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仲直り

<仲直り>


朝の陽射しが屋敷の窓から優しく差し込んだ。エラリオンの光は地球と変わらず、慣れ親しんだ暖かさで部屋を満たした。スンウはベッドから起き上がり、まだオオカミの姿のままぐっすりと眠るシアを見下ろした。彼女の柔らかい毛皮が陽光に反射し、温かい気配を放っていた。


今日からスンウはカイレンを手伝って共に働くことになる。


コンコン。


その時、ドアをノックする音が聞こえた。スンウは寝癖でぼさぼさの髪を大まかに整え、ドアへ向かい誰かを確認した。


「カイレン様がお呼びです。」


ドアをノックしたのは、この屋敷で唯一の執事、ポールだった。老執事である彼は、年輪に見合った威厳と品格を兼ね備えていた。


「はい、すぐに準備して伺います。」


「承知いたしました。」


ポールはその言葉を最後に立ち去り、スンウはエラリオンでの初出勤の準備を始めた。


スンウの動きに、シアは耳をぴくぴくさせながら目を開けた。琥珀色の瞳がぼんやりと瞬き、眠りから覚めた。


「スンウ……もう行くの?」


シアはまだ朝の眠気を振り払えていないようで、声がくぐもっていた。


「うん、朝食は君一人で食べることになりそうだ。今、ちょっと急ぎの用があるみたいで。」


スンウは微笑みながら彼女の頭を撫でた。シアは彼の優しい手つきに笑い、顔を擦りつけた。


「うん、分かった。初出勤、頑張って。」


シアの応援を受け、スンウはドアの前に立ち言った。


「ああ、シア。君もリスティア様とは……分かっているね?」


「うん、心配しないで。今回はとっておきの秘策を持っていくから!」


秘策、それでもスンウは少々不安になった。


「叩いちゃだめだぞ?」


「へへ、やらないよ。心配しないで、今回は前みたいにはならないから。」


「そうか、信じるぞ。」


シアの自信に満ちた声を聞き、スンウはその言葉を最後に部屋を出た。


カイレンの執務室のドアの前で、スンウは用心深くノックした。


「入れ。」


ドアの向こうから聞こえた彼の声は、疲労にやつれていた。ドアを開けると、予想通り疲れの色が濃いカイレンの姿が目に入った。濃く垂れ下がった隈の下、彼の金髪は今朝のスンウの寝癖の髪のように乱れていた。領主の威厳はどこにもなく、過労に疲れた会社員のような姿だけが残っていた。


「もしかして、昨晩の魔物討伐以降、お休みになっていないのですか?」


スンウの問いに、カイレンは髪をかきむしりながら自嘲的な笑みを浮かべた。


「ああ、昨日は魔物が思ったより多かった。それに、処理すべき仕事も山積みなのだ。」


彼は領主としての責任感に押しつぶされているように見えた。その重みに倒れてしまうのではないかと心配になるほどに。


「それでも、少しお休みになられた方が良いのでは?」


「ハハ、私が早く休むことを望むなら、君に少し手伝ってもらえるだろうか?初日からこんなに働かせて申し訳ないが、今は少し急ぎでな。」


彼が手で机を指差した。


「ほら、机の上に前の記録官が残した書類があるから、それを参考にして整理してくれるとありがたい。」


「はい、承知いたしました。」


スンウはカイレンの机の向かい側に座り、書類を広げた。


『読める。』


この世界に初めて来て以来、スンウはなぜか文字がすぐに読め、自然な会話や書き取りが可能になっていた。


『これならちゃんと仕事ができる。』


しかし、すぐに問題にぶつかった。書類の量が尋常ではなかった。『これが全部魔物関連なのか?』という考えが頭をよぎったが、上司に言われたことはやるのが不変の法則だ。この世界でも同じだった。


魔物記録をざっと見てみると、前の記録官の資料は予想外にめちゃくちゃだった。魔物の種類、出没位置による防御や攻撃パターンが記されてはいたが、体系と呼ぶには恥ずかしいレベルだった。さらに、他の魔物の特徴を混ぜてしまったり、突然他の言語で書かれた部分まであった。


