人違いで断罪された悪役令嬢は私ですが、今度は私が断罪致します(全年齢版)
「シオーネ、お前との婚約は破棄させて貰う」
卒業パーティーが開始されるその時に、この国の第二王子が私を指さしこう言った。
「あの……殿下」
「ええいっ、黙れ! お前の言葉など聞きたくない!」
とりあえず黙れと言われたので黙る。
なぜか興奮しきった王子が、鼻息も荒く演説を始めた。
「この三年間、お前は本当にひどいものだった。罪もない無邪気なアンジェリーナに嫉妬して……」
周囲も息をのんでというか、冷めた空気で静観している。
「確かにお前は俺の婚約者だが、だから何をしてもいいとは言っていない」
「……」
「返事をせんか!」
「はぁ……」
黙れって言いましたよね?
とりあえず、今お名前が出たアンジェリーナ様は、王子の後ろの立食コーナーでガッついてますね。
私はチラリと周囲を確認した。
「余所見をするな! お前は何様のつもりだ! だから悪役令嬢などと言われるのだ」
「はぁ」
ああ、そういえばそんな名で呼ばれていた気がする。
呼ぶのが、ごく一部……というか、王子とアンジェリーナだけだったので忘れてました。
なぜか会うたびに言われていましたね。
「お前は可愛いアンジェリーナを平民だからと見下し、廊下ですれ違う度に睨みつけていたな」
わざわざ、私のクラスの前まで来て二人で待ち構えてたので、皆が注目してました。
「挨拶してもロクな返事も返さず、アンジェリーナが話しかけても無視だったそうだな」
まったく覚えがないが、あのキンキン声で
『あのーっ、わたしぃーっ、なんたらーかんたらー、きゃああーっ!』
と、一人芝居をしては王子の元に逃げていくスタイルのやつです。
あれ、毎日の日課みたいになっていて、途中から無反応で流してたんですが。
「そんなに、私がお前の用意した昼食を食べなかったのが、気に入らなかったのか?」
ああ、弁当を持って、最初のうちは必死に王子に共に食べてくれと懇願していましたね。
「それとも秋のダンスパーティーで、お前と共に踊らなかったのが、気に入らなかったのか?」
壁の花で寂しげに立っていました。
周囲の冷めた視線に気づきもせず、王子は特別入学の平民アンジェリーナ・デカルトに夢中になっていた。
「王子~この魚のパイ、とっても美味しいですぅ~」
「あーそうか、良かったなアンジェリーナ」
「いいですね」
「そうだ、そうやってお前は俺たちの愛を羨んだんだ」
いえ、魚のパイが食べたいだけです。
ああ、見守っている周囲の生徒たちが、あくびをしている。
そろそろ潮時ですか?
先ほどから一人、他の誰とも違う特別な視線で、私を見守っている人がいる。
リィン・キャメロン。
聡明さと運動センスを兼ね備え、人望も厚い。
だが、どれだけ女生徒に言い寄られても婚約者一筋だ。
スラリとした体躯と、凛々しい精悍な顔つきは、誰の目から見ても美形で間違いないだろう。
そんな彼が、視線を逸らさずに、この馬鹿げた喜劇を見つめ続けていた。
ひたすら延々に訴えている王子を無視していると、何かが飛んできた。
反射的にガチャンと手で叩き落すと、それはテーブルにあったガラスのコップ。
私の足元に落ちた破片を見て、もうこれで確定だなと私は決断した。
「ちゃんとこちらの話に集中しろ! シオーネ!」
流石に物を投げつけられ、周囲も緊張に包まれた。
すかさず私に近づこうとしたリィンには、目で合図を送って制止する。
「もうお前は婚約者ではない。従って、アンジェリーナへの嫌がらせに関しては厳罰を……」
「断罪されるのはあなたですよ、ケイズ殿下」
「何を、ショックで狂ったか?」
「いいえ、むしろおかしいのは殿下です」
私は顔をあげ、真っ直ぐに第二王子の前まで歩む。
ツカツカと迷いなく近づく私に、目を大きくして硬直する王子。
「無礼な、たかだか貴族の娘が王家の人間に対して……」
「私には、それが許されていますから」
「は?」
手を伸ばせば届く位置にて向かい合い、私の顔がハッキリと見えるよう視線を合わせる。
一応は王子としてのプライドなのか、その視線を逸らす事はなかった。
その気合やよし、けれどあなたはここまでだ。
「私の顔をよく見て下さい」
「ふん、お前などよりアンジェリーナの方が愛らしいに決まっている」
「そうではなく……はぁ」
