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子供の頃、日記の宿題が拷問だった

作者: 木山花名美

 

 小学校低学年の時、毎日出された日記の宿題。

 私はこれを拷問だと思っていた。


 担任の先生は、当時五十代くらいのベテラン。その先生を尊敬し、厳しい教育方針に賛同する母は、娘の勉強に無駄に力を入れることに。訊いても頼んでもいないのに、毎日丁寧に宿題をチェックされてしまう。


 特に嫌だったのは、日記の宿題。

 何故なら、悉くダメ出しされるから。



 ☆『私は』と『今日は』はなるべく使わない。(特に冒頭)

 ☆『~た』『~です』は繰り返さない。(文の終わりを工夫しろ)

 ☆『思ったこと』『感じたこと』は詳しく書け。

 ☆書かなくても伝わる部分は削れ。

 ☆毎日同じことは書かない。

 ☆字はとにかく丁寧に書け。



 主にこんなことを言われたと思う。


 いやいやいやいや。

 小学校低学年よ?

 文章、なんなら平仮名と漢字書けるだけで偉くない?


 大体さ、小学生のくせに毎日日記って何だよ。学校行って、遊ぶか習い事して、帰って寝るだけじゃん。んな書くことないし。

 大人になった今の私が日記を書けと言われても、

『仕事した。帰った。酒飲んで寝た』

 ほとんどこんな感じになるだろう。


 だけど、当時の私は反発しなかった。反発する気も起きなかった。何故なら……


 想像して欲しい。


 日記帳と向き合う自分の横で、妖◯人間ベラが鞭を持って、ジッと監視している恐怖を──


 おっかねえ。逆らえねえ。

 とにかく書け、書くんだと自分に言い聞かせる。


 よし、これでどうだと、震える手で差し出すノート。デカい目でギロリと文字を追ったベラは、一部分を指でトンと叩く。


「ここ、どうして帰り道が楽しかったの?」

「……雨が降ったから」

「雨が降ると、どうして楽しいの?」

「……前を歩いてる子の靴から、泡が出るから」

「泡がどんな風に出るの?」

「かかとから細かいのがいっぱい出て、地面に置いてかれる」

「ならそう書きな」


 こんな感じだ。


 文章だけじゃなくて、文字にまでうるさい。

 たとえば漢字。正しく書けているかじゃなくて、見た目のバランスよ? はらいとかはねとかじゃなくて、偏とつくりのバランスとか、ビジュアルを突っ込まれるんだよ!?



 友達の日記はどうなのかな? みんな苦労してるのかな~と見せてもらったら、たったの二~三行だった。頭のいい子も。内容も毎日同じようなことだし、字も程良く汚い。


 何だ、これでよくねえ? と思ったけど、もちろんベラには言えない。言ったかもしれないけど、鞭でスパッと払われたと思う。



 先生は私の『出来の良い』日記を褒めてくれた。だけど全然嬉しくない。『私が書いた日記』じゃなくて、『ベラが書いた日記』だと思っていたから。


 おまけに友達には、

『かなちゃん、いつも先生に褒められるからズルい! 嫌い!』

 と言われてしまう始末。(仲直りしたけど)


 あのね……褒められてるのは、私じゃなくてベラなんだよ……

 なんて言えない。


 くっそうと思いながら、毎日日記帳に向き合っていたけど、添削される箇所は減らなかったように思う。求められるものも、どんどん高くなっていくから。


 学校で書く作文は、監視の目が届かないので、後からダメ出しをくらうこともあった。けど、

 後から言われても直せねえし~♪

 このまま文集に載っちゃうし~♪

 と、お尻をペンペンしていた。(心の中で)


 三年生になると担任の先生が代わり、日記の宿題もなくなったことで、ベラの熱量も薄れていった。



 せっかく拷問に耐えたというのに、私の文章力は決して高くない。むしろ低い。文法のあれこれはよく分からないし、難しい言葉も使えない。

 中学生の時は、作文の何かで選ばれて、全校生徒の前で一度読んだだけ。

 高校生の時は、羅生門の二次小説や何かを褒められて、文学部で勉強してみたら? と国語の先生に勧められただけ。

 何より私は、活字があまり好きではない。どんなに面白い小説の素晴らしい物語でも、残りのページ数を確かめては、まだこんなにある~と文字の束にうんざりしてしまう。

 もし私が絵を描けたなら、文章ではなく大好きな漫画で妄想を描いていただろう。


 うーん。拷問されてよかった点を挙げるとするなら、感想文で加点をもらったことくらいだろうか。

 感動していないのに感動しているように見せる。授業に出ていないのに、きちんと受けて理解しているように見せる。こういったことは得意だったし、これで学校を卒業したと言っても過言ではない。

