緊急事態
ロシア戦線でヨーロッパ合衆国軍による突破戦が開始された事は、大日本帝国本土にも即座に伝えられた。報告を受けて叶総理は午後5時に大日本帝国帝都東京首相官邸地下の危機管理センターにて、緊急対策会議を招集した。現地では既にヨーロッパ合衆国軍による攻撃から30分近くは経過しており、大日本帝国陸軍ロシア派遣陸軍総司令官の命令により全面的迎撃が行われていた。
危機管理センターではロシア派遣陸軍司令部とのデータリンクが行われ、総司令官がホログラムにて対策会議に参加していた。危機管理センターの大型モニターには空軍の偵察衛星による映像のみならず、現場部隊からの映像が映し出されていたが叶総理は、総司令官に直接状況説明を求めたのである。映像よりも実際に現場にいる総司令官直々に説明を受ける方が、状況は分かりやすいという判断の下であった。
尋ねられた総司令官は現状について端的に説明を行った。ヨーロッパ合衆国軍側へ斥候として派遣した部隊が待ち伏せにより壊滅し、その生き残りが命からがら防衛線兼地雷原を駆け抜けて来た事。それは自分自身でたまたま視察に行っていた為に、その状況に出くわし兵士を支援する為に攻撃を命令した事。何とか兵士は3式歩兵戦闘車に乗せて後送した事。前線ではヨーロッパ合衆国軍側も反撃を行って来た為に、45式戦車のみならず、44式自走185ミリ超電磁砲・4式185ミリ機動砲・43式自走多連装ロケット砲・46式戦闘ティルトジェットまで投入して双方にて激しい攻撃が展開された事。事態の悪化により状況把握を行う為に司令部に戻ったが、前線のみならず他の同盟諸国の前線、つまりはロシア戦線全体に於いてヨーロッパ合衆国軍は攻撃を開始した事。以上が現在に至る状況の全てであると総司令官は報告したのである。
事態は深刻であると判断した叶総理は、まずは斥候の兵士が回復次第に事情を聞くべきなのでは無いかと語った。どのような情報を入手したのか、何故待ち伏せにあったのか聞くべき事は多い筈であった。だが叶総理の言葉に総司令官は、それが不可能だと答えたのである。それは即ち医療措置の甲斐なく兵士が死亡したとの事であり、危機管理センターは沈黙に包まれた。
しかし理由が分からないとはいえ、現にロシア戦線全体でヨーロッパ合衆国軍による攻撃侵攻が行われているのは、動かざる事実であった。陸軍参謀総長は徹底した迎撃による持久戦を進言したのである。まだ前線に投入していない48式二足歩行戦車鋼龍や空軍の支援により、何としてでも戦線を食い止めないといけないからであった。それは叶総理としても反対する理由は無く、総司令官も同意見であった。だが叶総理はふとした疑問も口にした。イラン戦線はどうなっているのか。これには国防大臣が答えたが、イラン戦線は全く動きが無く前線にて双方の睨み合いが続いているとの事であった。
これを聞いた叶総理は更に疑問を口にし、最近のヨーロッパ合衆国の動向についてI3長官に尋ねた。昨年11月に行われたイラン戦線での攻勢以来、ヨーロッパ合衆国は我が国への大陸間弾道ミサイル攻撃や戦略爆撃、そしてシーレーンに対する通商破壊戦で明らかに後方兵站体制の破壊混乱を狙っていた事。それは即ち我が国や亜細亜条約機構加盟、そして対ヨーロッパ合衆国大同盟に参加する国々が徴兵制による兵員確保を阻害しようとの目的があったのは明白である事。そしてその間にヨーロッパ合衆国は人造人間の生産体制を整えて、自分達の兵員確保を成し遂げようとした事。それは諜報員による報告でも判明しており各種情報と資源の流れを突き詰めると、人造人間の生産体制が明らかに強化されている事。しかしそうなったとしてもこれ程の短期間で人造人間の大量生産は可能では無い為に、今回のロシア戦線への攻撃は侵攻と見せ掛けての生産体制の構築による時間稼ぎでは無いか、そうI3長官は語った。それは新たな可能性であった。確かにロシア戦線全体で侵攻は行われているが、それが全面的なものかと言えばそうでは無い、そう総司令官は現場の人間として意見した。
陸軍参謀総長もその意見を補足し、ロシア戦線全体で攻撃は確かに行われているが侵攻として見た場合は、大日本帝国やインドの前線のみであり他は少し前進しての攻撃に終始しているとの事であった。それを聞いた叶総理は陸軍参謀総長が語った徹底した持久戦を行う事を決定した。総司令官には陸軍空軍の戦力を用いて何としてもヨーロッパ合衆国軍による攻撃を食い止めるように命令したが、間違ってもこちらからの侵攻は行わないように厳命した。大日本帝国本土に残置した20個師団を除く現役師団180個全てがロシア戦線に展開し、予備役師団200個は全てイラン戦線に展開している為に予備兵力は現状では全く存在しなかった。選抜徴兵制が施行され徴兵は行われているが、訓練すら始まっていない為に戦力化は先の事であった。
その事は総司令官も十二分に承知していた為に、徹底した持久戦を行う事を復唱したのである。