表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【一般】現代恋愛短編集 パート2

がんセンターで働く母親に差し入れを持って行ったら、そこから出た来た俺を見たクラスメイトが何か勘違いしたらしい

作者: マノイ

「はい、これ頼まれてた書類」

「ありがとう、助かったわ」


 俺、桜田(さくらだ) 勇人(はやと)の母親はがんセンターの職員として働いている。母さんは不規則勤務で土日に働くこともあり、今日は折角の日曜だというのに仕事だ。俺としては母さんが休日に不在なのは慣れているので気にはならないのだが、問題は母さんが家に忘れた書類を届けろとの指示が俺に来たことだ。


「何ふてくされてるのよ」

「そりゃあ休みの日にこんなところまで来いなんて言われたらさ」

「その代わりお小遣いあげるんだから文句言わないの」


 確かに書類を届けるだけで千円貰えるのは高校生としては大きい。

 しかも交通費は別と来たもんだ。


 でも片道一時間かかるのはなぁ。


「そんなことより、勉強はちゃんとやってるの?」

「げ」

「その反応、またゲームばかりやってるんでしょ」

「そ、そんなことねーし」

「別に遊ぶなとは言わないけど、宿題をやらなかったり成績が落ちるのは許しませんからね。そもそも勇人は……」


 しまった、説教モードに入ってしまった。

 こうなると母さん長いんだよなぁ。


 結局昼休みが終わるまで、四十分ほど説教は続いた。

 俺なんかに構ってないでちゃんと休めよな、全く。


「はぁ……疲れた」


 精神的疲労感が半端なく、俺は肩を落として力なくがんセンターを後にする。


 午前中は潰れてしまったが、まだ午後が丸々残っている。

 せっかく外に出て来たのだから何処かに寄って遊んで帰りたいところだが、果たして今のメンタルはそれを許してくれるだろうか。さっさと家に帰ってゴロゴロしたい気持ちが物凄く大きい。だがこのがんセンターの方面には滅多なことでは来ないため散策しなければ勿体ないという気持ちもある。


「はぁ……どうすりゃ良いんだよ……」


 思わずそう呟いてしまったその時。


「え!?」


 突然、横から声が聞こえて来て、反射的にそっちを見た。


「あれ?誰もいない?」


 しかしそこを見ても誰もおらず、少し高めの茂みがあるだけ。


「おかしいな。確かに今、何か聞こえた気がしたんだけど」


 人が驚いたかのような声だった気がするんだが……気のせいかな。疲れてたから幻聴でも聞こえてしまったのだろう。そんなにあの説教でメンタルがやられてたのか。


「いかんいかん。気落ちしてても良いことなんかないだろ。無理やりにでも気合を入れないと」


 決まった。

 やっぱりこの辺りで遊んで帰ろう。


ーーーーーーーー


 翌日、月曜日の朝。


「いってぇ……」


 しくじった。

 昨日散策してたら、段差で転んでしまってひざをめっちゃ擦りむいてしまった。

 ガーゼを貼ってあるけれど歩くたびにズボンに(こす)れて、ガーゼ越しでも気になる程度には痛い。


「歩き方が変になるの格好悪いから、痛いけど我慢して歩こう」


 クラスメイトに怪我してるなんてバレたら、原因を聞き出されて揶揄われるに違いない。

 絶対に隠し通さねばならぬ。


 そんなこんなで教室までやってきた。

 歩いているうちに痛みに慣れて来たし、これなら誤魔化しきれるに違いない。


「おはよーっす!」


 おっと、大声での挨拶は少しわざとらしかったかな。

 いつもと違う行動は極力慎まないと。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「な、何だ!?」


 クラスメイトが一斉に俺の方を見て来るじゃねーか。

 そんなに不自然だったのか!?


「おいおい、俺がイケメンだからってそんなに見つめるなよ。照れるぜ」


 こういう時は冗談を言って場を和ませるに限る。

 いつもならクラスメイトが失笑して、友達がツッコミを入れてくれるはずだ。


「勇人」


 よしよし、さっそくお出ましだな。

 このクラスで一番仲が良い男子の御柳(みやなぎ)がやってきた。


 しかしなんだ。

 ツッコミを入れるにしては、表情が少し硬すぎやしないか?


