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食事の約束

<食事の約束>



広々とした草原。その果てしなく広がる草の海の間に、ぽつぽつと小さな小屋が点在していた。風に揺れる草の葉と陽光が織りなす風景は、まるで時が止まった田舎の村のようだった。その一角、小さな小屋の前にスンウが立っていた。彼の目の前には、信じられない光景が広がっていた。


「お兄ちゃん?」


スンアだった。いつも病床に伏していた妹が、こうして草原の陽光の下に立ち、彼を見つめていたのだ。スンウは息を止めて彼女を見つめた。


「スンア? お前…どうしてここにいるんだ?」


スンアは答えの代わりに柔らかく微笑むと、突然走り寄ってきて彼の胸に頭をぶつけた。軽い頭突きだった。驚いたスンウは、彼女の肩をそっとつかんだ。


「スンア、なんだよそれ? それより…体は大丈夫なのか?」


「私の心配はいいよ。」


スンアの声は小さかったが、きっぱりしていた。彼女は顔を上げ、スンウをまっすぐに見つめた。


「もう…起きて。」


「え、なんて?」


スンウは混乱した。


「それより、ここはどこなんだ?」


彼は辺りを見回した。草原には、少数民族が住むような質素な小屋が点々としていた。風が草の葉を撫で、かすかな歌を奏で、どこか異質でありながら平和な空気が漂っていた。


ふと、スンウの脳裏にシアの最後の姿がよぎった。自分を抱きしめて泣いていた彼女を心配しながら倒れたスンウ。彼女は今、どこにいるのだろう? 彼は再びスンアの方へ顔を向けた。


「そういえば、スンア。俺と一緒にいた女の子、見た? お前と同じくらいの背丈で、歳は一つ違いの…」


「うん、見たよ。」


スンアが小さくうなずいた。


「本当? どこで?」


スンウの声が急に切羽詰まった。


その瞬間、スンアの手が空を切り、彼の頬に鋭く当たった。パチン!その音が草原に響いた。スンウは呆然と妹を見つめた。見知らぬ人に近づかれたらそうするよう教えたのは、他ならぬ自分だったのに…なぜ?


「なんで俺に…?」


「バカ!」


スンアの目が鋭く光った。


「起きて! シアが泣いてるよ!」


その言葉と同時に、スンウの意識が揺らぎ始めた。


目を開けたとき、彼はもう草原にはいなかった。豪華な部屋、精巧な文様が刻まれた壁、厚いベルベットのカーテンが窓を覆っていた。ベッドは柔らかかったが、体は重かった。心臓から鋭い痛みが広がっていく。


「うっ…!」


スンアに打たれた頬がズキズキしたが、それよりも心臓の痛みが強烈だった。まるで何か異質なものが胸の中で蠢いているようだった。


「ここ…どこだ? シアは?」


すべてが疑問だらけだった。この部屋、心臓、そしてシア。確かに倒れる前まで、彼女と一緒にいた記憶があった。森、そしてドラゴン…。スンウがベッドから起き上がろうとしたそのとき、ドアが勢いよく開いた。


「スンウ! 大丈夫?」


シアだった。彼女の顔は青ざめ、目元には心配が滲んでいた。今にも飛びつきたい衝動を抑え、傷つけてしまうのを恐れるように、そっと彼のそばをうろついた。


「う…大丈夫、かな。」


スンウの体は最悪だった。それでも、シアの顔を見ると、どこか安心感が湧き、痛みが少し和らいだ気がした。


「シア、俺、どれくらい気を失ってた?」


彼女の目が揺れた。


「何時間じゃないよ…3日間だよ。私、どれだけ心配したか…」


「え、3日?」


スンウは衝撃で目を大きく見開いた。シアの顔はそれ以上に疲れ切って見えた。目の下にはくっきりとクマができていた。スンウは両腕を広げた。


「シア、辛かったよな…こっちおいで。」


自分の状態を気にしてすぐには飛びつかないシアを見て、スンウはもう一度両腕を広げた。


「シア、たくさん心配かけたな。ごめん、こっちおいで。」


シアはもう我慢できず、彼の胸に飛び込んだ。


「スンウ…ごめんね…」


彼女の声は涙で濡れていた。


「あなたが倒れたとき、私…怖かった。あなたを失うかと思った…」


「ごめん、これからは心配かけないよ。」


シアは抑えていた涙を溢れさせ、彼にしがみついた。


コンコン。


「感動的な再会中に悪いけど、俺たちも仲間に入っていい?」


すでに開いているドアをノックしながら、声をかけてきた者がいた。


聞き覚えのある声にスンウが視線を向けると、そこには金髪と金の瞳を持つ屈強な男が立っていた。


スンウは鋭い直感で、彼がこの家の主人だと察した。


「世話してくれてありがとう。俺は…」


その声には聞き覚えがあった。倒れる前、どこかで聞いたことのある深い響き。だが、名前も知らない相手の正体を思い出す暇もなく、男が手を上げてその疑問を解いた。


「カイレンだ。カイレン・アーテイン。」


彼は微笑みながら後ろを指さした。


「そして、この可愛いお嬢さんは我がリスティアだ。」


その後ろからリスティアが姿を現した。幼い少女の顔に似合わない鋭い目つきがスンウに向けられた。瞬間、倒れる前に彼女の花畑を壊してしまった記憶がよみがえった。スンウは頭を下げた。