『だからカイレンはこんなに疲れているのか。』


前任者の体系に従うのが筋ではあったが、それは目を瞑っても見過ごせないレベルだった。書類と呼ぶことすらおこがましいもの、むしろシアが落書きした絵の方が価値がありそうに思えるほどだった。


スンウは結局ペンを握った。すべてを新しく書き直すことにしたのだ。

彼は地球で学んだ会計原則を持ち出し、出没頻度を表に整理した。被害規模は損益計算書のように数字に換算し、討伐に費やされた人員と資源まで費用項目として細かく計算した。最後に、出没パターンを財務比率のように分析し、効率性まで導き出した。


『出没位置別にグループ化したらパターンが見えるな。森の北側で特に頻繁に現れる。討伐費用も増え続けているから、この部分はカイレンに別途提案しなければ。』


地球で学んだ会計知識が、これほど役に立つとは。


そうして夢中で書類を整理しているうちに、数時間がたちまち過ぎ去っていた。


「ふう……ようやく一息つける。スンウ、朝食も抜いて働いたのだろう?」


カイレンの声には余裕が滲んでいた。彼は机で体を伸ばしながら言った。


「急に仕事を任せてすまなかった。一緒に昼食でもどうかな?」


「はい、喜んで。」


この世界での業務は初めてだったが、スンウはむしろ興味を感じて時間の経つのも忘れていた。その時、カイレンが突然驚いたように目を大きく見開いてスンウを見た。


「待て、スンウ。君……横にあった書類も全部処理したのか?」


「あ、はい。もしかして、それは手をつけてはいけないものだったでしょうか?」


「いや、それは領地の魔物事業関連の書類だ。つまり、私の仕事だった。」


カイレンは整理された書類をめくりながら感嘆の声を漏らした。


「これは……完璧だ。私がやったものよりずっと優れている。出没位置を図表にし、採掘費用を別に分類するとは……生産効率が最低でも20%は上がるだろう。」


彼は目を大きく開いて尋ねた。


「スンウ、このような仕事をした経験があるのか?」


「いいえ……実は今回が初めてです。」


「ふむ、これは驚いた。『書類の魔王』と呼んでも遜色ないだろう。私の仕事まで減らしてくれるとは、有能な人材を得たことがこんなに嬉しいとはな。」


「ハハ、過分な褒め言葉です。」


スンウは久しぶりに聞く褒め言葉に、なんだか顔が熱くなり頬を掻いた。


「過分だなんて。これほどなら、ただの記録官ではなく私の専属秘書として置いておきたいくらいだ。前任者をクビにしたのがこれほど幸いだとはな。」


カイレンの言葉に、スンウは心の中で頷いた。『個人的な事情』と言っていたが、結局解雇したのが正しかったのだろう。あんなにひどい書類を残して去った人物なのだから。


カイレンは満足そうな表情で顔を向けた。


「君のおかげで仕事が減ったから、さあ、ご飯を食べに行こう。リスと君の神獣も食堂にいるはずだ。」


「はい、行きましょう。」


二人は食堂へ向かった。歩を進めるスンウの頭の中にふと浮かんだ一つの考え。


『シアはリスティアにちゃんと謝っただろうか?』


彼の思案を遮ったのはカイレンだった。


「スンウ、シアを神獣の群れに戻すために旅をしていたそうだな?では、君はその後に何をするつもりだ?」


スンウはカイレンに正直に旅の目的を話していた。彼がその事実を知っても自分たちに害はないと確信していたから話したのだ。


「うーん……まだ考えたことはありません。」


「そうか。では、その小さな神獣を群れに返し終えたら、私のそばで働かないか?私は君が想像以上に気に入っているのだ。」


予想外の提案にスンウは一瞬驚いたが、すぐに冗談交じりの返答を出した。


「あの、僕は女性が好きで……」


「プハハ!時々、そんな冗談を言うのが面白いな。幸い、私も女性が好きなのだよ。」


二人は他愛もない冗談を交わしながら歩き、いつの間にか食堂の前に到着した。ドアを開けて入ったスンウは、目の前に広がる信じがたい光景に固まってしまった。隣にいたカイレンも同じだったようで、信じられないという声で呟いた。


