失態
研究室に着き、 早乙女さんを呼んでもらう。
すると中に通され、 早乙女さんがパソコンの前で作業していた。
「連絡出来なくてごめんなさいね」
「いえ、 大丈夫です」
「例の灰の件なんだけど、 上から検査の中止を通達されたの」
まさかここまでするとは思わなかった。
何故原因追及に勤しんでいるのに、 止めようとするのだろう。
そこにただ混乱を恐れているだけとは思えなかった。
「私も気になっているからこのまま隠密に調査するけど、 どうかしら?」
「やってくれるのか?」
「私だけだと、 限界あるけど、 一応シグナルの研究員で鬼の発生は気になるからあなたの手助けは出来るわよ」
「ありがとう」
「それでこの前の検査結果なんだけど、 どの鬼からも同じ成分が出たのよ」
「鈴蘭か?」
「そう、 不思議ね、 皆、 同じ成分が出るなんて新種の薬とでも言えばいいかしら」
「引き続き調査をお願いする」
「えぇ二人だけの秘密ね」
俺は資料を片手に研究室を出た。
タブレットを使えば、 上にバレるので紙の資料を貰った。
紙の資料なんて何年ぶりだろう。
紙のさらさらした感触が俺を自室へと急がす。
新しい小説を買ったときみたいに。
自室に着き、 煙草に火を点ける。
煙草を咥えながら資料に目を通す。
鈴蘭の毒と麻薬だけで鬼になるとは考えられない。
なにか条件があるのかも知れない。この薬は引き金でしかないのかもと整理する。
煙が充満していく部屋の中で、 ひたすら読み漁る。
するとタブレットから出動命令の音がなる。
出動可能とタップする。
茜たちには特型警備車で落ち合うようにと連絡入れる。
「ここ最近、 以前より鬼の事調べてるけど、 ちゃんと寝てるの?」
「寝てるさ」
「それならいいんだけど……」
晶が何か言いたげだったが、 それ以上言うなとオーラを感じたのか黙る。
タブレットで鬼の情報を見る、 いつも通り渋谷区で十体の鬼の出現していると報告があがる。
現場に着いて、 茜たちに武器を持たせて規制線を超える。
何にも変わらない、 いつもの流れを俺たちは踏む。
「報告には十体って聞いたけどアルファが居るなんて聞いてないじゃん!」
「報告が遅れることはよくあること」
「そうそう!なんも問題ないですよ~」
茜たちに討伐命令を出す。
一番乗りだったので、 アルファ相手にしながらオメガを討伐するのは至難の業だが、 俺のヌークは優秀だ。
一体一体確実に浄化していく。
鬼の数が減っていくとアルファの様子がおかしくなる。
まるで戦況を見定めているかのように、 俺らの様子をじっと見ているように感じた。
そしてアルファは俺たちに背中を向けて走り出した。
「アルファが逃げる!?」
「茜は俺とアルファを追う!晶たちはオメガの退治!」
「了解!」
アルファは規制線を越えて逃げる。
騒々しい規制音にも怯むことなく、 真っすぐ走り続ける。
民間人を飛ばして走るアルファとの距離が離れていく。
すると、 アルファは下半身に力を入れて高く飛び、 ビルの上へと逃げる。
「茜!追うのを中止だ!」
「なぜですか!野放しにして、 被害が出たらどうするんですか!」
「これ以上追いかけても同じだ」
俺と茜は発生現場に戻る。
茜は終始納得のいかない顔をして俺の三歩後ろを歩く。
俺も実際、 反対立場だったら納得は難しいだろうが、 道行く人に弾が当たるかもしれない。
色々な予測を立てて撤退の判断をだした。
「あ、 隊長!戻ってきた!」
「大丈夫でしたか?」
「取り逃がした」
まじ?と晶が言うが、 俺と茜は何も言わずにいる姿に晶と未来は悟り何も言わずに特型警備車に乗る。
煙草を吸う手が止まらない。
報告書になんて書こうとずっと考えていた。
取り逃がしたのは、 七部隊の自信を削ぐのには効果的だった。
何故、 逃げる選択が出来たのか、 あの戦況で自分が不利になると分かって、 逃亡したのなら確実に知能がある証拠だ。
どうして知能がある鬼が生まれたのか……。
悩ましいことだらけで、 煙草の本数が増えていく一方だ。
シグナルに着き、 すぐに報告書を書くが、 タブレットの文字打つ手が進まない。
単純な事だ。
ただ逃げたことを書けばいいのに指は進まない。
失態を認めたくないとでも言うように。
だが、 認めて書くしかないのだ。
唾を飲み込み事実を書く。
報告書が出来上がり、 送信する。
十分位経った頃、 誠局長の部屋に来るようにと通達が来る。
重たい腰をあげて、 自室をでる。
二十四時間真っ白な蛍光灯が照らす廊下は頭が痛くなる。
誠局長の部屋の前で、 ひとつ深呼吸をする。
ノックと同時に部屋に入る。
扉が重く感じたのは、 失態の羞恥心か、 罪悪感かどっちかだ。
中に入ると大槻隊長もそこにいて、 俺が来るのを待っていたようだ。
「任務帰りに申し訳ないが、 アルファが逃げたと報告を受けて呼んだまでだ」
「大槻隊長もですか?」
「そうだ、 急にアルファが背中を向けて逃げたんだ」
まさか自分だけではない事に安心を覚えたが、 この事態は重い事を示していた。
「逃げたアルファの行方は他の部隊に任せている。 逃がしたことを責めないが、 対峙してどうだったか聞きたい」
「確実に戦況を見て、 不利だと感じて逃げたように感じます」
「私もです」
大槻隊長の言葉を追って答える。
やはり三年間伊達に隊長をやっている訳ではないと感じる。
「これから増えていくと思うが、 気を引き締めて任務にあたるように」
「はい」
俺たちは誠局長の部屋を出る。
出ると同時に深い深呼吸をする。肺いっぱいに酸素が入り、 体の緊張を溶かしてくれる。
「まぁこんなこと異例だが、 気にすんな」
「大槻隊長に言われると安心します」
俺たちは別れて、 俺は研究室に行くためエレベータに乗った。