日欧外相会談2
大日本帝国とヨーロッパ合衆国の外務大臣による、史上初の外相会談が遂に始まった。歴史的瞬間に世界中のマスコミが集まり、カナダは近郊にプレスセンターまで設置していた。
外相会談は冒頭はマスコミも撮影を行っていた。その為に最初に行われた大日本帝国とヨーロッパ合衆国の外務大臣による握手の場面は、凄まじいフラッシュの嵐となりテレビカメラも一瞬たりとも逃さずに撮影していた。そして席に着いてからも、暫くはマスコミに公開されていた。まず両外務大臣は当然とも言えるが、外交儀礼的やりとりに終始した。
お互いに史上初の外相会談という事もあり、対話の重要性について語ったのである。気の早く理想論を掲げるマスコミはこれが新世紀冷戦の終結に繋がるとして、1日も早い大日本帝国とヨーロッパ合衆国首脳による直接会談開催を訴えた。そしてそれにより新世紀冷戦終結を宣言するべきだと論陣を張ったのである。
だが大多数のマスコミは現実的であり、国連総会と安全保障理事会での不始末をつける為の直接会談だと理解していた。
そもそも国連総会と安全保障理事会で結論が出ていれば、開催される事が無かった外相会談である。これは新世紀冷戦終結の足掛かりでは無く、ただただ両陣営の落とし前をつける為の会談なのだ。いうなれば面子を守る為のものである。それが分かっていたのか一部マスコミは世紀の茶番劇だと酷評していた。
そのような茶番劇の外交儀礼的やりとりを終えると、マスコミは退出していった。その為に本格的な議論が開始される事になった。
大日本帝国外務大臣は単刀直入に切り出した。ヨーロッパマフィアの関与はどのようになっているのか、証拠を提示したのに何故否定するのか、このまま否定するだけでは逃げ切れない、そのように迫ったのである。そして大日本帝国外務大臣は再び外務官僚に指示を出すと、証拠品を提示した。逮捕したヨーロッパマフィアと対戦車ミサイルランチャー、そして新たに周辺の防犯カメラ映像と偵察衛星からの画像が提示された。偵察衛星からの画像は大日本帝国の誇る『衛星コンステレーション』により撮影されていた。低軌道上に打ち上げられた大量の偵察衛星により、地球上のあらゆる場所が24時間365日精密に撮影されているのである。最新型の超高精度カメラにより地表は鮮明に撮影され大量の偵察衛星による多角的撮影により、宇宙空間からの撮影ながら地表を立体的に映し出せる事を可能としていた。
かつて新世紀日米戦争前にアメリカ合衆国と対立し仮想敵国となってから、大日本帝国はアメリカ合衆国向けの偵察衛星を大量に打ち上げていた。太陽同期軌道をとるように打ち上げ、アメリカ合衆国全土を余すところなく偵察出来るようにした衛生網を構築していた。2時間に1回はアメリカ合衆国全土を偵察できるように軌道を周回するようにしており、その分大量の偵察衛星を必要としていたのである。だが新世紀日米戦争後ヨーロッパ諸国と対立し、ヨーロッパ合衆国が成立すると大日本帝国は前記した『衛星コンステレーション』を構築したのである。
世界中に展開する低軌道上の偵察衛星は大日本帝国空軍の『帝国偵察局』が総合運用を行う。空軍の統合総長直轄組織で、偵察衛星のみならず偵察機の運用も統括している。24時間365日地球上を偵察し詳細な映像を撮影する偵察衛星は、リアルタイムで衛星映像を『帝国偵察局』に送信し続けていた。その為に国防省地下には数万ペタバイトのデータ容量を誇る記録装置があり、最低1ヶ月は地球上あらゆる出来事の偵察映像を保管していた。そして収集した偵察情報は国防省外局の『帝国地理空間情報庁』に回され、詳細に分析される。その情報収集の観点から、I3・国防省国家安全保障局・帝国偵察局は密接に協力している。その保管されていたデータからピンポイントで探し出して、ヨーロッパマフィアが対戦車ミサイルランチャーを発射している所を映し出したのである。
ヨーロッパ合衆国外務大臣はそこまでして捻出した偵察衛星からの映像に内心は、衝撃を受けていたが顔に出ないように抑え込んだ。そして水を一口飲むと、猛然と反論した。そのような映像こそ今の時代捏造は誰にでも行える事、そもそも論としてヨーロッパマフィアと対戦車ミサイルランチャーがあったとしてヨーロッパ合衆国が関与している証拠にはならない事、として極めて強い口調で非難した。
その言葉に大日本帝国外務大臣が反論しようとすると、予想外の人物が口を開いた。ヨーロッパマフィアが口を開き、ヨーロッパ合衆国外務大臣を非難したのである。お前達が余計な事をした為に自分達が大日本帝国に送り込まれた事、そのせいで数多くの仲間達が大日本帝国に殺された事、ヨーロッパマフィアは激しい口調でヨーロッパ合衆国外務大臣を非難した。突然の事に騒然となり、大日本帝国外務大臣とヨーロッパ合衆国外務大臣は驚いた。すぐにヨーロッパマフィアは制止され、別室に連れて行かれた。
状況が騒がしくなった為に、カナダ大統領は休憩を提案した。それを両外務大臣は受け入れた為に、外相会談は休憩となった。