「リ……ス?」


そこには、仲の良い神獣とドラゴンが向かい合って穏やかに話をしている姿があった。


「スンウ!」


「……」


シアは顔を向けてスンウに明るく微笑んだが、リスティアは相変わらずカイレンに拗ねているようで彼を呼ばなかった。


シアはすぐにスンウに駆け寄り、わっと抱きついた。戸惑うスンウは彼女の耳元で囁いた。


「シア、君たち……どうしたんだ?仲直りしたのか?」


「もちろん!私が本気で接したら、リスも私の気持ちを分かってくれたの!」


シアの興奮した声がスンウの耳元に澄んで響き渡った。冷え始めた耳の先がくすぐったかった。


カイレンも状況が飲み込めないというようにスンウを見た。スンウも理解できず、ただぼんやりとした笑みを浮かべるしかなかった。昨日の夜まではお互いに唸り合って喧嘩していたのではなかったか。


スンウは自分と似たような表情をしているカイレンにそっと一言話しかけた。


「子供ってのは元々、喧嘩したらすぐに仲直りするものですよ……」


「それは……そうなのか?」


どこか自信のない返答だったが、とにかく二人の少女の仲は昨日よりもずっと良さそうに見えた。カイレンはそれ以上追及せず、頷いた。


「よし、仲直りしてくれて何よりだ。では、ご飯を食べよう。」


小さな長方形のテーブルに、カイレンはリスティアの隣に、スンウはシアの隣に並んで座った。


食卓の上には、トウモロコシを潰して作った柔らかなパンと温かいスープ、赤みを帯びた見慣れない野菜で作ったサラダ、そして火で焼かれた大きめの肉料理が並べられていた。


見た目は地球のステーキと似ていたが、ほのかに香る草の香りと香ばしい肉汁が合わさり、独特の風味を出していた。添えられた甘い果実ジュースは後味をさっぱりとさせてくれた。


スンウは肉を切り、シアの皿に分けてやった。しかし、彼女はフォークを持ったまましばらくためらい、やっとのことで一切れをつまんで食べた。


「シア、お腹空いてないのか?」


普段と違う食事の様子に、スンウは不思議に思い尋ねた。


「ううん?違うよ、お腹空いてる!」


シアは慌てて肉を口いっぱいに詰め込んだ。怪しげな彼女の態度に、スンウは横目でカイレンの方を見た。


「リス、君ももしかして食欲がないのか?」


今度はカイレンがリスティアを気遣ったが、彼女は淡々と首を横に振った。


その瞬間、スンウの頭の中に先ほどの記憶がよぎった。

シアが耳打ちした時に触れた、あの涼しい気配。


顔を向けて見ると、シアは肩をすくめたまま冷や汗をかいていた。


バレたか?


スンウは食事前に間食してはいけないと注意されていたのだが……。


色々なことを考えながら、シアはただ肉の乗った皿を見つめるだけだった。


『やはり……食前に間食したな。本来なら叱るべきだが、今日だけは見逃してやろう。』


普段なら諭すところだが、リスティアと仲直りした記念ということで、今回だけは目をつぶることにしたスンウだった。


そうして四人は、この世界に来て初めて、終始穏やかな食事を楽しんだ。シアとリスティアが時折お互いをちらりと見て微笑み合う姿は、わずか昨日の対立を無意味にするほど温かかった。


