囚われの公爵令嬢
ぼんやりとした意識の中、唇に何かが触れているのを感じた。くすぐるように優しく、それでいて執拗に絡みつく感触。
(……ん、なに……?)
甘い吐息がこぼれると、それに呼応するようにぬるりと侵入してくるものがあった。
(あ、れ……舌……?)
その瞬間、絡め取られるように深く口づけられ、リリアの思考は一気に溶かされていった。夢と現実の境界が曖昧になり、無意識のうちにそれを受け入れてしまう。
もっと……と、心の奥で囁くような感覚に襲われた瞬間——ふっとそれが引いていった。
名残惜しさに微かに唇を開くも、それ以上の追撃はない。
(……ん……?)
ゆっくりと瞼を開ける。
視界に映ったのは、見たこともない天井だった。
——ふわりと揺れる上質な白いレースの天蓋。
目覚めると同時に、ふと唇に残る感触に気づき、リリアは反射的にそこへ指を触れた。
(……え、なに、今の……? 夢……?)
しかし、その違和感を噛み締める間もなく、彼女は自分の身に異変が起きていることを察する。
(……身体が重い……?)
いつもの寝床とは明らかに違う豪華な寝室。白を基調とした高級感あふれる家具に、柔らかく暖かな絨毯——まるで王族の部屋のような空間だった。
リリアは薄い掛け布団をどけようと手を動かし——そして、気づく。
カシャリ——。
「……え?」
微かな金属音とともに、彼女の目に飛び込んできたのは、銀色に輝く手錠。
(……え? え? え?)
自分の右手首には、しっかりとした手錠がはめられている。鎖はベッドの柱へと繋がれており、明らかに「逃げられないように」されているのがわかった。
「え、え、ちょっと待って、何これ!? 監禁!? 誘拐!?」
混乱したまま辺りを見回すが、見知らぬ豪華な寝室は何も答えてはくれない。
そして——
「おはよう、リリア」
低く落ち着いた声が、静かな空間に響いた。
リリアはビクリと肩を震わせ、声のした方向を見る。
——そこには、微笑を湛えた婚約者、エドワード・クラウゼル王太子がいた。
「……エドワード様?」
彼はいつもと変わらぬ優雅な雰囲気で、リリアを見つめている。
「目が覚めたね。よかった」
「よかった、じゃなくて!! ここ、どこなんですか!? それに、これ!!」
リリアは手首の手錠をジャラリと鳴らして訴えた。しかし、エドワードは落ち着いたまま、静かに微笑んでいる。
「ここは僕の別邸だよ。リリア専用の部屋を用意したんだ」
「専用!? いやいや、そんなのいらないんですけど!?」
「そう?」
エドワードは小首をかしげながら、ベッドへと歩み寄る。その動きに合わせてリリアは思わず後ずさろうとするが、手錠のせいで逃げられない。
「エドワード様……あの、これを外していただけませんか?」
「無理だね」
「即答!?」
「だって、リリアはすぐに逃げるから」
「逃げますよ!? こんな状況なら!!」
「うん、だから手錠をつけたんだ」
さらりとそんなことを言いながら、エドワードはベッドの縁に腰を下ろし、リリアの顔を覗き込むように見つめた。
その表情は、優しく、愛おしげで——けれど、どこか狂気じみた熱を帯びている。
「リリア、君は僕のものだよ」
「……は?」
「君が僕から逃げないって約束するなら、外してあげるよ」
「そ、そんな約束できるわけ——」
「じゃあ、外せないね」
「はあぁぁぁあぁ!?」
リリアは絶望した。
こうして彼女の逃亡生活(?)が幕を開けたのであった——。
本日15時と19時に1話ずつ更新いたします。