トルコ侵攻
『トルコによる亜細亜条約機構正式加盟申請の発表は、ヨーロッパ合衆国に衝撃を与えた。今まではトルコとロシア連邦の歴史的対立により、亜細亜条約機構への正式加盟申請は行われず大日本帝国としても一時的に加盟を保留にしていたからである。それがここへ来ていきなりの発表だ。ヨーロッパ合衆国はさぞ驚いた事だろう。今まではただ単に大日本帝国の陣営ではあるが、正式な亜細亜条約機構加盟国では無く単なる大日本帝国寄りと世界的に認識されていたからである。それが新世紀冷戦に於けるヨーロッパ合衆国の国境線で最後の緩衝地帯になっていたのだ。ウクライナとベラルーシは新世紀冷戦に於いて、ヨーロッパ合衆国が成立して以後は旧ソ連時代と同じくロシア連邦の構成国となり、ヨーロッパ合衆国とロシア連邦は長大な国境線を接する事になっていたのである。
それがもしトルコまで亜細亜条約機構に正式加盟すれば、ヨーロッパ合衆国は安全保障上重大な転換点となるのであった。だがその恐れていた事態が発生してしまった。この時のトルコの正式加盟申請発表は、ヨーロッパ合衆国のみならず大日本帝国とロシア連邦も驚く事になった。ヨーロッパ合衆国がトルコの現状に満足しているのは周知の事実であり、生半可な対応をすればヨーロッパ合衆国を刺激し過ぎる事になるのは分かり切っていた。その為に亜細亜条約機構への加盟は根回しを念入りに行い、緊急総会にて一気呵成に賛成までこぎ着けヨーロッパ合衆国に対応させる余地を与えないのが最優先事項であった。そこで外務省の担当者による実務者協議を続け大日本帝国・ロシア連邦・トルコにより、各国の秘密裏での合意を形成したのである。長年トルコと対立してきたロシア連邦が合意したのは、モントルー条約をトルコが失効すると表明したからである。トルコにしてみればヨーロッパ合衆国という脅威がある以上、それに対抗する為に亜細亜条約機構とロシア連邦を味方にした方が良いという判断であった。
それにモントルー条約が失効するという事はロシア連邦にとっては地中海への航行の自由が保障される事でもあった。両者の利害が一致した為にトルコの亜細亜条約機構加盟は現実的なものとなったのである。だがトルコは先走り過ぎてしまった。まだ正式に加盟出来ていないのに、正式加盟申請を世界に発表してしまった。これにヨーロッパ合衆国は烈火の如く怒ったのは当然であった。そしてそれがトルコに悲劇を招く結果となったのである。』
広瀬直美著
『新世紀最終戦争』より一部抜粋
突如として発表された内容にヨーロッパ合衆国ではシャーロット大統領が怒りを爆発させていた。そして急遽対策会議を招集したのである。その内容は単純明快でトルコへの制裁についてであった。シャーロット大統領は即座に電撃的な軍事侵攻を提起した。トルコの行為は許し難い暴挙であり、ヨーロッパ合衆国の安全保障上重大な転換点になる事が容易に予想出来た。それに軍事侵攻をするには現在のトルコは好都合であった。確かにトルコは大日本帝国寄りではあったが、亜細亜条約機構に加盟しておらず軍事同盟もどことも結んでいなかった。あくまでも大日本帝国寄りで大日本帝国を支持するだけであった。そこにシャーロット大統領は勝機を見出したのである。逆に言えば早く侵攻してしまわないと亜細亜条約機構に加盟してしまい、問題が大きく拗れる事になってしまうからだ。その為にシャーロット大統領は軍事侵攻を提起したのである。
シャーロット大統領の軍事侵攻案はほぼ全員が賛成した。全員がトルコの亜細亜条約機構加盟がヨーロッパ合衆国の安全保障政策にとって重要な影響を与えるのが分かっていたのだ。だが唯一外務大臣だけが軍事侵攻に難色を示した。確かに軍事侵攻は理解出来るが何かしらの手段は無いのか、そう言ったのである。
その言葉にシャーロット大統領は若干の苛立ちを覚えたが、あながち間違いでは無いのも事実だった。そこでシャーロット大統領は侵攻直前にテレビ演説を行う事を提案した。それならある種ワンクッション置く事で、世界に与える衝撃を少しでも和らげるというものだった。外務大臣は想定していなかった返答に暫く沈黙したが、やがて諦めたように賛成した。その返事を聞いたシャーロット大統領は国防大臣に対してトルコ侵攻の準備を命令し、自らは明日のテレビ演説の準備を行った。
そして翌日。2048年7月21日午前5時シャーロット大統領はテレビ演説を行い、トルコに対する『特別軍事作戦』を開始すると発表した。シャーロット大統領はトルコの領土を占領する計画はないとし、トルコ国民の民族自決の権利を支持すると述べた。このシャーロット大統領による発表から数分以内に、イスタンブールを筆頭にトルコ西部の主要都市で爆発が報告され、攻撃が開始されたのである。ヨーロッパ合衆国ルーマニア州のロシア連邦との国境線に配備していた陸軍20個師団をトルコ国境線に移動させ、ヨーロッパ合衆国はトルコへの侵攻を開始した。
後の歴史家が新世紀最終戦争の前哨戦と位置付ける、『トルコ戦争』が勃発した瞬間であった。