「大丈夫か?」

「いきなり酷くね!?」


 たまたま大声で挨拶したからって『頭がおかしくなったのか』なんて言わなくても良いだろうが!

 いつもよりツッコミが辛辣だぞ!


「そ、そうだな。悪い。隠したかったんだよな」

「へ?隠す?何のこと?」

「もう分かってるんだよ。お前が……お前が……」

「お、おい、どうしたんだよ!?」


 口を手で押さえてプルプル震えてる。

 何なんだこの反応は。


 意味が分からない。

 ちょっと誰か助けてくれませんか。


「誰か……皆同じ反応してる!?」


 御柳だけじゃなく、クラス全体が震えてやがる。

 俺と目が合うと露骨に避けて後ろを向く奴もいるし、一体何がどうなってるんだ。

 新手のいじめか?


「ごめんね。桜田君」

香川(かがわ)さん、これっていったいどういう……何で涙目なの!?」


 クラスの女子の香川さん。


 俺が想いを寄せている女性で、告白したけれど玉砕した経験を持つ。

 それ以来あまり話をしなくなった彼女がこの状況を説明してくれるのかな。何故涙目なのか全く分からないけど。


「全部私のせいなの……私が……私が見ちゃったから……」

「見ちゃった?何を?」

「桜田君が……さくらだ……くん……が……」

「号泣!?俺何か悪いことしたのか!?」


 全く心当たりがない。

 好きな娘なんだ、あったらとっくにフォローしてるわ。


「もう良いだろ!俺達はもう知ってるんだ!我慢するなよ!」

「御柳!?」


 今度は御柳が詰め寄って来た。

 その勢いに押されて思わず一歩後退る。


「う゛っ……」


 こいつらとの会話に意識を割きすぎてしまい、膝のことを忘れてた。

 痛みを感じて思わず顔を(しか)めてしまう。


「やっぱりお前……!」

「さぐらだぐぅん……!」


 御柳と香川さんが揃って俺から顔を背ける。

 他のクラスメイト達も目を合わせてくれず、肩を震わせるのみ。


 ああ、なるほど。

 そういうことだったのか。


 クラスメイトの不可解な反応。

 そして桜田さんの何かを見たという言葉。

 御柳の我慢するなという言葉。


 これらから導き出される真実は一つ!


「桜田さん……(俺が段差に躓いて転んだところを)見ちゃったんだな」

「うん……(がんセンターから出てきたところを)見ちゃったの」

「そっか……それで……」


 笑いを堪えるのに必死だったって訳かよ!


 情けない転び方をしているところを目撃され、それがあまりにも笑える光景だったのだろう。

 それこそ涙を浮かべてしまうほどに笑いたくなってしまったのだ。


 だが全力で笑うのは申し訳ないとでも思ったのか、顔を背け目を合わせず必死に堪えようとしている。でも堪えきれずに肩を震わせ口を押えて笑いを噛み殺しているんだ。


 酷いよみんな!

 そんなに笑わなくったって良いだろ!


「最初は(お見舞いか何かに違いないと)勘違いかと思ったの。でも桜田君すごく辛そうで『どうすりゃ良いんだよ』って言ってたから……」

「勘違い。ああ、そうか、(遠くから見ていたから俺じゃないって)勘違いかと思ったのか。それにその言葉も確かに言った気がする」


 家からあんなに遠く離れた所で足を痛めてどうやって帰れば良いのかって思って、確かに口にした。


「事実……なんだよね……」

「…………ああ」

「っ!!」


 だからそうやって顔を背けて笑うなって!

 メンタルにすげぇ来るんだって!


