一触即発
<一触即発>
スンウは次元を越える際に聞こえていた耳鳴りが止まると、鼻先をかすめる芳しい草の香りと花の香りに包まれた。
彼はすぐに直感した。ここがエラリオンだ。
だが、すぐに異変に気づいた。シアがいない。彼女の声も、しっかりと握っていた手も感じられなかった。
目を開けたスンウは周囲を見回した。
鬱蒼とした森、鮮やかな花畑、そしてその中央に立てられた小さな看板が目に入った。
看板には鮮明な文字で「リスティア」と書かれていた。
その瞬間、スンウは奇妙な違和感を覚えた。
「なぜ… この文字が読めるんだ? 韓国語でもないのに。」
初めて見る文字なのに、その意味が自然に頭に染み込んできた。不思議だったが、彼には感傷に浸る余裕はなかった。
スンウは消えたシアを探しに歩き回った。
「シア! どこにいるんだ!」
文字が読めるという疑問を一時棚に上げ、スンウは声を張り上げて周囲を彷徨い始めた。
だが、すぐに体に異常を感じた。
「体が… なぜこんなに重いんだ?」
心臓が不規則に速く鼓動し、視界がぼやけた。数歩歩いただけなのに、息が喉まで詰まった。
ついに足に力が入らなくなり、彼は柔らかな草地に崩れ落ちるように座り込んだ。
幸い、ふわふわの草と花々が彼の体を優しく包み込んでくれた。
「こんな時じゃないのに… シアを見つけなきゃ…」
その瞬間、スンウは見知らぬ気配が体内に侵入するのを感じた。
異質な何かが心臓を締め付けながら入り込み、鋭い刃のように血管や毛細血管を一つ一つ切り裂くように全身に広がった。
まるで燃える釘が肉を突き刺し、骨まで削り取るような激痛だった。
息が詰まり、心臓は破裂しそうなほど暴れた。彼は歯を食いしばったが、抑えきれない痛みに体がねじれ、叫び声が飛び出した。
「うあああっ!」
このまま死ぬのではないかと思った瞬間、鋭い女性の声が響いた。
「きゃああっ!」
スンウは痛みの中でかろうじて首を振った。丘の上には、陽光に照らされて炎のように燃える赤い髪の少女が立っていた。
ぼやけた視界の中でも、彼女の赤い髪は鮮明に見えた。
「何!? 何してるの!?」
彼女の鋭い叫び声が耳を刺した。スンウはよろめきながら状況を把握しようとしたが、体は彼の意思を裏切った。
彼女の言葉はまともに聞こえず、耳に響く叫び声だけが反響した。
スンウはぼやけた視界で彼女を見つめた。
そして、彼女が自分の襟首を強く掴んでいることに気づいた。
すぐ近くまで迫っていたため、今回は彼女の鋭い声がはっきりと耳に突き刺さった。
「何か言ってみなさい! あんた誰!? 私の花畑を台無しにして何!? 今日、カレンと一緒に見る予定だったのに、こんなの何!?」
「…すみませんでした。花畑だとは知らなくて…」
スンウの声は力なく震えた。
「何? 花畑がこんなに目に見えて、看板まであるのにそれが通ると思う? 謝れば済む? この瞬間をどれだけ楽しみにしてたか!」
彼女の手は怒りで震え、目は炎のように燃えていた。
「左か右、選べ。」
「…え?」
「バカ! 左腕か右腕か選べって!」
彼女の幼い声と不釣り合いな荒々しい口調に、スンウの頭は混乱した。
「言わない? じゃあ私が決める。左腕でいいよね。」
その瞬間、彼女の手から青いオーラが立ち上った。
彼女の手がゆっくりと変化し始めた。柔らかな肌が硬い鱗に覆われ、五本の指は四本の鋭い爪に輝いた。
スンウはその姿が、シアが人間の姿から狼にポリモーフする場面に似ていると感じた。
ふと、かつてシアと交わした会話が脳裏に浮かんだ。
「シア、そっちの世界には獣人がいるって言ってたよね? じゃあ、彼らも動物から人間に変わったりするの?」
「ちょっと待って、『も』って何? スンウ、ひょっとして私がポリモーフするとき動物だと思ってる?」
スンウはシアが変身する姿を思い出した。どう見ても愛らしい子狼に見えたその姿を。
「あっ」と、自分の失言に気づき、慌てて視線を逸らして言葉を濁した。
「いや? ただ気になっただけ。」
シアは疑わしげな目つきでため息をつき、答えた。
「完全に人間の姿に変身できる種族は二つだけよ。まず一つは私たち神獣で、もう一つは…」
「ドラゴン…?」
スンウは驚愕しながら彼女を見つめた。
その時、聞き慣れた声が耳元で響いた。
「スンウ!」
シアだった。遠くから響く彼女の声に、スンウは彼女が無事だと知り、胸の奥で深い安堵を感じた。
同時に、体を裂くような痛みが徐々に収まった。ぼやけていた視界が徐々に鮮明になり、彼は目の前の光景に目を疑った。
シアが彼の襟首を掴むドラゴンに向かって猛烈に突進し、身を投げ出していた。
「シア、ダメ! やめな!」
スンウが必死に叫んだが、すでに事態は一触即発だった。
「リス、ダメ!」
若い男性の声が赤毛の少女「リス」の背後で響いた。その名を聞いた瞬間、リスの手から力が抜けた。
だが、シアは止まらなかった。スンウは本能的に体を投げ出し、シアを遮った。
バン!
