亜細亜条約機構緊急総会
2048年1月31日。叶総理の要請により亜細亜条約機構緊急総会が開催された。この緊急総会には亜細亜条約機構加盟国の全首脳陣が出席した。ヨーロッパの統合とGDPの発展によりヨーロッパ合衆国は世界のGDPの3割を占める事になったが、亜細亜条約機構は未だにGDPに於いて世界の半分を占めていた。大日本帝国・ロシア連邦・中華連邦・インド・アメリカ西岸連邦が亜細亜条約機構に於いて、GDPが高い国でありそれ以外の加盟国も順調に経済成長は遂げていた。そして約20年以上前の宇宙開発競争の頃から、名実共に大日本帝国主導が明確にされてきた。亜細亜条約機構設立から新世紀日米戦争までも大日本帝国は主導権を握ってきたが、それはアメリカ合衆国に対抗する必要から発揮された盟主の立場であった。だがそれもヨーロッパ諸国の統合というアメリカ合衆国以上に強大な国家が成立したとなると、それに単独で対抗出来る大日本帝国に亜細亜条約機構加盟国は付き従う事を決定するに至った。その為に大日本帝国の盟主としての立場は、亜細亜条約機構加盟国の総意により確固たる地位になっていたのである。
そして新世紀日米戦争終結以後、大日本帝国の提案により年1回の合同軍事演習が行われる事になった。亜細亜条約第2条の適用を想定して、再び各国が軍を派遣した時に備えての演習であった。アメリカ合衆国の崩壊とヨーロッパ合衆国成立により、大日本帝国主催の合同軍事演習は世界最大規模の多国籍軍事演習となった。合同軍事演習は亜細亜条約機構加盟国全てが参加する事になり、ブータンやブルネイ等の弱小国も部隊を派遣していた。演習は海軍と空軍は西太平洋の南洋府(旧ミクロネシア)で行われ、海軍はトラック鎮守府に、空軍はトラック空軍基地に集結する事になった。海兵隊を保有する国々は同じく、トラック鎮守府に派遣する事になっていた。陸軍の演習はアメリカ西岸連邦ワシントン州にある、『ヤキマ演習場』で行われていた。世界最大規模の軍事演習はヨーロッパ合衆国との新冷戦に於ける象徴のようになり、ヨーロッパ合衆国も対抗して軍事演習を繰り返していた。
その盟主の大日本帝国の要請により開催された緊急総会で、叶総理は亜細亜条約機構に蔓延する麻薬犯罪への対策を声高に訴えた。そして神戸組から入手した映像によりヨーロッパマフィアが、麻薬密売に関与している事も発表した。驚く亜細亜条約機構加盟国首脳陣に叶総理は、この事態を『麻薬戦争』だと宣言し徹底的に取り締まる事を宣言し、亜細亜条約機構が一致団結して対処する事を提案したのである。
叶総理が亜細亜条約機構緊急総会に参加しているのと同時刻、大日本帝国兵庫県神戸市の神戸組総本部では緊急幹部会が開かれていた。
『2048年の麻薬犯罪取り締まり強化の時点で神戸組の勢力は1080団体以上、30万人以上にまで発展していた。大日本帝国のヤクザは神戸組が70パーセントを占める事になり、その巨大な組織は世界有数の規模にまでなっていた。神戸組のシノギには主に港湾荷役・風俗運営・カジノ運営・芸能事務所経営・土建企業経営等により収益は年間約30兆円以上とも言われており、ヨーロッパマフィアに次ぐ規模を誇っていた。その資金力から神戸組の組織としての体制は盤石で、しかも警察からのある意味で公認ともいえる裏社会での暗躍がある為に、対立組織は神戸組に抗争を仕掛ける事は無くなっていた。だが神戸組としても基本的には直参組長を増やしての傘下組織拡大という方針を採っており、かつての対立抗争を経ての組織拡大は行っていなかった為に、安定期に入っていた。対立組織は自らのシノギを行うだけであり、神戸組は警察からの依頼を行いつつシノギを行っていた。だがそれもとある事態により、壮絶な抗争に発展する事になってしまった。』
広瀬直美著
『新世紀最終戦争外伝〜麻薬戦争〜』より一部抜粋
緊急幹部会には直参組長が全員集まっていた。大日本帝国最大のヤクザ組織の幹部会である為に、その規模は凄まじいものであった。兵庫県警も万が一に備えて機動隊が出動する程であり、総本部周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。そんな中で神戸組ナンバー4の本部長による議事進行で始まった緊急幹部会は当然ながら、警察から要請された麻薬犯罪取り締まりに関する内容であった。既に相手がヨーロッパマフィアと神戸組の対立組織である事は分かっており、麻薬犯罪取り締まりは神戸組にとっても最優先事項になっていた。特に神戸組は中興の祖である三代目組長が制定した『綱領』があり5か条の綱領前文には、『神戸組は侠道精神に則り国家社会の興隆に貢献せんことを期す。』と明記してあった。そしてその綱領の存在こそが麻薬追放国土浄化連盟を結成し、麻薬撲滅決起集会を開催し、警察と共闘する最大の理由だと言われている。
その緊急幹部会が行われている神戸組総本部に、突如として自爆ドローンが突入してきた。異変に気付いた兵庫県警により3機が阻止されたが、2機が神戸組総本部に突入し自爆してしまったのであった。




