新たなる危機
大日本帝国の建設した月面基地は、今や拡大に次ぐ拡大を遂げていた。2034年に完成した時には100メートル四方の基地であったが、15年が経過した2049年現在は10キロメートル四方に及び、もはや基地というより都市といえる規模にまでなっていたのである。中心地には拠点といえるタワーを建設しており、基地内部は月面移動を容易にする為に道路やリニアモーターカーまで敷設されていた。
月面基地建設と維持に辺り、最大の問題点は重力であった。月は地球に比べて重力が6分の1となっており、特に注意するべき事項として健康への影響が挙げられていた。長期間月面に滞在すると地球に比べて重力が弱い為に、骨や筋肉に影響する事が月面基地建設の頃から指摘されていたのである。その為にIAXAは月面基地への最長滞在期間を3ヶ月として期日が来れば、即座に地球に帰還する方針を示していた。しかも帰還してから再度月面基地に行くには半年間の地球生活を経てから、という基準も設ける事にしており安全策を優先していた。
だが月面基地の最長滞在期間が3ヶ月だけなのは、各種研究や調査の一貫性が損なわれている事にもなり、IAXAは何とか滞在期間の延長が可能かどうか一部の人物に半年間の滞在実験を行ってもらった。しかしその結果当初の指摘通り骨や筋肉に影響が見られ、人体構造への負担が著しく高いとしてやはり3ヶ月の滞在期間は維持される事になった。現在はIAXAは国内企業数社と共に根本的対策として重力装置の開発を行っている。これにより人工的に地球と同じ重力を作り出し、SF映画のように月であろうと宇宙船内であろうと普通に歩行が可能になるのを目標としていた。
最初に異変を察知したのは、月分割地点に設置していた監視カメラであった。2038年9月3日の『月平和開発条約』締結にて大日本帝国が月の北半球側に、ヨーロッパ合衆国が月の南半球側に、月面基地をそれぞれ建設していた為に月の赤道上で分割し南北をそれぞれの境界とする事になったのである。その後両国は月の赤道上を地球に於ける、『非武装地帯』としており、構造物の建設や申告無しでの侵入を禁止する事にしていた。月をそれぞれの領土でも無く軍事力を配備しないのは、1967年発効の『宇宙条約』が理由でありそれを大日本帝国もヨーロッパ合衆国も遵守している筈であった。
大日本帝国は将来的に太陽系全域に進出するなら相応の軍事力は必要になると思っていたが、現状の月までの進出なら地球上での対立を持ち込む必要は無い、と考えていた。その結果として月面基地には治安維持としての陸軍憲兵隊は駐留していたが、その武装は地球上とは違い42式自動小銃と44式自動拳銃だけであった。陸軍憲兵隊月面派遣部隊が月面基地の治安維持を行っており、月分割地点の監視カメラも運用していた。その監視カメラに明らかに申告されていない日時に、大量の月面車が映っていたのである。
画面を見た担当者は何時もの事かと思い、日常業務的に上官へと報告を行った。月分割地点にはサンプルとして採取すべき地点が数多くあり、侵入の申告は数日前や忘れていた場合は当時遠慮がちに舞い込む事があった。大日本帝国とヨーロッパ合衆国双方共に、その事態は多々ある為に担当者も特に危機感は抱かなかった。報告を受けた士官も何時もの事かと思いながら確認してみたが、今日は一切申告が行われていないのに気付いた。慌てて警備室に駆け込んだ士官は、担当者にヨーロッパ合衆国の月面車が大挙として月分割地点を超えて大日本帝国側に侵入したのを伝えたのである。
その報告を受けて士官は陸軍憲兵隊月面派遣部隊司令部と、月面基地中心地のタワーに報告を入れた。地球上での戦争が月にまで波及した瞬間であった。