泥沼化
2048年7月28日。ヨーロッパ合衆国によるトルコ侵攻から1週間が経過した。トルコ軍は動員を行い第2防衛線を死守しようとしたが、ヨーロッパ合衆国軍の侵攻は更に大規模に拡大していた。陸海空3軍による連携のとれた侵攻により、トルコ軍の第2防衛線は遂に突破されてしまった。トルコには軍事支援が大量に送り届られていたが、ヨーロッパ合衆国による攻撃はそれ以上に激しかった。大日本帝国以下の軍事支援も鉄道輸送により行われたがそれでは間に合わないとして、空軍の輸送機を用いて直接トルコに輸送も行われた。だがそれにも関わらずヨーロッパ合衆国軍による攻撃を、トルコ軍は受け止め切れなかったのである。想像を絶する連携攻撃であった。陸軍の侵攻師団を空軍と海軍が全面的に支援し、トルコ軍を圧倒した。トルコ軍も何とか手段を講じてヨーロッパ合衆国海軍機動部隊を撃退する為に、自爆ドローンを航空機型とボート型を用いて攻撃したのである。
だがヨーロッパ合衆国海軍機動部隊の迎撃体制は全てを想定したように万全であった。100ミリレーザー砲と40ミリレーザーガトリングガン・20ミリレーザーガトリングガンは自爆ドローン相手に効率的に迎撃を行った。その為にトルコ軍の自爆ドローンは、何の成果も出せずに全滅したのである。その結果ヨーロッパ合衆国海軍機動部隊は全力で地上支援が行えるようになった。ヨーロッパ合衆国空軍もトルコ空軍を圧倒し、陸海空の3軍による連携攻撃は激化したのであった。
それは軍事支援を受けても尚、覆すことが出来なかったのである。そもそも大日本帝国以下の各国が行った軍事支援は、弾薬砲弾ミサイル等の補給物資であった。だがヨーロッパ合衆国軍とトルコ軍の大規模衝突によりその補給物資を使うべき、銃超電磁砲ミサイルランチャーが破壊されていったのである。これでは軍事支援を受けても使用する事が不可能であった。大日本帝国とトルコはその事態を受けて協議を行い、トルコの軍需企業は兵器製造に全力を挙げる事になった。補給物資に関しては大日本帝国が責任をもって輸送と提供を行う事になった。トルコは当初は大日本帝国に対して兵器の直接供与を打診したが、ただでさえヨーロッパ合衆国が過激になっている所へ兵器の直接供与となると事態は悪化する一方だとして大日本帝国はそれを断った。
トルコとしてもダメ元での打診だった為に、その話は直ぐに流れた。これによりトルコはまさに挙国一致でヨーロッパ合衆国の侵攻に更に立ち向かう事になったのである。トルコはその地理的条件から軍需企業はヨーロッパ合衆国寄りでは無く、亜細亜寄りに立地していた。そこで全力を挙げて兵器製造が行われる事になった。だがそれにも関わらずヨーロッパ合衆国軍の侵攻は激しく、第2防衛線は突破されてしまったのである。
第2防衛線を突破されたトルコ軍は大胆にも、ヨーロッパ側領土の大部分を一時的に放棄する事を決めた。ダーダネルス海峡に架かる『チャナッカレ1915橋』を爆破して破壊し、軍を全てイスタンブール周辺に集結させた。イスタンブール空港を重要拠点とし、南北に貫く第3防衛線を構築させた。同時にイスタンブールのヨーロッパ側を第4防衛線として構築し、最悪の場合にはボスポラス海峡に架かる3つの橋である、『7月15日殉教者の橋』『ファーティフ・スルタン・メフメト橋』『ヤウズ・スルタン・セリム橋』を爆破する準備を行っていた。更には海底トンネルも爆破する計画が立てられた。
そのトルコ軍の計画は順調に進められ、第3第4防衛線の構築も順調であった。だがそんな中でもヨーロッパ合衆国は空軍と海軍による攻撃を断続的に行った。ダーダネルス海峡は『チャナッカレ1915橋』の残骸と民間船をわざと沈没させて封鎖する事に成功していた。その為にヨーロッパ合衆国海軍機動部隊はエーゲ海に展開し続けるしかなかった。
ダーダネルス海峡はロシア連邦の賛同も得られており、黒海艦隊が一時的に閉じ込められる事になるのも承知の上であった。もはやロシア連邦にしても過去の軋轢は全て忘れて、ヨーロッパ合衆国の非道なる侵攻に対抗するのが最優先だと判断した結果であった。ロシア連邦がそのように判断したのは、ヨーロッパ合衆国シャーロット大統領のとある宣言によるものであった。ヨーロッパ合衆国はトルコ侵攻を正当化する為に2048年7月26日にシャーロット大統領が直々に、トルコを蛮族から奪還すると宣言したのである。シャーロット大統領はトルコの領土はかつてローマ帝国の領土であり、それを無知なる蛮族が占領したと批判した。そしてトルコの領土を奪還するのは21世紀のローマ帝国たるヨーロッパ合衆国の『明白なる使命』だと宣言した。
驚くべき宣言であった。ヨーロッパ合衆国を21世紀のローマ帝国だと言い切り、イスラム教徒を蛮族だと断言したのであった。シャーロット大統領の宣言はヨーロッパ合衆国国内を団結させたが、トルコの猛烈な反発を招く結果になったのである。




