首脳会談に向けて
カナダで行われた史上初の外相会談は一定の成果を得て終了した。カナダ大統領の提示した妥協案を何とか実現する事が、現状の打開には優先事項であった。世界中が史上初の外相会談に注目しており、そこで合意したこれまた史上初の首脳会談開催合意も世界に衝撃を与えた。現状の打開には確かに首脳による直接会談しか方法が残されていないのも、疑いようの無い事実であった。国連総会と安全保障理事会が全くの機能不全に陥っている為にも、史上初の首脳会談開催は世界中が期待するものだった。
とにかく世界の関心事は現状の大日本帝国とヨーロッパ合衆国の新世紀冷戦に於ける対立が、今回の麻薬密輸事件のヨーロッパマフィアの暗躍に於いて更に深まり、直接的な戦争に発展しない事にあった。世界の関心事はただそれだけであった。現状の大軍拡が行われている大日本帝国と亜細亜条約機構・中南米、ヨーロッパ合衆国と中東アフリカの新世紀冷戦は、とてつもない人類が歴史上運用した中で最強の軍事力を保有するに至っていた。
そのような軍事力が直接衝突すれば被害は尋常では無い。言いしれぬ不安が、今回の麻薬密輸事件にはあった。ある程度の妥協をお互いが行い最悪の事態を回避してくれる可能性が、首脳会談開催という事で実現するかもしれなかった。
大日本帝国に帰国した外務大臣を迎え、叶総理は首相官邸で閣議を招集した。外務大臣から事の次第を聞いた叶総理は、即座にカナダ大統領の妥協案を受け容れて首脳会談を開催するべきだと断言した。外務大臣は自らの決断が間違っていなかった事に安堵したが、財務大臣がその決断の本音を尋ねた。ヨーロッパ合衆国が関与しているのは証拠からも明らかなのに、ヨーロッパマフィア取り締まりだけで手打ちにしてしまっても良いのか聞いたのであった。
それに叶総理は説明を始めた。確かにヨーロッパ合衆国の関与を示す証拠を提示してもそれを認めなかったヨーロッパ合衆国は、あまりにも身勝手極まりない態度を示している事、だがそれよりも大事なのはそのヨーロッパ合衆国にヨーロッパマフィアを取り締まるように提示した妥協案である事、これによりヨーロッパ合衆国が本当にヨーロッパマフィアを取り締まればヨーロッパ合衆国が関与していない証明になる事、だがヨーロッパ合衆国が何かしらの理由を付けて妥協案を拒否すればそれは自らの関与を示す証明になる事、そして妥協案を受け容れてヨーロッパマフィアを取り締まるとしたにも関わらず取り締まりを強化せずに現状維持とするのなら、それも自らの関与を示した証明になる事、以上の観点からある種の踏み絵的な意味が妥協案にあると、叶総理は言い切ったのである。
それを聞いた閣僚達はそれならどちらにしても、大日本帝国に有利になるとして妥協案受け容れと首脳会談開催に賛成する事になった。そんな中で叶総理は政治家として、万が一に備えておく必要があると言い、最悪の場合新世紀冷戦が別の意味で終わりを迎えるとも断言した。その言葉は閣僚達に本質的に伝わり、全員が覚悟を決めた。
同じくヨーロッパ合衆国も外務大臣の帰国により、大統領官邸でシャーロット大統領が閣議を開いていた。外相会談では決して合意する事無く、持ち帰って協議するようにとのシャーロット大統領の命令は忠実に守られていた。
外務大臣の説明を聞いたシャーロット大統領は暫く考え込んだ。シャーロット大統領も叶総理と同じく、この妥協案はある種の踏み絵になると考えていたのだ。容易に受け容れると今まで協力関係にあったヨーロッパマフィアを裏切る事になり、だからといって拒否すればそれこそ世界中にヨーロッパマフィアとヨーロッパ合衆国が繋がっている事の証明になってしまう。大日本帝国と戦争をするのは決定事項だが、まだ時期尚早なのでシャーロット大統領は悩んだ。
悩んだシャーロット大統領は閣僚達の意見を聞く事にした。閣僚達はそれぞれ意見を述べていったが、それは見事に分かれていた。妥協案を受け容れる派と断固として拒否する派であった。受け容れる派はこの際ヨーロッパマフィアとの関係に手を切り、自らの潔白を証明したら良いとした。そもそも犯罪組織と手を組んでいる事が異常であるとも言い切った。
拒否派は今までのヨーロッパマフィアとの関係からすると裏切り行為であり、信頼関係から成り立つ協力関係に終止符を打つ事になると言った。
どちらにしても筋は通っている為に、意見は分かれたのであった。それを聞いたシャーロット大統領は両方の意見を採り入れた折衷案を提示した。表向きはカナダ大統領の妥協案を受け容れるとしてヨーロッパマフィアを取り締まる事にするが、それは全て末端の小さな組織のみを取り締まる事にする事、完全なる拒否は逆にヨーロッパマフィアとの関与を証明する事になる為に事態を悪化させるだけである事、この折衷案なら大日本帝国を誤魔化す事ができ現状の打開には最適な事、以上をシャーロット大統領は説明した。
それにより閣僚達はシャーロット大統領の折衷案を受け容れる事にした。これにより首脳会談開催も賛成する事になった。
大日本帝国とヨーロッパ合衆国は共に史上初の首脳会談開催に向けて、実務者協議を開始する事になったのである。