「ぐはっ!」
シアの突進を全身で受け止めたスンウは呻き声を上げて倒れた。
「スンウ!?」
シアは自分が攻撃した相手がリスではなくスンウだと気づき、慌てた。
「スンウ、なんで… なんであの女をかばったの?」
「そ… そうじゃない。俺が… 間違えたんだ。」
スンウは自分のミスでドラゴンの少女リスを怒らせたと説明しようとしたが、声は次第に弱まり、意識もぼやけた。
エラリオンに着いた直後に直面した混乱と痛みの中で、スンウは心の中で荒々しい言葉を飲み込んだ。
「くそ… 運が悪いな…」
視界がぼやけ、彼は意識を失う前に家族を思い浮かべた。
「お母さん、スンア… 俺、すぐに行くかも…」
そして、スンウは意識を失った。
「スンウ!? 意識を失っちゃダメ!」
スンウが蒼白になって倒れるのを見た瞬間、シアの顔色が真っ白に変わった。
普段の彼の活気あふれる姿はどこにもなく、見慣れない虚ろな姿だけがそこにあった。
彼をこんな目にさせたのは自分だと、罪悪感と理不尽さが混ざった怒りがシアの胸をかき乱した。
「なぜ… なぜスンウは私の攻撃を防いだの?」
疑問が頭の中をぐるぐると巡ったが、倒れた彼は答えることができなかった。
シアの視線は、スンウが全身を投げ出して守ったドラゴン、リスティアに向けられた。
そこには怒りが宿っていた。
「あなた… あなた!」
シアの声は鋭く震えた。
「だから何?」
リスティアもまだ怒りが収まらない様子で、シアを睨みながら刺々しく言い返した。
だがその時、聞き慣れた声が緊張を断ち切った。
「ちょっと、ちょっと。二人ともやめなさい。」
「カレン、ちょっと待って。この生意気な小娘を少し懲らしめるわ。」
バチン!
カイレンの拳がリスティアの頭頂部にしっかりと命中した。
その一撃で、神獣とドラゴンの二度目の衝突はあっけなく終わった。
「リス、言ったよね? むやみに人に絡むなって。」
「うぅ… 私のせいじゃないのに!」
リスティアは不満げに唇を尖らせて抗議したが、カイレンは厳しい目つきで彼女をたしなめた。
「全部見てたんだから、言い逃れは無駄だよ。屋敷に戻ったら覚悟しなさい。」
リスティアを適度に叱りつけたカイレンは、視線をシアに移した。
「それとそこの君、攻撃したのは君だけど、原因を作ったのはこっち側みたいだから… 助けてあげられるよ。うちの屋敷に来る?」
シアは意識を失ったスンウを胸に強く抱きしめながら、カイレンの意図を量り始めた。
彼の提案が本心なのか、罠なのか、判断がつかなかった。
「人間、私たちを連れて行って何をするつもり?」
シアの鋭い問いに、カイレンは意外にも柔らかな笑みを浮かべた。
「はは、リスも小さい頃は『人間、人間』ってそんな口調だったな。懐かしいね。な、リス?」
「私のせいじゃないって…」
リスティアはまだ頭をさすりながら、独り言のようにつぶやいていた。
カイレンは咳払いをして場を整えた。
「とにかく、もう一度言うけど、俺たちは君たちに何もしないよ。信じるも信じないも自由だけど… その人、このままで大丈夫かな?」
カレンは指でスンウを指し、口の端をわずかに上げた。
その笑みに、シアは妙な不快感を覚えた。
反論しようとしたその瞬間、
「ぐはっ! げほっ…」
突然、スンウが血を噴水のように吐き出した。
普段なら血を見ても平気なシアだったが、彼の赤い血を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
「スンウ… スンウ!」
シアは子どものように涙を流しながら、必死に神聖力を注ぎ込んだ。
『お願い… お願い…』
ありったけの力を絞り出して、ようやくスンウの状態をわずかに安定させたが、彼の息は依然として危うかった。
その光景を黙って見つめていたカイレンが口を開いた。
「神獣の小娘、最後に言うよ。その人、このままだとすぐに死ぬよ。君がやったのは寿命を少し延ばしただけだ。分かってるよね? 俺たちの屋敷に来な。心から世話してあげるから。」
カイレンの真剣な眼差しがシアを見下ろした。
シアは胸に抱いたスンウを見つめ、しばし躊躇した。
しかし、彼の微かな息遣いを感じながら、ついにカイレンの好意を受け入れることを決めた。