「ドラゴン様、花畑をダメにしてしまって本当にすみませんでした。急に体調が悪くなって…」


彼の声は落ち着いていたが、誠意が込められていた。


だが、リスティアはまだ怒りが収まらないのか、腕を組んでスンウを睨みつけた。


「人間、謝ったって壊れた花畑が元に戻るわけじゃないよ。罰は後で私が直接下すから、覚悟しなさい。」


「人間」という久しぶりに聞いた言葉に、スンウはなぜか懐かしさに浸った。だが、その感傷に浸る暇もなく、カイレンの声が部屋に響いた。


「はぁ…リスティア、人間に『人間』って呼ぶなって言ったろ? それにその姿も簡単に晒すなって。」


カイレンが冷たくリスティアを睨むと、彼女はビクッとして反論した。


「でも、あの人間が私の花畑を壊したんだから! カレン、あれ、君に見せるために一生懸命育てたのに!」


「うるさい!」


カイレンの声が彼女をきっぱり抑えた。


「だからって人を脅すつもりか? まだ反省してないのか?」


「ちっ…ただ少し脅かそうと思っただけなのに。」


リスティアは唇を尖らせ、ぶつぶつ文句を言った。


「カレン、いつも人間の味方ばっかり。ずるいよ。」


空気が気まずくなったそのとき、スンウが口を開いた。


「えっと、アーテインさん…」


「カイレンだ。」


「え?」


「カイレンと呼べよ。俺もスンウって呼ぶからさ。」


カイレンは気さくに笑いながら近づいてきた。


「花畑の件、俺も見たよ。急に体調が悪くなったんだろ?」


「はい…そうです。」


スンウはその親しさに少し戸惑った。


「実はさ、話したいことがあってな。」


「話したいこと?」


カイレンの表情が急に真剣になった。彼は声を潜めた。


「うちのリスがドラゴンだってことは、秘密にしてもらえるか? 知られると面倒なことになる。代わりに、俺もお前のそばにいるそのちびっ子の神獣のことは黙ってるよ。」


彼はスンウの胸で涙を拭っているシアを指さした。スンウはうなずいた。


「そうしましょう。俺も…その方がいいと思います。」


スンウは自分が異世界人であることや、シアが神獣であることをできるだけ隠したかった。知られると色々と面倒になるからだ。


そのとき、ようやく涙を拭き終えたシアが、リスティアを睨みながら叫んだ。


「お前! ドロヤナギのくせに、よくもスンウを脅してその臭い手で触ろうとしたな!」


「は? ドロヤナギ?」


リスティアの目がギラリと光った。


「オオカミのガキが何を知ってるって、生意気な!」


瞬間、部屋の中が強烈な気配に包まれた。二人の少女の勢いがぶつかり合い、空気が震えた。


「シア、落ち着けよ。俺たちを助けてくれた人たちだろ。俺が先に悪いことをしたんだ。」


「リスティア、お前も落ち着け。スンウがちゃんと謝っただろ? な?」


二人の保護者はそれぞれの守護対象をなだめながら、妙な連帯感を感じていた。まるで子供の喧嘩を仲裁する大人になったような気分だった。


カイレンが笑いながら場を和ませた。


「それより、3日間寝っぱなしだったんだろ? 腹減ったんじゃない? 後で食堂に来いよ。一緒に飯でも食おうぜ。」


そういえば、スンウは空腹を感じていた。リュックには保存食があったが、カイレンの提案の方が魅力的だった。


「はい、ありがとう。後でお邪魔します。」


「よし、絶対来いよ。待ってるからな。」


その言葉を最後に、カイレンは唸るリスティアを連れて部屋を出ていった。


彼らがいなくなると、部屋は一瞬にして静まり返った。スンウはシアを見下ろして尋ねた。


「シア、なんでさっきからあのドラゴンのことそんなに嫌ってるんだ?」


「だって、あのミルク臭いドロヤナギがスンウに手を出したんだもん。」


シアは腕を組み、頬を膨らませた。


「ミルク臭いって…あのドラゴン、何歳なんだよ?」


スンウが笑いながら尋ねると、シアは一瞬たじろぎ、小さな声でつぶやいた。


「……11歳。」


「11歳? お前と2歳しか違わないじゃん。」


スンウは呆れて笑い出した。


「ふん、年上でも何だっていうの? 赤ちゃんドロヤナギみたいなことしてるくせに。」


シアはつんと顔を背けた。スンウは彼女の肩を軽くつかみ、こちらを向かせた。