私は大きなため息をついて告げた。
「私はそもそも、殿下の婚約者のシオーネ・ダビンソンではありません」
「は? 何を言っているんだ!」
「私とシオーネ様は、確かに体格と髪の色は同じです。ですが顔も違えば瞳も違います。自らの婚約者の顔すら覚えていないんですか?」
「でたらめだ」
「本当に、シオーネ様にご興味がなかったのですね。だから彼女は亡命されたのですよ」
「なっ!」
彼女は気弱ながら、必死に王子の為に尽くそうとしたのだ。
学校生活だけでなく、妃教育も私生活も……全ては王子の為だけに、彼女は頑張り続けた。
以前、彼女はこう言っていたらしい。
『王子と触れ合える時間が増えるのが楽しみだ』
けれど、この学校に入学して半年で彼女の心は折れてしまう。
王子は自らに群がる女生徒たちを連れまわし、彼女の心をないがしろにした。
彼女なりに必死で抗い、耐えて……そして限界を迎えた。
娘の心を壊された伯爵家から王家に対し、異例の抗議の手紙と共に、一家揃って他国に亡命してしまったのだ。
――私も見ていた――
二人分の弁当を大切に抱え王子に声をかけた後、女性たちと消えていく王子の姿を、悲し気に見ていたシオーネ様。
ダンスパーティーで、本来なら婚約者と踊るのがマナーであるのに別の女性とだけ踊り、ひっそりと壁際で涙するシオーネ様。
私は助ける事ができなかった。
私は見ていることしかできなかった。
それが私の役目であったのだから。
彼女を慰める事すら出来なかったのだ。
せめてもの慰めは、あの一家が亡命する際に、王家が密かに手を差し伸べた事だ。
あくまで彼らにわからぬように、他国においても生活に困らぬよう外交でも手を回したのは贖罪だろう。
亡命を止める事はできなかったと、陛下は悔恨の念に苛まれた。
どれだけ教育しても、親として伝えても、二番目の王子に届かない。
だからこそ私に、新たなる使命を託されたのだ。
「お前も見苦しい言い訳をするな!」
耳をかさない王子の腕に、スルリと絡みつき甘えるのは、食事を終えたアンジェリーナだ。
「ねぇケイズ様ぁ、とりあえず彼女の言い分を聞いてみましょうよ~」
「っ……お前は優しいな、アンジェリーナ。流石は私の愛しい子猫」
蕩ける甘さに、見守る一同が『うへぇ』という雰囲気に変わる。
アンジェリーナが現れたのは、シオーネ様が消えてすぐだ。
転入生として平民でありながら入学したアンジェリーナは、確かに保護欲をそそるタイプの女性だった。
それまで、複数の女性を連れまわしていた王子の好みに一致したらしく、王子は彼女に夢中になった。
その辺りからだろうか?
私を見た王子が、なぜか私をシオーネ様と決めつけて、話しかけてくるようになったのは。
背丈や体型は確かに似ている。
この国には珍しい黒髪なのも一緒で、言われてみれば顔つきも似た所はあるかも知れない。
それでも別人なのは明確で、瞳の色がシオーネ様は青、私は緑と決定的な違いがあるのに。
たとえシオーネ様が俯いてばかりでも、自らの婚約者。
なのに顔も覚えていないとは。
「何度も私は、シオーネ様ではないと申し上げました。けれど受け入れて下さらないので、あえて放置して参りました」
むしろ、途中で気づいたのだ。
これは都合がいいと。
「嘘をついてまで否定するとは、間違いなくお前は悪役令嬢だな」
「では、皆さまに聞いてみましょう。私がシオーネ・ダビンソンだと思う方は、拍手をお願い致します」
私の声が響き渡ると、会場全体が静まり返る。
動揺した王子の声だけが、空気を引き裂いた。
「お、お前を恐れて皆が認められないのだ! それか事前にお前が……」
「では、私が別人であるライム・リズであるとご理解頂けている方、拍手をお願い致します」
一斉に皆の拍手が沸き起こり、会場内が盛大な音で埋め尽くされる。
大きく目を見開いた王子と、あざとく「きゃっ」と腕にしがみつくアンジェリーナ。
あまりに続く拍手喝采をしずめるために、私は片手をスッとあげた。
ピタリと静寂が戻った会場内に、皆の視線が集中する。
「これでおわかり頂けましたか?」
「まて、周囲の皆して俺を騙そうとしてるだろう!」
私の肩をガッと掴んだ王子に、私の体が揺さぶられる。
あえてそのまま王子の暴挙を受け入れたのだが、そんな私の前にとうとう彼が飛び出した。