「な、なあ、そろそろ普通に戻ってくれないか?」


 転んだだけなのに、これ以上笑われるのは恥ずかしすぎる。


「そんなこと出来る訳……ううん、違う。辛いのは桜田君だもんね。その桜田君が無理にでも笑顔で居たいって言うなら私達がこんなんじゃダメだよね」

「…………ああ、そうだな。悪かった勇人」

「お、おう。分かってくれたなら良いんだ」


 クラスの皆も、ようやく俺の方を見てくれた。

 でも覚悟が決まったかのような表情は止めてくれないかな。そこまでしないと俺のミスを笑うの我慢できないのかと思うとガチで凹む。


「それはそれとしてだ。治るのか?治るんだよな?」


 ふっきれた顔をした御柳が何故か俺の怪我の具合を気にしている。

 ただの擦り傷なんだからそりゃあ治るだろ。


「痛いの我慢してれば(すぐに)治るんじゃね?」

「そうか……(辛いがん治療で)痛いのを我慢していれば……か」

「こんなの平気平気……う゛!」


 調子に乗ってステップしたら普通に痛かった。


「馬鹿!無理するんじゃねーよ!」

「そうだよ!悪化したらどうするの!?」

「お、おう、そうだな」


 確かにわざと痛くなる行動をしていたら治りが遅くなるかもしれない。

 早く治さないとこいつらも思い出し笑いをしそうになって大変だろう。


「そうだ桜田君。これから治療頑張るんだよね」

「え?頑張る?」


 別にただの擦り傷なんだから頑張るって程じゃないけれど、痛いのを我慢している訳だから頑張っていると言っても間違いじゃないか。


「まぁ、そうかな」

「じゃあさ。治ったら付き合おうよ」

「え!?」


 ど、どど、どういうこと!?

 だって俺、香川さんにきっぱりと振られたんだぜ!?


「実は桜田君に告白された時、嬉しかったの。でも恥ずかしくなってつい断っちゃって」

「そう……だったのか……」

「それ以来、壁が出来てほとんどお話できなくなっちゃったでしょ。それが寂しかったの」


 じゃあ脈無しって訳じゃなかったんだ!

 ひゃっほおおおおう!


 おっと、ここで喜びの舞を踊ったらまた怒られる。

 それでやっぱり無かったことになんて言われたら最悪だ。

 危ない危ない。


「すげぇ嬉しいけど、何で治ったらなんだ?」

「その方が治療頑張れるでしょ!」

「確かに」


 頑張る頑張る。

 薬塗りたくって一日でも早く完治させてやるぜ。


 そして香川さんとたっぷりイチャイチャするんだ!


「なら俺は任人堂Svitch2を貸してやるよ」

「良いのか御柳!?当選したことをあんなに自慢して、今日は何をプレイしたとか毎日マウント取って来てるのに!」

「はは、構わないさ。それでお前が(辛い)治療を頑張れるなら喜んで貸してやろう」

「うおおおお!流石持つべきものは友だぜ!」


 クラス中で笑われて最低な日だと思っていたのに、彼女は出来るわSvitch2は貸して貰えるわ、最高の一日じゃねーか!


「なら俺も、前に桜田が読みたがってた漫画を今度持ってくるわ!」

「じゃあ私はお菓子作ってこようかな。前に食べたがってたよね。でも香川さんに悪いかな?」

「俺は何も渡せるものは無いが、困ったことがあれば何でも相談してくれよな!」

「私も私も!話し相手くらいにはなれるから!」

「みんな……どうして……」


 たかが擦り傷程度の俺にそんなに優しくしてくれるのだろうか。




 もしかして俺は何か勘違いをしているのだろうか。




 なんてな。

 分かってる分かってる。


 皆、俺のミスを笑ってしまったことに罪悪感があるんだろ。

 だから貴重な物を貸してくれたり力になってくれたりするんだ。


 何だよ。

 人のミスを爆笑する最低な奴らかと思ったら、すげぇ良い奴らじゃん。


 こんな奴らと一緒の高校生活を送れるなら、リア充まっしぐらだな!









 後日。


「香川さん!治ったぜ!付き合おう!」

「え?」


 ……………………情報確認中。

 ……………………情報確認中。

 ……………………情報確認中。


「桜田君の馬鹿ああああああああ!」

「ええ!?」

「Svitch 返せこの野郎!」

「御柳!?」

「俺の本も返せ!」

「ぐえ!ぐるじい!」

「私のお菓子食べたんだからお金払ってよね!」

「なぜだああああ!」


 俺が何をしたっていうんだ!




 あ、でもこの後、ちゃんと付き合えました。


 やったぜ。


勘違いしてたとはいえ、クラスメイトめっちゃ良い奴ら

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
冨岡さんバリの圧縮言語 俺でなきゃ見逃しちゃうね
とっても面白かったです 楽しくて誰も不幸にならない勘違い、素敵です いい友達と彼女のいる主人公、よかったね!
美しさすら感じるすれ違いでした(笑) きちんと付き合うことができてよかったです。 序盤のお母さんとのやり取りも「本当にこんな母子がいそう」という感じがしてとてもよかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