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文々。新聞

夜が明けた。

妹紅は、永遠亭の縁側に腰掛けて水を飲んでいた。

昨晩はいつものように輝夜と殺し合いをして、燃えて、蘇って。その後はやたらと喉が渇くのだ。


器の水を飲み干したところで、永琳に呼び出された。


「頼みがあるのだけど、いいかしら」


なんの頼みかと言いかけて、夕べ連れてきた怪我人のことを思い出した。妹紅は懐に手を入れて、永琳の後をついていった。青と赤に色分けされた服に、編み込まれた銀の髪が背で揺れた。


診察室に入ると、白装束の青年が横たわっていた。息絶えているのは明らかだった。運んできたときは、頭を覆うかぶりもののついた服を着ていたが、傍らの袋にまとめられている。汚れた服を脱がせて、白装束に着替えさせたんだろう。


永琳は遺体を目で示して「腐る前に弔ってあげなさい」といった。


「連れてきたのは貴女でしょう。外で焼いてあげればいいわ」

「……ったく」


なんで私が、と思いつつ、体の上から白布で包み、脇と足の辺りに縄をかけて背負った。重さは変わらないはずなのに、死人は生きているときより重く感じる。


部屋を出ようとしたとき、ふと卓上の紙箱に視線が止まった。手のひらに収まるほどの大きさで、外の世界の文字が入っている。外来の紙巻たばこだった。箱は少し潰れているが、血が付いているわけでもない。


「貰っていく」


──手間賃ってことで。


紙箱を懐に入れると、永琳が気のない表情で忠告をした。


「よく知らないものを吸うと、体に毒かもしれないわ」


適当に聞き流して、裏口から外に出る。縄が解けないか気にしながら、朝日が差し込むなかを歩いた。


しばらく歩くうちに、竹が途切れて、開けた場所に出た。


かつては夜雀と山彦が、確か『鳥獣伎楽』とかいう名前で、夜中に爆音を鳴らして騒いでいたことがある。今は夜行性の妖怪は眠る時間で、どこかで朝の鳥が鳴いていた。


遺体を地面におろして、あおむけに寝かせた。目を閉じたまま顔が空のほうを向く。今朝は雲が少なくよく晴れていた。


「……弔ってやるか」


背中が軽くなった妹紅は、懐から符を取り出した。ただ火をつけるなら符を切らなくてもいいのだけど、弔いというからには、骨も残さず綺麗に焼こうと思ったのだ。


スペルカード──「火の鳥 -鳳翼天翔-」


爆ぜるような炎が、一瞬で青年を包み込んだ。火は空へ向かって噴き上がり、骨も残さず燃やし尽くしていく。


火が消えた跡には、何も残らなかった。燃えかすが舞う空をしばらく見上げた後、紙たばこの箱を開ける。指先で火を点けて口にくわえたとき、風を切る音を聞いた。背後から黒い影が飛んできて、急角度で地面に降り立った。


「妹紅さん、少しよろしいですか?」


鴉天狗の報道屋、射命丸文(しゃめいまるあや)

こちらが物を言う前に、シャッター音が続く。


「先ほど運んでいたのって、死体、ですよね?こんな朝から火葬をしているとはスクープですよ!」

「お前なあ……」

「それでですね、どこのどなたを焼いていたんです? 何か曰くつきの事件でしょうか……まさか、殺し?」


妹紅は「知らん」と返した。いつから見ていたのかと問うと、竹林を歩くところから一部始終だという。どうせ写真もたくさん撮ったんだろう。


「いやあ、輝夜さんとの喧嘩は単調すぎて記事にならないんですが、今朝は久々にスクープがありましたよ。やはり記者として、事件を報道するのは務めですからね」


得意げに語る文に、妹紅は顔をしかめた。


「お前も焼いてやろうか」


「怖い怖い」と言いながら、射命丸は高速で飛び上がる。その顔に反省の色はない。


「それでは、明日の朝刊でお会いしましょう!」


軽快に手を振り、鴉天狗は晴れた空の彼方へ飛び去っていった。



────



少し日が経った頃。

ちょっとした用があって、昼間から永遠亭に向かった。


庭先を歩いていると、兎たちが集まって何かを話していた。兎が喋り好きなのはいつものことだが、ひそひそと何かを言い合い、こちらに気づくと慌てて目を反らす様子が気になった。


近づいてみると、新聞を回し読みしているところだった。散り散りに逃げようとする兎のうち、新聞を握った一匹を捕まえて、紙面に目を通す。


「あっ、も、妹紅さん……これは、その……」


空へと噴き上がる炎の翼と、自分の後ろ姿の写真が載っていた。記者を恫喝、と見出しがついていた。


「その、あんまり写りが良かったので、綺麗だなあと思ってみていただけですよ。妹紅さんが人を殺したとか、誰も本気で思ったわけじゃないですからね?」


震えている兎から新聞を回収して、指先に炎を灯した。新聞の端に炎が移り、紙が黒く縮んでいく。


「わああっ!? 焼いちゃうんですか!?」


散らばって逃げたはずの兎たちが、いつの間にか再び寄り集まって、背後で騒いでいた。喧騒を背にして、指先を擦り合わせて灰を落とす。


──綺麗だなんて、よく言うよ。


呆れたように笑って、妹紅はその場を後にした。

『永夜抄』の周りの舞台が好きなので、幻想郷の雰囲気や住人の動きを書いていてとても楽しかったです。最終話を読んでくださり、ありがとうございました。

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