エラリオンに行く。
家に帰ったシアは、得意げにスンウにイジウン母娘から奪った借用証を差し出した。
「スンウ、これのせいであいつらにお金を払わなきゃいけないって言ってたよね? 私が取ってきたから、もう大丈夫!」
だが、スンウは彼女の浮かれた表情を見てため息をついた。
「シア、俺、それなくても大丈夫だよ。」
「え? どうして? これのせいで困ってたんじゃないの?」
シアが慌てた顔で尋ねると、スンウは部屋に入り、引き出しから母親の借用証の証明書を取り出して見せた。書類には「債務返済完了」の印がはっきりと押されていた。
「俺もこれ持ってる。あの人たちは俺が持ってないと思ってたんだろうな。」
シアは呆然とした。スンウがこの書類を見れば喜ぶと思っていたし、彼に違った目で見てほしかった。でも、彼女がしたことは最初から必要のない行動だった。
「じゃあ、私があいつらにしたことは…」
「わざわざする必要なかったってことだ。」
スンウの言葉に、シアは深い失望に沈んだ。その瞬間、スンウは微笑みながら彼女を見つめた。
「それにしても、シア、あの二人に何したの?」
笑顔の裏に隠れた鋭い視線に、シアはたじろいだ。
「え、えっと…!」
結局、シアが無計画に神聖力を使ったせいで、エラリオンへ旅立つ予定は延期された。スンウは優しく、しかしきっぱり彼女をたしなめ、シアの計画は完全に狂ってしまった。
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1週間後
明日はいよいよエラリオンへ出発する日。シアの神聖力はほぼ満ち、特別な準備はもう必要なかった。いつも通りの生活の中で、シアがスンウに尋ねた。
「スンウ、緊張してる?」
「え? いや、全然。」
だが、彼の手は震えていた。カップの中のコーヒーが小さく揺れた。シアはくすっと笑って言った。
「嘘ついてる。」
スンウはぎこちなく笑った。
「はは、確かに…本当はめっちゃ緊張してる。ファンタジー小説でしか見たことない存在を目の前で見るんだから、なんか心臓がドキドキするよ。」
「心配しないで! 私がエラリオンについて知らないこともあるけど、スンウのことならちゃんと守れるよ!」
シアは明るく言ったが、彼女の顔にも一瞬緊張がよぎった。スンウはそんな彼女を見て思った。
『俺だってこんなに緊張してるのに、何年ぶりに家族や故郷に会う彼女はどれだけ緊張してるんだろう。』
こんなときこそ、不安な姿を見せるわけにはいかない。彼は決意を込めて言った。
「うん、シアだけを信じるよ。」
いつものようにシアの頭を撫でると、彼女はパッと明るく笑った。
「ヒヒ、うん!」
「そういえば、エラリオンに行ったら試してほしいことがあるんだ。」
「私に? 何?」
「魔法!」
シアは無邪気な笑顔で続けた。
「スンウは魔力を宿すのに向いてる体質なんだよ。エラリオンは力の気が溢れてるから、使い方さえ覚えれば絶対にうまくやれるよ。神聖力と魔法は違うけど、運用方法は似てるの。私がちゃんと教えてあげる!」
「魔法か…」
その言葉にスンウの胸が高鳴った。ファンタジーの世界に行くという実感が湧いてきた。もし魔法を習得できれば、シアとの旅ももっと楽になるだろう。
「でも、神聖力と魔力って相反する性質じゃない? 俺にできるかな?」
疑わしげなスンウの言葉に、シアがムッとして声を上げた。
「もちろんできるよ! 性質は違うけど、完全に正反対じゃないんだから。運用の仕方はほとんど同じなの。エラリオンに行ったら私に習いなさい!」
彼女は自信満々に胸を張って自分を指さした。スンウは微笑んで頷いた。
「よし、じゃあ明日からの旅の準備でもしようか?」
「うん!」
二人はリュックを詰めながら翌日の準備をした。スンウの胸は、恐怖よりも可能性と「魔法」という言葉に大きく揺さぶられていた。
『シアがいなかったら、こんなワクワクは感じられなかっただろうな。』
リュックを詰めるシアを眺めていた彼は、彼女が気まずがるほど温かい視線を送った。
「な…何?」
シアの頬がわずかに赤らんだ。
「ただ、ありがとうって思って。」
「何がありがとうなの~?」
彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべて尋ねた。
「秘密。」
「えー、ケチ! 教えてよ!」
「ダメ。それと、アイスは持ってくんなよ。かさばるだけで実用性ないから。」
「うっ! それはダメ…じゃあおやつは何持っていく?」
「チョコレートにしな。残りは俺のリュックに入れるよ。」
「じゃあ、ミントチョコ持たなきゃ! ありがとー!」
そんなささやかな会話を交わしながら、彼らは地球での最後の1日を過ごした。
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「スンウ、準備できた?」
「ふぅ…うん、できたよ。」
シアとスンウは互いの手を握り合った。
「でも、場所がここでいいんだよね?」
「ここは私がエラリオンから来た場所だから、力を使いやすいの。」
そこはシアがスンウと初めて出会った場所であり、彼が死を止めた場所でもあった。
『こんなふうにまた来ることになるなんてな。8階まで登る間、人の視線がめっちゃ気になったよ。』
「じゃあ、行こうか?」
シアは一度使うと二度と使えない神力を指先に集めた。彼女の目はいつもより強く輝き、紫色の神力が彼女を包み、夢幻的な雰囲気を漂わせた。まるで妖精が舞い降りたようだった。
『今までありがとう。』
シアは心の中で神力に最後の感謝を伝えた。この力がなければ、あの地獄のような場所から抜け出し、スンウと出会うこともできなかっただろう。
「うん、行こう。エラリオンへ。」
スンウが決意を込めて答えた。
「目、ちゃんと閉じてね。めまいがするかもしれないから。着いたら教えるよ。」
シアが彼の手をさらに強く握ると、強烈なエネルギーが溢れ出した。風が渦巻き、空気が変わる感覚がした。
ブーン、ブーン、ブーン——
耳鳴りが響き、すぐに止まった。着いた合図だ。
「よし、目を開けていいよ。」
シアが言葉を発した瞬間、何かがおかしいと直感した。スンウの体温が手に感じられない。空を掴んだ手を下ろし、彼女は目を開けて周囲を確認した。
エラリオンの知らない風がシアの銀色の髪を優しく揺らした。
周囲は鬱蒼とした森と山々に囲まれ、エラリオンでしか咲かない独特な花々がちらほらと咲いていた。
だが、彼女の目はただ一人、スンウを探していた。地球で彼女が頼った唯一の存在、彼女を大切に見つめてくれた唯一の人。
「……どうして。」
混乱が嵐のように彼女の頭を駆け巡った。彼はここに来られなかったのか? それとも、彼女が言わなかった秘密——地球に戻れないという事実を察して手を離したのか?
最悪の想像、彼が自分を煩わしく思って去ったのではないかという恐怖が、彼女の理性を蝕んだ。
「違う…絶対に私がしっかり手を握ってた。絶対ここにいるはず…」
シアは希望を掴もうと呟いた。目を閉じ、息を整えながら彼の気配を探した。スンウの匂い、温かい体温、彼を形作るすべて。彼女にとってそれはチョコレートを食べるのと同じくらい簡単なことだった。
切迫感の中で神聖力を引き上げると、エラリオンの空気が肌に染み込み、感覚が鋭くなった。そして…遠くない場所で彼の気配を捉えた。
「ハハ…やっぱり、いた!」
彼の存在に安堵して笑う彼女の表情は、誰が見てもぞっとするほど不気味だった。涙が一滴頬を伝ったが、拭く暇もなく彼女は走り出した。
10分間全力疾走し、彼女はスンウ以外の二つの気配を感知した。一つは彼とあまりにも近かった。本能が警告した。彼が危険に晒されていると。
「うわあああ——!」
遠くからスンウの叫び声が聞こえた。彼の声を聞きたかった彼女だが、こんな形ではなかった。この知らない世界で彼が危険に晒されているという恐怖が、彼女の足をさらに速く動かした。風が目を乾かしたが、涙はその何倍も速く流れ落ちた。
数分後、ようやく彼の姿が見えた。
「スンウ!」
彼は見知らぬ存在に襟首を掴まれていた。息が荒く、体調が悪そうだった。シアはその脅威が原因だと確信した。
「シア? ダメだ、来るな!」
スンウの焦った叫び声が聞こえたが、彼女の理性はすでに途切れていた。目に映るのはスンウを脅かす存在だけ。彼女は力を込めて地面を蹴り、その存在に突進した。