「王子、失礼ながら彼女は間違いなく私の婚約者です」
「お前は……リィン・キャメロン!」
そう、先ほどから私を心配していたのは私の婚約者。
彼は私と王子の間に入って、私の盾となる。
(だから、出て来るなと言ったのに……)
彼は昔から私への執着が凄かったからなと、小さくため息をつく。
「この女が本当にシオーネではないと言うのか!」
「その通りです。私だけでなく、ここにいる皆がそう断言致します」
よく通るリィンの声に、会場にいる全員が頷いた。
それを見て、ガクガクと青ざめる王子だが、フッと我に返ったようだ。
「なら、シオーネは……本物のシオーネはどこに行ったのだ?」
私はリィンを押しのけ告げた。
「先ほど、亡命したと伝えましたが?」
「王家の婚約がありながら、亡命などと……」
「陛下も、それをお認めになりました。ですから正確には、国を捨てただけでございますね」
「父上が認めようとも、罪は罪だろう」
「いいえ、そもそも婚約破棄を宣言されましたよね?」
「だから、王子である俺を捨てて逃げたなら大罪だろう!」
ハァハァと息をつく王子から、スルリとアンジェリーナは距離をとる。
王子の息が落ち着くのを待って、私は本題に入った。
「そもそも、婚約者として扱わなかったご自覚はおありですか?」
「何を言って……」
「ないですよね? そもそも、顔すらロクに覚えていらっしゃらない。あれほどシオーネ様は、頑張っておられたのに」
「努力するのは当然だろう!」
「肝心の殿下の態度に、周囲の大半の者たちは、シオーネ様に同情しておりました」
王子の非道ぶりは周知の事実だった。
ごく一部の王子に群がる者たちは、常識を知る大半の者たちからの白い目と態度により、のちに軒並み退学に追い込まれた。
当たり前だ。
婚約者の略奪は、貴族社会において最大のタブーである。
正式に結ばれた契約の秩序を乱すものは、弾かれて然るべきなのだ。
けれど王子は気づかない。
アンジェリーナに夢中になり、退学した彼女たちすら思い出す素振りすらない。
だから王子は誰からも遠巻きにされ、表向きの礼節のみは示されても、人望は皆無だったのだ。
そんな彼らは、間違えられている私を心配してくれた。
「またシオーネ様のように、あなたも傷つけられるのでは?」
そんな彼らに私はお願いしたのだ。
「私はあえてこのままでいきます。どうか皆さまは、何もせず見守っていて下さいませ。私に考えがありますので」
今日までの王子からの言いがかりや罵倒、嫌がらせは子供じみたこじつけと妄想によるもの。
別段に気にするのでもなく、むしろ攻撃対象が私に集中し、王子の本性を見極める絶好の機会だった。
もしシオーネ様がいらっしゃったら、このような執拗な目に遭っていたのだと思うと、怒りすらこみ上げる。
けれど私情を挟むまでもなく、私は職務を全うする。
「殿下、『王家の鏡』をご存じですか?」
「お前っ、なぜいきなり……っあ!」
「やっとお気づきになりましたか? 私は一切偽名を用いておりませんから」
ここは流石に思い出したらしい。
我がリズ伯爵家、またの名を『王家の鏡』その役割は畏怖を以て、上流階級の者たちに語り継がれている。
代々、王家の導きを見守り、道を誤った時はそれを断罪するのが我らの役目。
「お前っ……リ、リズ家!」
「そう名乗りましたよね殿下?」
後ずさる王子を追い詰めるように、一歩一歩を踏みしめて近づいていく。
これが私の役目、陛下は決断されたのだ。
「お前は王家の影にて、王家を導く鏡であり宝刀である。ケイズの警護ではなく、卒業までの期間の間に審判を任せる」
私は一度卒業したにも関わらず、あえて王子の影として再度入学していたのだ。
そしてシオーネ様がこのような事になった今、王家の者としての適性の決定権を委ねられた。
――王家の者としてふさわしいのか、私が王子の命運を任されたのだ――
だからこそ、王子が私をシオーネ様と間違えるのは好都合だった。
あの時は、影として助ける事はかなわなかった。
けれど、あなたの受けた屈辱は、正当にお返ししようと思う。
それをあなたは望んでいなくても、王家の道を正すのが我らの使命。
たまたま婚約者であるリィンも同学年となり、いろいろな活動に協力して貰い助かった。
本人は、私が王子に無下に扱われる度に激怒していたのを、宥めるのが大変ではあったのだが。
