束の間の静寂
2049年1月23日。3日前にヨーロッパ合衆国軍は突如としてロシア戦線への侵攻を中断した。
『それは唐突な中断であったのである。それまで激しい戦闘が続いていたロシア戦線は、2049年1月20日の午後9時に静寂が訪れた。攻撃を中断して撤退するヨーロッパ合衆国陸軍に、亜細亜条約機構軍は歓声をあげた。持久戦の成果が表れたのである。大日本帝国陸軍が担当するロシア戦線では前線に展開する48式二足歩行戦車鋼龍の、怪獣王の咆哮をアレンジした声が響き渡っていた。ヨーロッパ合衆国軍に出血を強いる持久戦は見事に成功した。
司令部では総司令官が状況報告を受けると、殊の外喜んでいた。そのまま大日本帝国本土の国防省にも報告を行い、暫く続いたヨーロッパ合衆国による侵攻をようやく終わらせる事が出来たと、国防省も喜んでいた。しかしこれは戦争の一瞬の静寂でしかないのも事実であった。
ヨーロッパ合衆国と対ヨーロッパ合衆国大同盟による第三次世界大戦は、今や世界的な規模で繰り広げられる人類史上最大の戦争になっていた。今回のヨーロッパ合衆国の侵攻が中断されたのも、兵力不足である事は分かり切っていた。本来ならこの絶好の機会に逆侵攻を行うのが常套手段であるのだが、兵力不足はこちらも同じでありしかもその兵力不足を補う為に、徴兵制を復活させ全くの新兵を訓練する事から行っているのである。ヨーロッパ合衆国は人造人間の大量生産、亜細亜条約機構は徴兵制による訓練で兵力不足を解消しない限りは、どちらも戦いを続ける事は難しくなっていた。
その為に大日本帝国本土へ報告を終えた総司令官は、司令部で状況を取材していた私を見付けるとこう言ってくれたのである。「ヨーロッパ合衆国が何か無茶な事をしない限りは、最低でも3ヶ月は何も起こらない筈です。3ヶ月は新兵の前期訓練期間なので、軍人として最低限の訓練に必要な期間です。この間は徴兵制で徴兵した新兵を徹底的に訓練する期間として、何が何でも必要な期間になります。欲を言えば更に3ヶ月間の後期訓練期間で、各部隊配属の専門訓練を行いたい所ですが半年にもなりますからね。戦争全体の進捗としては早い段階での動きも求められます。難しい所ですね。」
その意見に私は深く同意した。兵力不足で徴兵制を復活させ、頭数は揃えても訓練期間が絶対的に必要であった。何せ全くの素人を軍人にするのである。これは普段の志願者に対してもいえるが、訓練を経て漸く軍人になるのだ。
平時ならある程度時間が掛かっても問題は無いが、今や戦時である。時間経過は敵に利する事にも繋がるのだ。しかしだからといって訓練期間が短ければ、新兵の練度不足による被害を拡大させるばかりである。国防省や政府にとっては難しい判断を迫られる事になった。私も総司令官と同じで今後3ヶ月は何も無いと思っていた。
しかしヨーロッパ合衆国は驚くべき事を計画していたのである。』
広瀬直美著
『新世紀最終戦争』より一部抜粋