#


スンウが仕事のために部屋を出た後、シアはまだ寝足りない様子でベッドで寝返りを打っていた。


『スンウがいないと寂しいな……』


彼がいない朝はやはり寂しかった。しかし、シアにはやるべきことがあったため、すぐに思案を振り払い起き上がった。


「よし!今日はあのトカゲと仲直りして、スンウにかっこいいところを見せてあげなきゃ!」


気を引き締め、隅に置いた自分のリュックサックから秘策を取り出した後、シアは部屋を出た。

周りの使用人たちにリスティアの部屋を尋ね、シアは彼女の部屋に向かって堂々と足を進めた。


リスティアの部屋のドアの前に立つと、シアは緊張のせいかポケットの中の秘策を触りながら心を落ち着かせた。


『深呼吸を一度して入ろう。』


フゥーッ――


一応ノックをしてドアを開けた。


「こんにちは!」


「な、何よ?入っていいなんて言ってないのに、どうして入ってくるの?」


リスティアはティーカップを口元へ運ぶ途中、戸惑ったように言った。


『スンウはこんなの気にしなかったけど、この子はなんでこうなの?』


シアは気にせず、彼女の前に腰をかがめ、自分が来た理由を丁寧に伝えた。


「昨日と一昨日、私があなたにひどすぎた。謝りに来たの。」


心からの気持ちを込めて言った。


「何?あなた、ただあの人間が言いつけたから来ただけじゃないの?そんなわざとらしい謝罪は受け取らないわ。」


『ちっ、バレたか。』


スンウが謝るように言ったのも事実だが、昨晩リスティアが涙を流して出ていく姿を見て、シアも少しではあるが心が重かった。


「スンウがそう言ったのは本当よ。でも、私があなたに申し訳ないと思っているのも本当。何も知らずに突っかかったり、ひどい言葉を言ったりしたこと……本当にごめんなさい。」