周囲の、特に女生徒の協力を得れたのはリィンの力も大きかったのだ。
私は改めて、今ここで最後の見納めになるであろうケイズ殿下を直視した。
王家に対しての不敬も、今の私には無効である。
これこそが、我がリズ家の使命であり、今こそ王子を断罪する。
「私は何度も人違いであると、このような事はやめろとお伝えしました」
「うっ……く」
「人として、男性として、王子として、もし私がシオーネ様だとしても、このようにないがしろに扱う事はお止め下さいと申し上げました」
「違うっ、俺は正して……」
「悪役令嬢と悪名をつけて、私を毎日のように罵ってくれましたね?」
「罵ったのではなく促しただけで……それに、それは俺だけじゃなくアンジェリーナも……」
「私~知らなぁ~い」
既に王子から離れたアンジェリーナは、離れた集団に紛れてクスクスと笑う。
「どうしてそこにいるんだアンジェリーナ! お前は俺の……」
「え~、もう王子と付き合うのはお終いかな~って、バイバイ~ケイズ様」
「まて! どういう事だ」
いつの間にか兵士が数名入室して、私の後ろに整列した。
「お前たち、この女を捕縛せよ! 王子である俺に対する不敬罪だ!」
「ですから、私が何者か理解されたんですよね?」
私は王子にされたように、指を突き付けて大きく宣言した。
「陛下より全権を任されしライム・リズは、第二王子ケイズ・ヴィクトリアンを王族として不適切と判断する」
「な……!!」
「よって、王子の王位継承権を剥奪後に王族より抹消。その後は臣下としても不適にて、辺境においての隔離労働を提案す」
「だっ、誰が、そんな!」
「……王家の鏡が決めました」
あの時に泣いたシオーネ様の瞳。私は忘れない。
それでも起死回生のチャンスは与えてきたのだ。
全てを無にしたのは自分自身。
何の感情もわかない私を凝視した王子は、その場でガクリと膝をつく。
兵士がゾロゾロと現れ、王子を罪人として連行して行く。
すれ違いざまに、王子は言った。
「せめて、最後に父上に申し開きはできるんだな?」
「勿論ですが、王家でもこの決定は覆せませんよ」
冷静に返事した私に逆上した王子が、私にかかってこようとしたのだが、私はサラリと体当たりを避けた。
影として幼い頃から特殊訓練を受けているのだ。甘く見ないで欲しい。
兵士たちが急いで押さえ込み、そうして王子は会場を去った。
途端に私は、一斉の拍手に包まれる。
大きな音の波の中、皆がほほ笑み私を褒めてくれた。
本来私は、影であると知られてはならぬ身なのだ。
実際に普段は偽名を使っているし、任務の際には目立たぬよう溶け込むのが基本である。
だが、もう良いのだ。
一応ここにいた貴族の彼らに箝口令を敷くのだが、きっと協力してくれるはず。
彼らも、壊れたシオーネ様を救えなかった後悔があったのだ。
私は大きく頭を下げて、カーテシーで皆に感謝した。
そのままリィンにエスコートされて会場を後にする。
私たちが去った後も、拍手はなかなか鳴りやまなかった。
帰りの馬車の中、リィンは私の隣に座りずっと腰を抱いたまま。
まるで大きな犬みたいだと思いつつ、私はあえてそのままにした。
ガタガタと揺れる車内、外は既に日が落ちて空には星が瞬いている。
「やっと終わった、もう本当に辛かった」
「今までありがとう、リィン」
「本当です。何度あの王子を殴ってやりたかったか……」
私の頭を嗅ぐように、自らの顔を埋めてリィンはポツリと呟いた。
「愛しのあなたが任務とはいえ、同じ学び舎に共に入れたのは素直に嬉しかったのですが……」
「まさか私も、また入学するとは思わなかったわね」
苦笑する私。
年下のリィンと、本来なら共に学ぶなどあり得なかったのだ。
ギュッと腰に抱かれた手に力が込められた。
これでもかと彼の大きな体と密着する。
「シオーネ様は隣国で静養なさって、今は穏やかに暮らせているそうよ」
「それは良かった。王子も彼女が嫌なら、国王にそう告げて解放すべきだったんだ」
「そうね……王子を廃嫡した後、帰国と貴族籍の復活をシオーネ様のご両親に打診する流れになるのだけれど……」
「あなたが隣国に行くのですか? 離れるのは嫌ですから私も行きます!」
昔から、私への執着はヒドイものだったが、今回の件で余計に悪化したらしい。
