不良と少女
「俺はある犯罪者を追っている。
そいつの名はローランド・ヴァローネ。
魔術を使って非合法に稼いでいる、マフィアの首領だ。
俺の目的は、そいつと、その配下、傘下の組織を潰すことだ。
何か質問はあるか?」
鋭い目で一瞥されると、アランは目に見えない重圧を感じた。
それに、場所も悪かった。
女性うけしそうな喫茶店で、柄の悪そうな二人組の男が顔をつきあわせているため、周囲からの視線にも耐えなければならないのだ。
だが、この場所を選んだ本人は、全く気にしていないようだった。
大魔術師になるには、肝も据わっていなければならないということだろうか。
「あんたの目的はわかった。
でも、なんで俺なん?
卒業もしていないひよっこなんか、お荷物にしかならんと思うけど?」
「知識など後から叩きこんでやる。
俺はスパルタだからな、覚悟しておけ」
「ちょっと待ってや。
一緒に行くなんて一言も言ってへんやろ」
「俺についてきたということは、了承したということだろう」
「ちゃうよ。
話を聞くだけ聞いたろって思っただけで――」
「ここまで聞いたんだ。
後には退けんぞ」
アランはオレンジジュースの最後の一口を飲んだあと、ため息をついた。
「あんたのほうが、よっぽどマフィアに向いてるで」
アランの返答をどう受け止めたのか、デュヴァルは満足げに頷き、伝票を持って立ち上がった。
「行くぞ」
「ほんまに本気なん?」
アランは念のため確認をとった。
デュヴァルが、実は暇つぶしにからかっただけだと言い出すのを期待したのだが、そんなことにはならなかった。
「当たり前だ。
奢ってやるんだから、働いて返せ」
「そんなこと言うんやったら自分で払う。
あんたの分も払うから、休学届は返せ!」
アランは伝票を奪おうと手を伸ばしたが、デュヴァルはあっさりとかわして、伝票を持って行ってしまった。
「ほら、行くぞ」
デュヴァルに引きずられるようにして、アランは喫茶店を出た。
もうどうにでもなれという心境だった。
この世界には不思議な人種がいるということを、アランは知っていた。
傍若無人で自分勝手なのに、なぜか必ず自分の思う通りに事を運んでしまう人間だ。
ロワイエ・デュヴァルは間違いなくそういった人種だろう。
それに、アランは旅というものに少なからず憧れを抱いていた。
面倒なことは嫌だと思う反面、本能が暴れられる場所を求めているのも、その狂暴な衝動が簡単には消えないこともわかっていた。
だから、多少の不満はあるが、このまま流されてみるのもいいかもしれない、と思ったのだ。
喫茶店を出たとたん、アランは息を呑んだ。
いまだにアランの腕をつかんでいたデュヴァルの首に、ナイフが突きつけられていたからだ。
デュヴァルの背中から顔を覗かせると、ほっそりとした白い腕が見えた。
ナイフを持っているのは、セミロングの華奢な少女だった。
アランは思わず目を覆った。
デュヴァルは不快そうに目を細めた。
「なんだ、この小娘は」
「うちのリーダーから離れてよ」
ナディア・カロッソは勝気そうな目に殺気を漲らせて、自分より二十センチ以上背の高い男を、真っ向から睨みつけた。
ナディアは不良のナンバーツーで、その好戦的な性格は学校の誰をも凌ぐ勢いだ。
誰にでも牙をむく狂犬だが、アランにだけはよく懐いている。
「ナディア、ナイフを仕舞え。
そんな物騒なもの、簡単に出したらあかん」
「リーダー、この人誰?」
デュヴァルはじろじろとナディアを観察し、ナディアはそれを「メンチを切られた」と思ったのか、同じようににらみ返した。
「こいつはしばらく大学を休む。
今から別れの挨拶でもしておくんだな」
「なんで? 私にはそんなこと一言も……」
「今決まったんや。悪いけど、他の奴らにも伝えておいてくれ」
「どこに行くの? 私もついてくよ」
ナディアは捨てられた子犬のような目でアランの腕をつかんだ。
そうされると弱いということを、知っていてやっているのだろうか。
「トップがおらんのに、お前までおらんようになったらどうなる?」
「嫌だ。絶対についていくから」
アランに言っても仕方がないとわかったのか、ナディアは方向を変えて、デュヴァルを挑戦的に見据えた。
「いいでしょう?」
「ああ、構わん」
「ほら、いいって言ってるじゃない」
アランは状況についていくのが精いっぱいだった。
「いいんか?」
アランはその返答が信じられなくて、恐る恐る尋ねた。
「喧嘩早いガキは好きだ。
昔、俺の手下にこういう奴がいたんだが……懐かしいな」
ナディアは素早く反応して、噛みつくように言った。
「勘違いしないで。
私はアランにしか従わない」
「不良というのは、今も昔も変わらんな」
全く会話が成り立っていないということに、二人とも気づいていないようだ。
アランはこっそりとため息をついた。
これから先、自分が気疲れするのは目に見えている。