不運な不良
校長室へ向かうすがら、アランは自分が一体なにをやらかしたのかと記憶をたどった。
自分に呪いをかけてこようとした上級生を拳で沈めたこともあったが、それは二日前の話であって、もう時効のはずだ。
それに、正当防衛でもある。
わからんなあ、と呟いて、アランは考えるのをやめた。
校長室はすぐそこだ。
「入るで」
一応の礼儀として扉をノックし、返事を待たずに部屋へ入った。
すると、顔色の悪い校長と、妙に凄みのある男が向き合うかたちでソファに座っていた。
「来たか」
男がにやりと笑った。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
こいつは視線だけで人を殺せるぞ、と直感で思った。
魔術師の中に、「邪眼」といって、見るだけで人を石化させたり殺したりする特殊能力を持った者がいるが、その類ともまた違う。
先ほどすれ違った時は気付かなかったが、男の持つ雰囲気はアランの頭に危険信号をひびかせた。
「お前、名前はなんという?」
おっさん、自分から名乗りいや――という勇気は、湧いてこなかった。
不良の性だろうか、自分より実力が上だとわかると、不思議と反抗する気にならない。
「俺はアラン・バドリオ。
さきに言っておくけど、不良ちゃうよ」
「いや、不良だな。見ればわかる」
「なんで?」
「俺も昔は不良だった」
なるほど、とアランは妙に納得した。
「今はマフィアでもやってるん?」
校長が小さく悲鳴をあげた。
対照的に、男はなぜか楽しそうだった。
「そう見えるか?」
「視線だけで人を殺せそうな眼をしてるから、そうかなと思ってんけど」
「俺が怖くないのか」
「ああ、恐いの好きやねん。
スリルがあってええやろ。
それより、あんたは誰やねん。
そろそろ名乗ったら?」
ますます恐い笑みが広がったのを見て、アランは嫌な予感がした。
ついでにいうと、不良の勘はよく当たる。
「ロワイエ・デュヴァル。
名前くらいは聞いたことがあるだろう」
さすがのアランも、そこまでは予測できなかった。
ロワイエ・デュヴァルとは、今いる魔術師の中で最も力のある男の名前だ。
三十五歳という若さで、トップにまで上り詰めた、ほとんど伝説の人物で、アランは自分の非礼な言動の数々を思い出して、居心地の悪い思いをした。
「偉そうな口たたいて悪かったと思ってるけど、謝れへんよ。
知らんかったんやから、仕方ないし」
「やはり面白いな、ガキ。
不良のナンバーワンだというから、もっと荒れているのかと思ったが。
これならいいだろう」
「なんの話か、説明はないん」
「お前、俺と一緒に来い。
休学届はもう出してある。
魔術師ギルドにも遍歴学生としての許可証を申請しておこう。
質問はあるか」
「どこからツッコミを入れていいか、わからんな」
「そうか。飲み込みが早くて助かる。
では、行くぞ」
「あんたの耳、自動変換機でもついてるん?
いきなり言われて、行くわけないやろ」
「では、歩きながら説明してやろう」
「そうして」
固まっている校長を置いて、アランとデュヴァルは部屋を出ていった。