幼い頃から私の婚約者であった彼は、常に私への惜しみない愛を伝えてくれた。
「もう今回であなたの任務は終わり、私と結婚してくれるはずですよね?」
「ええそうね、これが最後の仕事。結婚したら、王家の鏡は弟が正式に引き継ぐ事になるの。いいタイミングだわ」
「私は、あなたにふさわしくなるために頑張りました。それを認めて下さいますか?」
彼は本当に優秀だ。
学力も運動神経も、何より人望と掌握力は文句のつけようがない。
本来の才能もあっただろうが、自らの妥協を一切許さず鍛錬した結果だ。
全ては私の為にと、彼は才能を開花させた。
ソッと、私はリィンの手を撫でる。
ビクリと震える彼の体から、自分が我儘を言っている自覚はあるらしい。
クスリと小さく私は笑う。
「もし隣国に伝令として行くならば、アンジェリーナに頼みましょう」
「ああ、彼女も大変でしたね」
「一応、アンジェも我が一族の一員ですからね」
そうなのだ。
アンジェリーナこと、アンジェ・リズ。
彼女は私の従妹で、王家の鏡の一員であり協力者でもある。
彼女の役目は、他の女生徒への被害の食い止めの為、その全てを引き受ける使命を課せられた。
そして、王子の本性をさらけ出す役割も、彼女の大事な仕事だったのだ。
何度も定期報告において、彼女は嘆いていた。
「私が馬鹿なふりをすればする程に王子は嬉しそうなのです。自ら努力するではなく、人を下に見て満足していますね」
「将来的に民や臣下に、その目線での対応は危険ね」
「はいライム様。あと、その都度私も演技しつつも『それは違うんじゃな〜ぃ?』という感じで諫めているのですが……」
「大変ね、貴方も」
「いえ、大丈夫です。ですが王子は私が諫めるほどに『わからせる為にこれでいい、自分が正しいのだから』と、自らの行いを理解していません」
「卒業された後、自らの過ちを諫める者がいても、聞く耳は持たなそうね……わかった。王には今回も改善の兆候は見えないと伝えておくわ」
私が引退した後も、弟の補助として彼女は役に立ってくれるだろう。
こうして私の三年間の任務は終わり、のちに第二王子は国王より正式に廃嫡され辺境に隔離された。
私はその後、約束通り引退しリィンの妻となった。
◇◇◇◇
あれから夫婦として愛し合い、同じベッドで眠る二人。
小さく微笑むかのように眠る愛しいライム。
妻を抱きしめ、その喜びを噛みしめるリィン。
狂うほどに愛した女。
家の任務の為とはいえ、他の男に虐げられている姿は耐え難い事だった。
何度も王子を殺してやりたい衝動を堪え、やがて決めたのだ。
国王は、我が子の改善を密かに願っている。
リズ家に託したのは、最後の慈悲なのだ。
だからこそ、あえて王子の暴挙を受け止めながらも、ライムは何度も王子に改心を促した。
ライムだけでなく、アンジェリーナこと、アンジェを通してまで諫めたのだ。
このまま少しでも、王子に反省の色が見えれば、結末は変わっていたに違いない。
だが、許せなかった。
だからこそ、王子と会う度に煽ってやったのだ。
『あなたが正しい』
そう持ち上げ自尊心を擽ってやるだけで良かった。
ライムはともかく、愛しのアンジェリーナの言葉に揺らぎそうな時はこう言えばいい。
『あなたが、平民であるアンジェリーナに、正しき上の道理を教えて差し上げればいいのです』
目に余る王子のライムへの攻撃は、自らが盾になる事で防ぐ事はできた。
それに関しては、庇われたと思ったライムから苦情が入ったが無視をした。
子供じみた嫌味や嫌がらせ程度なら、あえてライムも平気な様子だったので、内心はともあれ放置したのだ。
だが、別の人間を使ってライムを傷物にしようとした事実は、許せるものではない。
密かに処理した事は、リズ家のライムの父に知られていた。
呼び出された時には、注意を受けた。
リズ伯爵から今回限り見逃すが、次はライムの邪魔をするなと、釘を刺されてしまったのだ。
「なんにせよ、あの馬鹿が二度と辺境から戻らぬように、手を打たねばな」
そのためには、今度は自分が力をつけてのし上がる必要がある。
小さく身じろぎしたライムの頬にキスをする。
リィンは、二度と誰にもライムを傷つけさせないと、誓ったのだった。
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