目をぎゅっと閉じ、手をきつく握りしめながら、心から謝罪した。


リスティアは少し眉をひそめてシアを見下ろし、「ハッ」と鼻で笑った。


「神獣が人間なんかの言うことを聞くなんて、あなたは変わり者ね?」


スンウを「人間なんか」と呼ぶ言葉にイライラが募ったが、シアは初めて彼に会った時、自分もそう呼んでいた記憶が蘇り、歯を食いしばって我慢した。


「あなたも、自分の隣にいる『人間なんか』を結構慕っているみたいだけど?」


シアが冗談交じりに投げかけた言葉に、リスティアの目がカッと光った。


「カイレンはただの人間なんかじゃないわ!あなたが何を分かっているっていうのよ!」


「私も同じよ。」


「何?」


「スンウも私にとってただの人間なんかじゃない。あなたがカイレンを大切に思うように、私もスンウが大切なの。」


その言葉はシアの心の中でも最も深いところから湧き出た、真実と真剣さが込められていた。


「だから、スンウをそんな風に呼ばないで。」


シアの頼みに、リスティアはしばらく瞼を下げてから、低く答えた。


「分かったわ……それは私が間違っていた。そして、あなたの謝罪、受け取ったことにしてあげる。もう出て行って。」


彼女は手を振って、無関心に出て行けというジェスチャーを見せた。


『ここでただ出て行ったら、本当の仲直りじゃない。スンウとの約束を守るには、最後まで、ちゃんとやらなきゃ。』


スンウの信頼を思い出したシアは、リスティアの言葉とは裏腹に、静かに向かい側の空いている席に座った。


「そう?じゃあ、仲直りしたからこれをあげる。食べてみて。」


「ハッ、あなたは本当に気が利かないの?それとも馬鹿なの?」


そんなことには構わず、シアはポケットから小さなプレゼントを取り出した。包装紙を剥がすと、ほのかで澄んだミントの香りが空気に染み渡った。


「それ、何?」


リスティアが好奇心に満ちた目でそれを見つめた。


「ふふ、気になる?これは私しか手に入れられない貴重なものよ。」


シアはくすくす笑いながらリスティアにミントチョコを差し出した。


「結構よ、興味ないから出て行って。」


「さあ、さあ、そう言わずに一口だけ食べてみて。すごく甘くて冷たいよ!」


「甘い」という言葉に、リスティアの瞳がわずかに揺れた。どうやら甘いものが好きなようだ。


「分かったわ、あなたが出て行かないようだから食べてあげるのよ。いい?」


『この子、ツンデレかな?』


シアは地球で見た漫画の中の、言動が一致しないキャラクターを思い出し、クスッと笑った。


「うん、気に入らなければすぐに出ていくよ。」


リスティアはミントチョコを一口かじった。瞬間、目が大きくなり、瞳孔が微細に揺れた。


「……まあ、美味しいわね。もっとある?」


「ぷふっ、当然でしょ!ほら、もっと食べなさい。」


リスティアはシアが持ってきたミントチョコを次々と口に運んだ。甘くて爽やかな味が気に入ったのか、最初とは違い表情がぐっと柔らかくなった。その隙を逃さず、シアは口を開いた。


「昨日の夜、あなたがそうやって出て行った後も……私も色々考えた。スンウが謝れって言ったけど、そうでなくてもあなたに申し訳なかったし、謝りたかった。本心よ。」


今度は昨日みたいに冷たく突き放すことはなく、リスティアも落ち着いて彼女の言葉を受け入れた。


「そうね……昨日、私にも非がなかったわけじゃない。今回はちゃんとあなたの謝罪を受け入れるわ。」


賄賂が効いたのか、それともシアの真心が伝わったのか、リスティアの態度は目に見えて軟化した。


「へへ、じゃあ私たち、これで本当に仲直りね?もうあなたをトカゲってからかわないよ。」


シアは仲直りの雰囲気を感じておどけて言ったが、リスティアも表情を緩めて応じた。


「ええ、今回だけは見逃してあげる。私もあなたにオオカミ以下の奴って言ったのは謝るわ。」


短い和解の瞬間が過ぎ、リスティアの眼差しが再び真剣に変わった。


「ところで、あなた、あの人間とどうして一緒にいるの?」


その問いには、わずかな疑問と好奇心が宿っていた。


「私はスンウを連れて、私たちの家族と一緒に住もうと思っているの。」


リスティアは驚いて目を大きく見開き、テーブルを強く叩いた。


「何?人間を神獣の群れに連れて行くって?正気なの?」


「どうして?だめなの?」


シアが肩をすくめて尋ねると、リスティアは呆れたように失笑しながら言った。


「神獣たちが人間を好まないことくらい、あなたが一番よく知っているはずでしょ。勇者の誓約があるから仕方なく人間たちを助けているだけで、神獣たちはそれ以上は関わらないわ。」


リスティアは隣にカイレンがいるせいか、世の理と規律をよく知っていた。


勇者の誓約。


数百年前に小さな村から始まった王国が大きくなり帝国となった頃。領土拡大はついに神獣たちの領域を侵し、魔王軍との戦争に連敗していた帝国は窮地に追い込まれていた。


当時の皇帝ゲオルク・アルカナは絶体絶命の危機の中、初代勇者ルシアを呼び出し命じた。


「神獣たちの力を得てこい。」


その理由は明白だった。神獣の神聖力は、他のいかなる種族の魔法や武器よりも、魔王とその配下の怪物たちに圧倒的な効果を発揮したからだ。


しかし、神獣たちの王、ガイアルドは人間を徹底的に無視した。ルシアが直接訪ねてきても、彼は彼女を透明人間のように扱った。

結局、ルシアは切羽詰まった状況の末、神獣たちの致命的な弱点に関する「秘密」を口にした。


その瞬間、ガイアルドはもはや見て見ぬふりはできなかった。

神獣と人間、いや正確には勇者とただ一人の神獣だけが互いに協力するという条件で、互いの魂を担保とする誓約を結んだ。


それが、後世に勇者の誓約と呼ばれるようになった契約だった。

勇者が死ねば、次の勇者に自動的に引き継がれる強制的結合。

勇者がこれを破れば、帝国は神獣たちによって滅亡させられ、

神獣がこれを破れば、彼らの秘密が世に知れ渡るという恐ろしい誓約。


この重い真実を、今生きている神獣たちの中で完全に知る者は、ただ三人。

ガイアルド本人とその妻、そして彼らの娘であるシアだけだった。


『でも、私も…正確なことはわからない。状況から察するくらいで、私たちの種族の本当の秘密はお父様だけが知ってる。』


そのため、神獣たちは理由も知らぬまま、自分たちより下等だと見なす人間たちを助けるのを快く思っていなかった。逆に人間たちは魔王軍との戦争で大きな活躍をした神獣たちを崇拝し、その中には神獣たちを神格化する者まで現れた。


