世界の受け止め
ヨーロッパ合衆国イギリス州での離脱運動は、世界に衝撃を与えた。中東アフリカ地域でのレジスタンス蜂起も衝撃を与えたが、その衝撃が収まらない内に更なる衝撃が訪れた。まさかの事態であった。万全と思われていたヨーロッパ合衆国で、離脱運動の発生である。この事態にはただ驚くしか無かった。イギリス州州都ロンドンの離脱運動は早くもイギリス州全体に拡大する動きを見せており、SNSも活用した離脱運動はヨーロッパ合衆国を慌てさせた。だが当然ながら慌てるのはヨーロッパ合衆国のみであり、世界は驚きながらも事態の流れを静観するのみであった。
そしてそれは絶好の機会と受け取ったのである。何せロシア戦線とイラン戦線での膠着状態により、徴兵制を復活させて兵力を確保しようとしている最中の事態であったからだ。その為にこの離脱運動の発生は大日本帝国の策略ではないのかと判断した。その判断は大日本帝国からの情報提供により裏付けが取れる形となった。大日本帝国は亜細亜条約機構以下対ヨーロッパ合衆国大同盟参加国に、イギリス州での離脱運動発生後に情報提供を行ったのである。
その情報提供の内容は大日本帝国はI3を動員してヨーロッパ合衆国の旧王国州にて、王族に対する不当なる扱いへの不満が高まっているのを掴んだ事。それによりヨーロッパ合衆国の旧王国州と旧共和国州の対立関係を利用して、王族の不当なる扱い解消を目指してヨーロッパ合衆国からの離脱運動を支援する事。それを本格的に後押しする事が出来れば、ヨーロッパ合衆国を瓦解させる事に繋がり、更に旧王国の州に波及させる事に成功すれば第三次世界大戦は長期戦にならずに済むかもしれない事。以上の観点から大日本帝国はI3を動員しての大規模な離脱運動を展開させたと情報提供したのである。
そして各国の考え通りこれを利用しての兵力不足解消を行い、予備兵力確保を優先するように大日本帝国は要請した。イギリス州での離脱運動は支援するが成功する保証も無い為に、時間稼ぎとしてが主たる目標として離脱に成功すれば儲けもの、というのが大日本帝国の本音だった。だが何もしないよりは効果的であるとして、各国も大日本帝国の方針に賛同しヨーロッパ合衆国の瓦解を狙う離脱運動は大々的に進められる事になったのである。