「シア。」


「なに? また痛いの?」


シアはハッとして彼の顔を心配そうに見つめた。


「いや、そうじゃなくて…お前の神聖力、どうなってる? これから旅を続けるなら、十分じゃないと困るぞ。」


シアの目が揺れ、視線をそらした。その様子でスンウはすぐに悟った。彼女の神聖力が底をついているに違いない。彼は深いため息をつき、考え込んだ。


#


カツカツ。


食堂へと続く廊下で、カイレンの足音が規則正しく響いていた。だが、彼の後ろを追うはずのリスティアの足音は聞こえない。代わりに、かすかな靴の擦れる音だけが廊下に響いていた。


カイレンは足を止め、振り返った。一歩後ろに立つリスティアは、顔をしかめ、唇を尖らせていた。可愛らしい顔立ちとは裏腹に、目を細めてぶつぶつ文句を言う姿は、まるで火を噴く直前の子ドラゴンのようだった。


「リス、なんで後ろでモタモタしてるんだ? 隣に来いよ。」


リスティアは答えの代わりに彼をチラリと睨んだ。


「さっき叱ったから拗ねてるのか?」


カイレンの軽い質問に、リスティアは首を振ってぶつぶつ言った。彼女の声には拗ねた響きが混じっていた。


「それだけじゃないもん…」


「ハハ、でもちょっと拗ねてるよな?」


「リスティア。」彼女は、ある出来事がきっかけでカイレンの保護を受けることになった、わずか11歳の幼いドラゴンだった。まだ幼いためか、感情を隠すことができない無垢な姿に、カイレンは内心でそっと微笑んだ。


『こんなに感情が丸見えじゃ、まだまだ子供だな。』


ふと、さっき出会ったユン・スンウの姿が彼の頭をよぎった。見知らぬ環境でも落ち着きを保ち、鋭い目で自分と周囲を見ていたあの男。そして何より、神獣と同行する人間とは、ただ者ではない。もちろん、そばにいた小さな神獣も興味深かったが、超常的な存在なら、目の前にいるこの幼いドラゴンで十分だった。


『神獣が力を抑えたとはいえ、あの一撃なら普通は内臓が破裂するはずなのに…ただの内傷で済んだのか?』


カイレンが黙り込むと、リスティアが彼を呼んだ。


「カレン…?」


「あ、悪い。ちょっと考え事してた。」


「あの二人について考えてたんでしょ?」


彼女の声に鋭い響きが混じった。カイレンはニヤリと笑ってうなずいた。


「まぁな。お前も気づいただろ? あの小娘が力を抑えたって、あの男の傷があんな軽いはずがない。」


「…うん、そうだね。」


ふと、リスティアの頭にさっき出会った男の姿が浮かんだ。ひ弱な体で自分を守るとか言って出てくる態度が、どうにも気に入らなかった。それに、あのオオカミの小娘も。


瞬間、リスティアの顔が少ししかめっ面になった。


「リス、あの二人、嫌いか?」


普段ならカイレンの言葉に軽口で返すリスティアだったが、今日ばかりは違った。彼女にとって今日は、ピクニックを台無しにされた災厄のような日だった。その原因は、他ならぬあの人間とオオカミだった。


「嫌い。」


彼女は唇を尖らせ、ぶつぶつ言った。


「それに、カレンがずっとあの二人について話すのもイライラする。」


「ハハ、悪い、悪い。今日のピクニック、すっごく楽しみにしてたもんな。俺が姫の気分を台無しにしちゃって、ごめんな。」


「一回だけ許してあげる、いい?」


カイレンは柔らかい笑みを浮かべ、彼女をなだめた。リスティアがこれ以上拗ねないよう、彼はふざけた仕草で腕を差し出した。


「レディ、食堂までご一緒する栄誉をいただけますか?」


その軽い口調は、リスティアがいつも子供扱いに文句を言うのを思い出して即興で出たものだった。


「もうあいつらの話はしない?」


「どうせ食堂でまた会うんだから、ほら、行こうぜ。」


「ちっ、今回だけだよ。それに、食事の後は私と遊んでよね。今日、そう約束したでしょ。」


「はいはい、ドラゴンのお姫様。」


カイレンのおどけた言葉に、リスティアの拗ねた気持ちが少し溶けた。彼女は彼の腕をぎゅっとつかみ、足並みを揃えて食堂へと向かった。廊下の先で、蝋燭の炎が揺れ、彼らの影を長く映し出していた。

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