もしシアが普通の神獣だったら、スンウを群れに連れて行くという無謀な考えはしなかっただろう。もしそうしていたら、スンウは半殺しの体で群れから追い出されていたに違いない。


しかし、シアが誰なのか?


「大丈夫よ。私が神獣王の娘なのに、誰が何を言うっていうの?」


シアは堂々と微笑みながら肩をすくめた。


「あなたがガイアルドの娘だと?」


「うん?うちのお父様の名前をどうして知っているの?」


「神獣王の名前を知らない者がこの帝国にいるはずがないじゃない。」


「何よ、うちのお父様そんなに有名なの?芸能人でもできそうね!」


「芸……能人?」


リスティアは理解できないというように首を傾げたが、子供が口にしたくだらない冗談程度に受け流した。


リスティアは顔をそむけて尋ねた。


「じゃあ、その人間もそれを知っているの?」


「…………」


シアの唇が一瞬硬直した。


「知らないのね。」


「う……うん。」


リスティアの言葉にシアはひるみ、ぎこちなく頷いた。その姿を見つめていたリスティアの目つきが細く狭まった。


「それよりあなたは、どうしてカイレンと一緒にいるの?家族は?あなたたち、随分親しそうだったけど。」


今度はシアが問い返した。するとリスティアはしばらく唇を噛みしめ、ためらった。


「……カイレンは、私が親に捨てられ、人間に追われていた時に助けてくれたの。それがもう6年前よ。」


その告白にシアは妙な同質感を感じた。


「あなたも?私も人間に捕まって実験されたことがあったんだけど……」


リスティアの目が大きく見開かれた後、すぐにクスッと笑みが漏れた。


「私たち、似ている点が多いわね。私たちを傷つけたのも人間だけど、結局救ってくれたのも別の人間だなんて。」


シアは同意するように頷いた。


「ところで、カイレンとは仲直りしたの?」


「……まだよ。」


シアの問いにリスティアは肩をすくめ、萎縮しながら言った。


「何?いつするつもり?」


「知らない、私も今回はちゃんと拗ねているところを見せてやるの。いつまでも子供扱いばかりするから腹が立つじゃない。」


シアは心の中で『そうしている方がよっぽど子供っぽいのに』と思ったが、あえて口には出さなかった。』


「それでも早く仲直りした方が良くない?昨日の夜も壁の陰からカイレンばかり見てたじゃない。仲直りしたいのがバレバレだったよ。」


シアの言葉に図星を指されたように、リスティアの顔が一気に固まった。


「それはそれ、これはこれよ!私も魔物討伐に連れて行ってほしいと頼んでも、カイレンは危険だとばかり言ってダメだと言うのよ。」


「昨日の夜の魔物のことね?」


シアもその瞬間を覚えていた。スンウの気配を追う中で、森の向こうの魔物たちの気配も微細ながら感じていたからだ。


「そうよ。何度も連れて行ってほしいと頼んだのに、ずっと危険だとばかり言って。誰が誰を心配しているのかしら。人間がドラゴンを心配するなんて話になる?」


「うーん……怪我をするのが心配なんじゃない?」


「もう!いくら私が幼いと言っても、あんな雑種の魔物なんて捕まえてかすり傷一つでも負うわけがないでしょ?子供扱いも一日二日ならまだしも、ずっと続くから頭にくるのよ!」