 一方ベラの拷問の弊害は、子供の自己肯定感を低下させることだと思っている。



 大人になってからベラに、「何であんなに厳しかったの?」と訊いたことがある。するとこんな返事が帰ってきた。

「最初の子って、ちゃんと育てようってどうしても一生懸命になっちゃうじゃない? それに私も◯◯先生が怖かったのよ!」と。


 なあんだ、やっぱりそんなことか。

 もしかしたら、算数が壊滅的にダメだった私の為に、少しでもマシな国語の方を伸ばしてくれたのかな~なんて思ったけど。


 やれやれと呆れながらも、何だか愛しくなった。あんなに怖かったベラが、先生に怯えていたなんて。

 子供の評価=親の評価なところがあるもんね。私はただでさえぼんやりしている子だったし、心配でつい肩に力が入っちゃったんだね。

 なんて言いながら笑い合った。



 では、そんな私が自分の子供達の宿題にどう向き合ったか。

 自分が辛かったので、強要はしたくない。出来るだけ子供の自主性に任せ、サポート程度に徹しようと決めていた。


 上の娘はほぼ見守るだけ。子供の頃の自分とは違い、何でも器用にこなすタイプだったし、成績も良く字も綺麗だったから。

 ところが小学校高学年の時、作文を沢山書く機会があり、「ママ~これどうかな?」と原稿用紙を見せられた瞬間……


 ざわざわ……ざわざわ……


 私の中のベラの血が騒ぐ。


 赤ペンを鞭のように振るいながら、「ここしつこい! 要らない!」「ここ意味分からない! もっと詳しく!」と添削しまくった。

 それから危機感を覚え一緒に作文を練習したけど、中学生になった今でも、感想文は苦手で点数が稼げないらしい。小さい頃から、もっと見てあげればよかったのかな……


 下の息子は、現在小学校低学年。

 日記や作文の宿題がある度、ちょこちょこ覗いてはいるけど……

 ごめん。文章とか漢字がどうこう以前の問題。

 字が汚すぎて、読めねえんだわ。


「消しゴム、もっと綺麗にかけたら?」


 と、毎回そこから教える始末。

 挙句の果てに、「もうこれでいい! めんどくさい!」と、ばっちいノートを畳み、ランドセルにボンと放り込まれる。


 くっそ……甘やかしすぎたな。

 墓からベラを召喚したろか。



 何が正解かは分からない。答え合わせのほとんどは、子供がある程度成長してからではないだろうか。


 あくまでも私の場合は、ベラと日記に向き合ったあの辛い日々がなければ、妄想は妄想だけで終わっていたと思うし、もしかしたら妄想すらしていなかったかもしれない。


 そう考えると、よかった…………のかな?



 今、私は商業化に向けてひたすら改稿をしている。

 私の作品を選んでくださった方達の命運、私の作品を好きだと言ってくださった方達の期待を背負っていると思うと、キーボードを打つ手が震えそうになる。私が文章に変えてしまった妄想は、もう私一人の作品ものではないのだなと。……正直、ベラなんかよりずっと怖い。


 この表現でいいかな? と自問自答する度に、あんなに怖かったベラが、私の中で微笑んでくれている気がする。良いとも悪いとも言わず、ただにこにこと。


 ねえ、教えてよとティッシュでこそこそ鼻をかみながら、今日も自分のぽんこつな文章と向き合っている。



 結局、親が出来ることなんて限られているんだろうな。

『苦手』や『嫌』をどう受け止めて、どう人生に活かすかは自分次第。

『得意』や『好き』をどう伸ばすかも。



ありがとうございました。


『この子は音楽が向いていると思うよ? すごく楽しそうだから』

そんなベラの言葉で、私は二歳の娘にリトミックとピアノを習わせました。

中学生になった娘は今、『もしピアノを習っていなければ、私の人生はもっとずっとつまらなかった! ベラちゃんにマジ感謝!』と言いながら、作曲や演奏を楽しんでいます。


ベラ、もしかしたらすごいヤツだったのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
うーん、人それぞれで、お子さんの教育って難しいですよね。 大切なお子さんだからこそ、悩まれる訳で愛情深い方だなーと、ほのぼの読ませて頂きました。 小学校のころ、確か5年生の時でしたが、近隣の山に1泊…
拝読させていただきました。 うわあ、鍛えられましたね。 私だったら後先考えず逃走していたと思いますw
小学生の頃の木山花名美さま、凄い! 私なら、心折れてました。 なんなら、アラフィフの今でも折れます。 ベラ様も凄い! 本人から描写を引き出す事にこだわる、的確な声掛け! プロの作家さんと編集者さん…
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