を受け止めた。