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突然の出会い

<出会いは唐突に 1>


湿って冷たい空気が肺を押し潰す。

かすかな灯りが錆びた鎖と金属器具に反射し、壁と床に不気味な影を落としていた。

彼女はその中に閉じ込められたまま、鉄格子に身を預けて床だけを見つめていた。


かつて各大陸を守護した神獣であった彼女は、今や何の力もない惨めな存在へと堕ちていた。


この地獄のような実験室に五年もの間閉じ込められ、絶え間なく神聖力を吸い取られてきた。

身体と心に刻まれた虐待の痕は、彼女がくぐってきた歳月の痛みを黙って物語っていた。


その時、彼女をここへ閉じ込めた魔法使いが口を開いた。


「ついにこの神獣の神聖力をすべて抽出できた。あとはこれを“あの方”に捧げれば……」


黒いフード付きのローブをまとった男が、フラスコに満ちた白い精を見つめて低く笑う。

その目は見えないのに、冷たく彼女を射抜く視線がはっきりと感じられた。


助手が恐る恐る尋ねた。


「では、この神獣はこれからどうなさるおつもりで?」


「当たり前のことを聞くな。神聖力をすべて奪われた神獣など、もはや用済みだ。回復の見込みもない。いずれ廃棄する。」


魔法使いの声には一片のためらいもなかった。


「それに、実験が長引いたせいか目の光ももう死んでいる。廃棄されたほうが、あの女にとっても楽だろう。」


その言葉は、半ば真実だった。神獣としての光も意志も、とっくに折れたように見えた。


神獣の群れでは出産すら稀な中、二百年ぶりに生まれた子――「シア」。

彼女はある事件をきっかけに群れから離れ、人間にさらわれた不運な神獣だった。


魔法使いと助手の足音が遠ざかる。彼女は、近い死を直感した。


だが、彼らすら知らぬ秘密があった。

終わりのない苦痛に目の光は失われたように見えたが、彼女はまだ、生への意志を手放していなかった。

神聖力の搾取は彼女を弱らせたが、同時にその内奥に別の力を目覚めさせつつあった。


それは――神力。

神獣王の資質を持つ者にのみ顕れる力。

神力は、使い手の望みを現実へと織り上げる美しい力である一方、扱いを誤れば身を砕かれることもあり、願いが成就しないまま目の前で蜃気楼のように崩れ去ることもあった。


本能的に危うさを感じ取っていた彼女は、その力を押し殺してきたのだ。


しかし――どうせ死ぬ運命なら。

最後にたった一度だけでも、この力を使ってから死のう。

彼女は自嘲気味に口角を上げた。


ふと、故郷で出会った勇者ラエルが脳裏に浮かぶ。


彼が一度だけ故郷に立ち寄った折、彼女は案内役となり、村を紹介した。

その時ラエルは、自分の故郷――韓国という国について語ってくれた。


『今回は私があなたに村を案内したんだから、次はあなたが私に故郷を見せてね! 約束だよ!』


あどけない笑顔で差し出された約束。

だが、それはもう果たされることはない。


なぜ今になって、彼のことを思い出すのだろう。

彼女は自分でもわからない郷愁に目を閉じ、そしてその思いを最後に、残る力を無理やり引き上げた。


ススス――


紫の神力が流れ、彼女の身体を包み込む。

その光はまるで夢のように淡く、同時に破滅を予告するかのように危うく揺らめいた。


パッ!


彼女が閉じ込められていた実験室には、もはや生き物の気配がなかった。


「スンア……」


冷たい風が吹きつける屋上の手すりに、男はひとり立っていた。

空腹の痛みも、引き裂かれるような心の苦痛も、もはや何ひとつ感じない。

彼の目に映る世界は、ただ灰色だった。


頭の中では、病でこの世を去った母と、同じ病を受け継いで苦しんでいた妹・スンアの姿が途切れなく巡る。

スンアの病状は回復の兆しを見せず、ついには彼女もまた逝ってしまった。

男に残ったのは、家族を守れなかったという絶望だけ。


もう彼に残されたものは、役に立たない自分自身しかなかった。


彼は手すりをつかんでいた手を、ゆっくりと離した。


ついに、この世を去ると決めたその瞬間――


ドオオオオ――ン!


空が裂けるような、強烈な光が降り注いだ。


目を開けると、光の消えた場所に、狼の姿をした生き物が倒れていた。


あばらの浮いた身体、全身に刻まれた虐待の跡。


男は衝撃のあまり、思わずつぶやく。


「これは……いったい……?」


足を踏み出すと、狼の荒い息遣いが間近に聞こえた。


男の目には、その狼の姿に、数日前に息を引き取った妹の影が重なって見えた。


考える間もなかった。

死を選ぶはずだったその手が、今は新しい命を守ろうと伸びていた。


狼を抱き上げた男は荒い息を吐きながら階段を駆け下りる。

生きるために残された最後の本能のように、その足は動物病院を目指して止まらなかった。

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