亜細亜条約機構緊急総会
ヨーロッパ合衆国によるトルコへの核攻撃、そしてヨーロッパ合衆国への併合を受けて大日本帝国叶総理は亜細亜条約機構緊急総会を開催する事にした。
そして2048年8月8日亜細亜条約機構本部にて、緊急総会が開催されたのである。緊急総会は各国の首脳が直接参加して開催された。その緊急総会で叶総理はヨーロッパ合衆国への対応について、宣戦布告も含めた重大な決意で臨むべきだと言い切ったのである。
各国首脳陣は叶総理からの宣戦布告発言に若干の驚きはしたが、ある種予想はしていた内容であった。だが自分達で思っていた事でも、改めて人から言われると驚くものである。各国首脳陣は改めて突き付けられた現実に向き合うしかなかった。
だが現実論として宣戦布告にまで発展するのが恐ろしいのも事実であった。そんな中でタイ首相は叶総理に、この事態に対する対応策を聞いたのである。叶総理はまず今回のヨーロッパ合衆国による、トルコへの侵攻と核攻撃そして併合は傍若無人な行動であると断言した。そのうえでヨーロッパ合衆国の外征欲が顕になった事は、世界の平和と安定を乱す行為である事も言い切った。そこでまずは亜細亜条約機構として統一した行動として、ヨーロッパ合衆国に対する完全な経済的断絶を行うべきだと、叶総理は宣言したのである。
叶総理の提案にある意味で各国首脳は安堵していた。いきなりの宣戦布告では無かったからだ。新世紀冷戦もかつての米ソ冷戦と同じく、貿易はある程度は行われていた。対共産圏輸出統制委員会(COCOM)のような組織は設立されなかったが、軍事技術・戦略物資の輸出規制は当然の措置として行われていた。その輸出規制はヨーロッパ合衆国も行っており、双方で輸出入されたのは民生品と資源のみであった。
それでも民生品に関しては軍事転用可能な部品が使われているとなると、それらは輸出規制対象になっていた。パソコンやゲーム機・携帯端末がそれに辺り、それらを生産するメーカーは相手陣営では見る事が無い程であった。資源に関しても同じで民生品てしての用途が大きい石油と天然ガスだけで、それ以外の資源は当然のように輸出規制対象になっていた。
しかも輸出可能な物にしても年間の輸出上限が定められており、それを超過しての輸出は法的に禁じられていた。大日本帝国では輸出入を監督する官庁である、経済産業省の貿易経済安全保障局貿易管理部が監視の目を光らせていた。他の亜細亜条約機構加盟国も監督官庁が輸出上限を管理しており、ヨーロッパ合衆国に対する締付けを行っていたのである。
その最低限の輸出も叶総理は禁止して、完全な経済的断絶を行うべきだと言ったのである。確かにこれなら即座に実行可能で各国が被る経済的打撃も少なく済むからであった。年間の輸出上限が決められている事もあり、ヨーロッパ合衆国へ輸出する各国の企業は極めて少なかったからである。しかもその企業は大日本帝国なら最大の総合商社である三菱商事が行っており、各国の企業も国内最大の企業が行っていた。その為にその輸出を禁止にしたとしても、直ぐに代替輸出が可能であり仮に損失が出たとしても政府が支援すれば済む話であった。
その為に各国は叶総理の提案に即座に賛同した。何事もいきなりの宣戦布告では無く、まずは相手に意思表示をするのは大事な事であった。しかも亜細亜条約機構は加盟国が多く中小国も存在し、経済規模から実際にヨーロッパ合衆国に輸出を行っていない若しくは輸出量が極めて少ない国がいるのも事実であった。
であるなら自国への影響は限りなく低く抑えられ、尚且大日本帝国の方針にも合致するとなれば賛同するのは当然であった。各国の賛同を得た叶総理は感謝の言葉を述べると共に、ヨーロッパ合衆国の今後の動きには最大限の警戒をするべきだと語った。その根拠として偵察衛星が捉えた映像を映し出し、ヨーロッパ合衆国の次なる侵攻について警告した。
特にロシア連邦国境線への陸軍と空軍の集結が顕著に見られ、地中海沿岸の各軍港にも陸軍が集結し海軍が警戒していると叶総理は語った。ロシア連邦大統領は叶総理の警告を聞くと、自分達もヨーロッパ合衆国の不気味な行動に注視していると語った。そしてロシア連邦大統領は、もしヨーロッパ合衆国が侵攻して来たら自動的に亜細亜条約第2条が発動し全面戦争になる為に、各国は引き続き軍の動員体制を行うように要請した。
ロシア連邦大統領の言葉は当然のように受け入れられた。亜細亜条約機構加盟国に対する攻撃は亜細亜条約機構全体への攻撃なのだ。叶総理のトルコを助けたい気持ちは分かるが、トルコは亜細亜条約機構加盟国では無かった。その為に各国首脳はトルコ侵攻に対して
軍事的に強硬手段に出るのは避けたかったのだ。
叶総理はロシア連邦に対する侵攻の警戒レベルを引き上げると共に、地中海沿岸に集結するヨーロッパ合衆国軍の動向が気になるとも語った。
この後は地中海沿岸でのヨーロッパ合衆国の行動に対する話し合いが行われたが、その答えは出なかった。だがその答えはヨーロッパ合衆国自らが行動で明かしてくれたのであった。




