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深まる執着

ざわめきが遠くで波のように広がった。


担架がガタガタと揺れ、乾いた薬草の苦い香りが鼻先にかすかに引っかかった。


「脚が……!」


「た、すけ……!」


どこにいるのかもわからなかった。


声だけが波のように押し寄せ、頭の中をかき乱した。


スンウは重くなったまぶたをどうしても持ち上げられなかった。


『成長期の脚が……せめて190までは行きたかったのに。』


冗談めいた思いとは裏腹に、左脚は魔力に押しつぶされて無残に潰れ、右脚は剣で斬られた傷がずきずきと痛んでいた。


上半身はひびの入った陶器のように、息をするだけで痛みが走る。


『シアを狙ったやつだ。絶対に生かして返さない。』


食いしばっていた意識が、ぷつりと途切れた。


スンウは再び闇の中へ沈んでいった。


#


油灯がパチパチと音を立てていた。


薬草の匂いが呼吸に絡み、圧し掛かっていた重みが消えると、まぶたがゆっくりと持ち上がった。


木目の天井、揺れる光。


視線を下ろすと、白い包帯が幾重にも巻かれた脚と脇腹が呼吸に合わせてわずかに引きつった。


そして、病床の端に座る銀髪と金色の瞳の少女が、部屋の闇を押しのけていた。


整った眉、長いまつ毛、繊細な鼻筋、水のような唇。


太陽の光をそのまま閉じ込めたような瞳が、スンウをじっと見つめていた。


その中心には、渦を描くような光がちらつき、温かな心配の奥に言葉では言い表せない冷たいものが潜んでいた。


『……なんだ、この美人は。俺の隣に?』


瞬きをして焦点が合う。


「……スンウ。」


か細い声。


スンウの名を、切実に、そして優しく呼ぶ声。


「シアか?」


意識を整えると、それはやはりシアだった。


まだ幼い体つき、黄金の瞳。


先ほどはぼやけた視界のせいで、成長した未来の彼女と錯覚しただけだった。


スンウの口元に自然と笑みが浮かんだ。


『大人になったらきっと美人になる。……それより、カイレンが俺の状態を伝えたんだな。』


ぎゅっ——。


考える間もなく、シアがスンウの首に腕を回し、壊れ物を扱うように抱きしめた。


震える息が首筋をかすめ、彼女の指先がスンウの鼓動に合わせて震えた。


スンウが顔を確かめようと身を引こうとすると、シアは離さないようにさらに腕に力を込めた。


『前より力が強くなってる。覚醒熱のせいか?』


ぽたり——。


背中に水音が落ちた。


まだ感覚の鈍いスンウにも、その音だけで彼女が泣いていることが伝わった。


「シア、泣くな。俺が悪かった。」


背を軽く撫でながら慰めようとしたそのとき——。


「うそつき。」


「え? なんで俺が?」


「そばに……ずっといるって言ったのに。」


「あ……。」


ようやく、自分の失敗に気づいた。


だが、言い訳もしたかった。


ほんの少し材料を買いに行くだけのつもりだった。まさかその短い間に魔族と遭遇するとは。


『魔族……やっぱりシアを狙っていた。けどなぜ? 居場所まで正確に——』


思考を止める。


今は目の前のシアが先だった。


「シア、ごめん。言い訳しない。俺が悪い。勝手に出て行った。」


スンウは息を整え、シアが安心できるように姿勢をゆっくり変えた。


「でも、うそをつくつもりじゃなかった。本当に、少しだけ外に行くつもりだったんだ。」


シアの腕の力が少し緩み、彼女は顔を上げてスンウを見た。


濡れた金の瞳。


曇った太陽のようにやさしい光。


スンウは彼女の涙を親指で拭い、苦笑した。


「許してくれる?」


シアはしばらく息を整え、口を開いた。


「言い訳しないって言った。」


「はは……話してるうちに、つい。ごめん。なんでもするから、許してくれ。」


シアは両手を差し出した。


握ってほしいわけでも、すぐに許すわけでもない。


『ここに来て。』


