対応策
国防大臣の通商破壊戦の可能性があるとの意見に、叶総理は大型コンテナ船旭日はヨーロッパ合衆国海軍の攻撃型原子力潜水艦に沈められたのかと尋ねた。国防大臣は自分が答えるよりも専門に語ってもらう方が良いとして、海軍軍令部総長を指名した。突然の指名だったが説明を行う為に、海軍軍令部総長は立ち上がり大型モニターの前に立った。
軍令部総長は今回の大型コンテナ船旭日の消息不明が、ヨーロッパ合衆国海軍の攻撃型原子力潜水艦による攻撃と考えると説明がつくと語った。そして攻撃型原子力潜水艦が艦船を攻撃するのは2つ方法があり、巡航ミサイルか魚雷である。
攻撃型原子力潜水艦のVLSから巡航ミサイルを発射しその速度と威力から大型コンテナ船などひとたまりもないが、費用対効果の点から考えるといきなり巡航ミサイルをぶっ放すとは考えにくい事でもあった。それに幾ら極超音速で飛んで来るとはいえ、飛来して来たら発見出来何かしらの連絡がされる筈だと、軍令部総長は語ったのである。その為に攻撃として一番可能性が高いのが、魚雷によるものであった。
水中からの爆発が一番効果的であり、艦船の竜骨を破壊して構造ごと破壊し尽くす事が可能であった。その為に大型コンテナ船旭日が消息を絶った理由は、ヨーロッパ合衆国海軍の攻撃型原子力潜水艦の雷撃を受けて魚雷の水中爆発で竜骨ごと船体が破壊され、何の救難信号を出す時間も無く瞬時に沈没したと推測された。そう海軍軍令部総長は説明したのである。
まさに最悪の事態であった。だが天候に異変は無かった為に、考えられる事態はそれしか無かった。連合艦隊機動打撃群がインドに出払っている現状を狙っての通商破壊戦であった。タイミングとしてはこれ以上のタイミングは無かった。軍令部総長から説明を聞いた叶総理は、対応策について尋ねた。
軍令部総長は大型モニターに映像を流しレーザーポインターで示しながら説明を始めた。対応策としては各鎮守府に配備している海防艦と哨戒艦、そして領海警備用の攻撃型原子力潜水艦海神級を用いて対潜戦を行うという内容であった。それにはもちろん空軍の対潜哨戒機も協力してもらうと語り、空軍統合総長も賛同の意を表しながら大きく頷いていた。
大東亜戦争敗戦後復活を遂げた海軍連合艦隊は、アメリカ合衆国海軍によって行われた通商破壊戦の反省をし、対潜戦にも力を入れていた。特に1982年頃から外洋に伸びる『シーレーン1000海里防衛構想』を策定するなど、大日本帝国はシーレーン防衛のあり方を常に研究課題としていた。その真価が発揮されるべきだが、今回はヨーロッパ合衆国海軍に先手を取られてしまった。
叶総理は軍令部総長の対応策を聞くと無条件で全面的な賛成を行い、早急な対潜戦の実施を命じた。そして財務大臣に対して今回の大型コンテナ船旭日の被害は政府が補償するとして、建造費相当を帝国商船に支払うように命じた。帝国商船社長には早急に被害額を算出して財務省に請求するように語ったのである。
叶総理はこの通商破壊戦が即座に沈静化するのを祈るしか無かった。
『大日本帝国帝都東京首相官邸地下の危機管理センターでデータリンクをしてまで行われた対策会議であったが、被害はその後も続出したのである。対策会議を行った当日の2048年12月6日午前8時18分には日本郵船のタンカーがハワイ府の南西180キロ海域で沈没し、午後4時34分には帝国商船のタンカーが沖縄県の西230キロ海域で沈没した。更に翌7日には亜細亜条約機構加盟国の商船も攻撃を受けて沈没した。この事態に叶総理は予想以上にヨーロッパ合衆国海軍は大量の攻撃型原子力潜水艦を派遣しているとして、対応策の更なる強化を命じた。それを受けて各鎮守府に配備されている海防艦と哨戒艦の数が多い事から、半数を船団護衛として運用する事になった。
そして戦争全体のスケジュールが遅れるのを覚悟で、インドで補給整備を行っていた海軍連合艦隊機動打撃群を全て引き揚げる事を決定したのである。亜細亜条約機構海軍は未だに修理中であり、現有戦力では唯一稼働出来るのが大日本帝国海軍連合艦隊機動打撃群であった。
それを引き揚げるという事は戦争全体のスケジュールが遅れてしまう可能性もあるが、聖域の筈の太平洋で通商破壊戦が発生した以上は対策を行うのが急務であった。それに亜細亜条約機構加盟国はその海軍戦力が修理中であり、大日本帝国が対潜戦を肩代わりしなければ亜細亜条約機構の結束にも関わる問題であったのだ。
その為に叶総理の決断で連合艦隊機動打撃群引き揚げが決まったが、ロシア戦線とイラン戦線が現状では膠着状態である為に戦争全体のスケジュールは変わらないという意見もあった。その為に叶総理はある種の賭けながら、引き揚げるという決断を下した。後方での混乱が前線に影響するのを避ける為であった。
そして大日本帝国は海軍と空軍の全力を挙げて、ヨーロッパ合衆国海軍の攻撃型原子力潜水艦狩りを行う事になったのである。』
広瀬直美著
『新世紀最終戦争』より一部抜粋