リスティアはカイレンのそんな行動が気に入らないのか、顔を赤らめて叫んだ。


「それはそうだけど……スンウもひそかに……いや、頻繁に子供扱いするから。」


シアはふと、スンウの子供扱いを思い出し、少し寂しい気持ちになった。自分がいくら幼くても、油断さえしなければ相手が勇者だろうと魔王だろうと逃げられる自信があった。


「考えてみたら腹が立つわ。スンウに私の力を見せてあげるべきかな?そうすれば子供扱いしないだろうに。」


「でしょ?あなたも腹が立つ?彼らは私たちがまるで本当の妹だと思っているのよ。この際、私たちだけで近くの魔物でも処理しちゃおうか?そうすれば見方も変わるんじゃない?」


魅力的な提案にシアの目が輝いたが、すぐに首を横に振った。


「はぁ……それでもだめ。言うことを聞かなかったと怒られたら、もっと子供っぽく見られちゃう。」


「ちぇっ。」


リスティアは唇を尖らせ、指でテーブルをトントンと叩いた。


「それでも私は我慢できない。カイレンが先に謝らない限り、私も絶対にしないわ。」


「でもカイレン、すごく忙しそうだったよ。そんな暇があるかな?」


シアは朝、カイレンがスンウを急いで連れて行った出来事を思い出した。リスティアもそれを知っているのか、肩をすくめた。


「知ってるわ。最近は仕事で頭がいっぱいなのよ。あの時も実は私の頼みで無理やり時間を作ってもらったの。」


その言葉を聞いたシアの眼差しが揺らぎ、かえって彼女にさらに申し訳なくなった。


「あ……それはごめん。」


「いいわ、謝罪も受け取ったし。私も仕事を助けたいのに、カイレンはいつも『もっと大きくなってから手伝え』と先延ばしにするばかり。うう、話しているとさらにイライラするわ。」


怒ることがたくさんあるものだと考えながら、シアは彼女が普段何をしているのか気になった。


「じゃあ、あなたは普段何をしているの?」


「普段は後継者としての勉強をしているわ。今はカイレンの被後見人だから。」


「よく知らないんだけど……直系家族じゃなくても後継者になれるの?」


「家臣たちが反対したけど、カイレンが押し切ったから仕方なくね。最初は私を養子に迎え入れようともしていたのよ。カイレンの娘として。」


シアは少しではあるが、彼女の目元が赤くなっているのを見た。


「でも話を聞くと……養子にはならなかったのね?カイレンの娘になるのは嫌だったの?そうすれば本当の家族になれるかもしれないのに。」


シアはリスティアが養子縁組を拒否した理由をうっすらと察していたが、あえて彼女の口から確認したくて質問した。


「……ね」


「うん?」


シアは緊張した声で答えた。


「あなたは、あの人間……スンウがあなたのことを娘だと思ったらどう感じる?」


その言葉にシアは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。体が固まり、瞳が揺れた。


その様子が可愛かったのか、リスティアはプッと笑いながら付け加えた。


「ほら、あなたも嫌でしょ?私だけじゃないじゃない。」


シアは何も反論できず、急に態度を変えて言った。


「カイレン、あの人間、頭がおかしくない?」


心からの言葉に、リスティアは勢いよく頷いた。


「でしょ?もしそうなっていたら家出してたわ。」


シアは少し考えた。もし自分がそうしたら、スンウはどんな表情をするだろうか。しかし、彼に会えなくなったら自分がもっとおかしくなってしまいそうで、すぐに考えるのをやめた。


「ふう、あなたが正しかったね。これからもそんなことがあったら積極的に止めて!」


シアは親指を立てて言った。


「あら!こんなに話が通じる神獣がいるなんて。あなたとは良い関係になれそうだわ!」


その言葉にシアはなぜか照れくさかったが、胸を張って答えた。


「私もそう思う!あなたもドラゴンにしてはなかなかね!」


コンコン。


ドアの向こうから、メイドのノックの音が聞こえた。今度はシアのように勝手に入ってくることはなかった。


「リスティアお嬢様、お昼の時間でございます。」


「もう食事の時間ね。シア、行きましょう。」


彼女が突然名前で呼んだので、シアは気恥ずかしさと同時に温かい感情を覚えた。


「うん、リス!」


シアは少し微笑みながら彼女について行った。

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