届く距離に。


スンウは静かに笑い、その手を包み込んだ。


そして彼女をそっと抱きしめた。


シアの唇はまだ固く結ばれていたが、端が少しだけほころんだ。


「いいわ。じゃあ今から……ううん、この瞬間からずっと私のそばにいなさい。」


シアの瞳がわずかに揺れ、ゆっくりと光を帯びて沈んだ。


「何もしなくていい。ただ私のそばにいなさい。あなたが眠るまで見ている。息が落ち着くまで確かめる。だから、ここにいて。」


「……え?」


戸惑うスンウの手を、シアが強く握った。


逃げ道を許さない柔らかくも固い力。


「約束して、三つ。」


「一つ、私の許可なしに一歩も離れないこと。」

「二つ、危険があればあなたじゃなくて私が先に行くこと。」

「三つ、私なしで戦わない、傷つかない、倒れないこと。」


スンウが何か言おうとすると、シアが指先で彼の唇を押さえた。


「破ったらどうなるか、わかる? 私は……あなたがいなくなる可能性すら許さない。」


金色の瞳がゆっくりと沈み、深く光った。


「必要なら縛ってでも止める。リボンみたいに綺麗に。治るまで。」


スンウが苦笑した。


「それは……ちょっとやりすぎ——」


「なら、約束を守って。」


シアは彼の首筋に顔を埋め、浅く息を吸い込んだ。


香の印ではなく、彼女自身の匂いが濃くなった。


「あなたの匂い、息、鼓動……全部わかる。だから消えないで。どこにいても見つける。でも……私に探させないで。」


シアは再び彼の瞳を見つめた。


その奥には、心配の下に静かな刃のような決意が光っていた。


「言って、スンウ。もう私のそばを離れないって。」


スンウは緊張しながらゆっくりうなずいた。


「約束する。」


ようやくシアの肩の力が抜けた。


彼女は彼の額にそっと口づけし、布団を整えた。


「いい子。もう寝て。」


シアは最後にささやいた。


「覚えておいて。神獣は恩を返す。そしてあなたは私の人、私はあなたしか見ていない。」


「……うん、覚えるよ。」


スンウはシアの気迫に押されて固まったままだった。


彼女は静かに隣に横たわり、姿勢を整えた。


「さあ、寝ましょう。」


「……ああ。」


『だからカイレンに言わないでって言ったのに……いや、言えてなかったな。』


シアの指先から白い光が広がり、布団のようにスンウの体を包み込んだ。


その光が顔まで届くと、スンウは深く静かな眠りに落ちた。


#


同じ頃、別の場所。


スンウが入院している診療所の向かいの宿屋。


「はあ……。」


カイレンのため息が床に沈むように漏れた。


隣でリスティアが背を軽く叩き、息を整えさせた。


「ありがとう。……それより、リス。」


「うん、カレン。」


「あの神獣、いったい何者なんだ?」


短い問いだったが、リスティアはすぐに理解した。


時は少し前に遡る。


スンウが魔族と遭遇する直前——。


リスティアは驚いた。


自分が眠らせておいたはずのシアが、突然上体を起こしたのだ。


『どうやって……起きたの?』


『スンウが危ない。』


『え?』


目を覚まして最初に発した言葉がスンウの名だった。


寝言かと思い、真っ赤な顔の彼女を寝かせ直そうとしたが、シアは立ち上がり、扉へ向かった。


『ちょ、ちょっと! どこ行くの? ベッドに戻りなさい!』


リスティアが止めても、シアは聞こえないように同じ言葉を繰り返した。


『スンウのところに行かなきゃ。』


『あんたっ……! うそでしょ、なんでこんなに力が強いのよ!』


その騒ぎを感じ取ったカイレンが入ってきた。


『どうした?』


『カレン! この子を止めて!』


状況を見たカイレンはすぐにシアを押さえつけた。


竜族の力と武人の膂力が合わさり、さすがのシアも動けなくなった。


それでもシアは、苦しい息の合間に同じ言葉を繰り返した。


『スンウが……危ない。』


『何? スンウが?』


