第一章〜未来からの使者
紀平のの眼の前、数メートルの位置に猛スピードで迫っていたのは、『ジテンシャ』であった。
それも、トライシクルと呼ぶのだったか、いかにも衝突した時の威力のありそうな、巨大な三輪タイプの『ジテンシャ』なのであった。
紀平は、咄嗟に、『ジテンシャ』の運転手の表情を読み取ろうとしたが、停まろうという意志は、微塵も感じられはしなかった。
それどころか、避けなければ避けない方が悪いのだぞと言わんばかりの横柄な顔をしているように見えた。
『ジテンシャ』を運転していたのは、スキンヘッドの体躯が大柄な男であった。今どき流行らないグレイのスーツにネクタイといった(い)で立ちだ。
一瞬にしてそれだけの情報を紀平は読み取っていた。そして、さらに残りの一瞬で毒づいた。
━━自動車だってこんな狭い路地をその猛スピードで飛び出すことはしないぜ!
その時、トライシクルは、紀平の鼻っ面の先、三メートル程には接近していた。
紀平は恐怖に、ふらっとよろめき掛けた。それでようやく、なのか、スーツ男はブレーキを掛けようと思ったのかもしれなかった。
キイイイ!という不快な轟音が当たりに響いた。
━━ブレーキが効いてないぜ!ブレーキ整備しやがれ!
紀平が心の中でそう叫びながら、なんとか身を翻して、トライシクルの巨体を躱そうと足の裏を鳴らしたときであった。
なんと、『ジテンシャ』は、紀平の跳ぶのと同じ方向にハンドルを切ってきたのである。
「なにしてんだてめえっ。邪魔(じゃま、)だどけ!」
『グレイ・スーツスキンヘッド男』が、怒鳴るのがすぐ耳元で聴こえたような気がした。
━━もう遅いか。避けられはしないか。
諦めて衝突されるのを覚悟して、身を丸めて耐ショック姿勢を取ろうとしたその時、であった。
「待て!スパークリング!」
男の声が響いたのであった。
それが、『グレイ・スーツスキンヘッドトライシクル男』のものとはまったく別の声であることにはすぐにわかった。