カイレンが詰め寄っても、返ってくる答えはそれだけだった。


『……気になる。仕方ない、街に出てみる。』


『お願い、カレン。こっちは私がなんとかする。』


そしてカイレンはメリーと共に街へ向かった。


倒れた魔族を見つけると、ためらいなくその首を刎ねた。


現在。


「はあ……どうして危機を察知できたのか。」


「香の印のせいじゃない?」


リスティアの言葉に、カイレンは苦笑しながら首を傾げた。


「かもしれないな。そもそも香の印に関する記録が少なすぎて、断言はできない。」


顎に手を当てながら表情を引き締める。


「それと、リス。ヴァレント伯爵家の末息子が目を覚ましたそうだ。招待状が届いた。」


「北のヴァレント? 帝国北境の盾と呼ばれるあの家?」


「ああ。爵位は伯爵だが、実際の権勢は侯爵級だ。いくつもの要塞線を持ち、北方補給路の半分を握っている。」


「そんな家からの招待って……『来い』って意味ね。」


「南の子爵が忙しいなんて言っても断れん。しかも末息子の快復を祝う宴会だ。名分も十分だ。」


金の紐で綴じられた招待状を一瞥し、カイレンは肩をすくめた。


「まあ、断る理由もない。」


「気が乗らないなら行かなくても——」


「いや。」


カイレンが短く笑った。


「休暇だと思えばいい。北の風に当たって、酒を一杯やって、顔だけ出して帰ればいい。」


リスティアが細めた目でからかうように言った。


「休暇の顔には見えないけど?」


「貴族なんて風に流されるものさ。流されるなら、背中から風を受けろ。」


招待状を懐にしまいながら笑う。


「荷物は軽く。贈り物は相手の家紋色に合わせて、藍と銀の装飾をした記念剣一本と果実酒一箱。祝いの言葉は一行で十分だ。」


「なんて言うの?」


「南風、北雪を敬う——でいいだろう。」


カイレンはリスティアに目を向けて微笑んだ。


「だから休暇だ、リス。北の盾を一度叩きに行こう。」


「いいわ。出発はいつ?」


月光を見上げながらカイレンが答えた。


「二週間後だ。スンウとシアも連れて行く。」


「え? なんで?」


「その方が面白そうだから。」


「趣味悪いわね、カレン。」


「はは、でも君も笑ってる。」


「ふふ、あなたに似たのよ。」


そう言って、リスティアはそっと彼の肩にもたれた。


カイレンはどう受け止めていいか少し戸惑いながらも、静かにその瞬間を受け入れた。


#


ヴァレント伯爵家の廊下。


「坊ちゃま、歩きすぎてお疲れでは?」


「大丈夫だよ、ジェイン。何年も寝てた身体だ、少しは動かさないと。」


コツ、コツ。


向こうから足音が近づいてくる。


「エリアン、顔色が良くなったな。」


「セドリック兄さん。」


「リハビリも大事だが、無理はするな。身体が一番だ。」


「はい、兄さん。」


エリアンは微笑み、兄に軽く頭を下げた。


セドリックはうなずき、歩み去った。


エリアンは窓の外を見上げ、夜空に浮かぶ月を見た。


『こっちは月が二つあるのか。』


地球では一つだった。


口元に小さな笑み。


『地球で死んだ俺が、読んでいた小説の主人公として目覚めるなんて。これはご褒美だな。』


地獄のような日々への、少し遅れて届いた返答だった。


『これから数年後、俺は勇者になって、この世界の魔王を倒し、アルカナ帝国を救う。歴史に名を残すことになるだろう。』


エリアン――いや、韓国人のキム・ジハンは、口の端をわずかに上げて笑った。


『まずは身体を鍛えよう。この肉体はもともと剣術に適した体だ。すぐにソードマスターの境地に届くさ。』


彼は侍女ジェインに支えられながら、ゆっくりとリハビリの動きを続けた。


『もうすぐ開かれる宴も楽しみだ。原作通りなら、彼女も来るはずだ。』


栗色の髪をかき上げると、鋼のような双眸に一瞬の光がきらりと走った。

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