目立ちたくない侯爵令嬢は完全擬態を目指したい
私はサリンガム王国コーニッシュ侯爵が三女、エマ・コーニッシュと申します。
我がコーニッシュ家はサリンガム王国建国当初から続く由緒正しい侯爵家でございますが、由緒だけが取り柄の単なる弱小家門でございます。
コーニッシュ家の極小領地では、基幹産業が畜産業、王都にお肉やミルクを出荷して生計を立てております。
大した名物もないため、王都からそんなに離れていないにも関わらず、家族以外は誰も訪れるのことない領地でございます。
コーニッシュ家には娘が4人、息子が1人おりまして、私は上から3番目の真ん中っ子として生を受けました。
20歳と18歳の姉はそれぞれ条件の良い婚約もまとまり、あとは他家に嫁ぐのを待つばかりでございます。
14歳の弟は後継者として、12歳の妹は末っ子として家族からそれはそれは大切にされております。
◇
さて、私が今どこにいるかと申しますと。
王城の庭園で開かれている王妃様主催のお茶会に参加をしております。
私も16歳になりまして、今年は社交界デビューの年でございます。
本日は、今年デビューを迎える貴族の令息・令嬢を集めた顔合わせのためのお茶会というわけです。
同年代の令息・令嬢が集まっていることもあり、お茶会は大変盛り上がっているようでございます。
はい、他人事でございます。
私は今、会場の端のテーブルに腰掛けて優雅に紅茶をいただいております…………1人で。
今日のために誂えた緑のドレスを身に纏い、髪にはバラの生花をあしらった佇まいで、バラ園の前に腰掛けております。
はい、擬態でございます。
私は今、完全に植木と化しております。
なぜこのようなことになっているかと申しますと、これを狙って敢えてこのような格好をしてきたのでございます。
自慢ではございませんが、私の領地は大変長閑なところでございます。
そのため、今まで他の貴族との交流もなくこの歳になってしまいました。
ええ、ええ。他の貴族様が怖いのでございます。
先に嫁ぎます姉が言うには、茶会はテーブルの下の足の蹴り合いだ、と。
正直申しまして、そんなのに巻き込まれるのは真っ平ごめんでございます。
私もそろそろ結婚を考える年齢になったとはいえ、コーニッシュ家には良縁に恵まれた姉が2人もおり、立派な後継者もおります。
姉2人は家族の贔屓目に見ても器量が良く、人柄も素晴らしゅうございます。
いずれも格上の家門の後継様に見そめられ、婚約の運びとなりました。
それに引き換え私は茶色の髪に茶色の目、特段褒められるような長所もなく、良縁も見込めない残念な娘です。
私1人嫁に行きそびれたところで実家には大したダメージにはならないので、ゆくゆくは家を出て領地で平民として生きるつもりでおります。
そんなこんなで結婚相手を慌てて探す必要もなく、華やかなお茶会を横目に、1人優雅に紅茶をいただいているのでございます。
◇
茶会が進み、そろそろ人間観察に飽きてきた頃。
バラ園に溶け込むために伸ばした背中に疲労を感じてぐーっと背伸びをしておりますと、
「ははは。楽しんでる?」
急に声が聞こえて、慌てて声の方を見ました。
すると、私の隣の席に見覚えのない男性が座っています。
「えっ!!?」
いつの間に座っていたの??
驚きのあまり、声がひっくり返ってしまいました。
いつの間にか隣に座っていたのは眩しいほどのオレンジ色の髪の毛に、太陽のような黄色の瞳の男性です。
身なりからして、お茶会に招待されたご令息でしょうか。
「は、はい。それなりに…」
まさかこの高度な擬態を見破られるとは思わず、ドギマギしてしまいます。
擬態が見つかるほど恥ずかしいことはありません…。
「風景に馴染む、素敵なドレスだね?」
これは褒められているのか、揶揄われているのか、どちらなのでしょうか!?
意図を探ろうと男性のお顔を見ますが、その笑顔からは裏があるのかないのかさっぱり読めません。
「あ、ありがとうございます…」
羞恥のあまり最後は消え入りそうな声で御礼を申します。
「面白い子だね。名前教えてくれる?」
!?!?
今の会話のどこに面白い要素がありましたか!?
私は都会の貴族様とはやはり仲良くできないようです。
「エマ・コーニッシュと申します」
「ああ、コーニッシュ侯爵の…。僕は、ユーリだよ」
あのー、姓は?
姓は普通名乗らないものなのでしょうか?
何だかニコニコしてらっしゃるし、深く聞ける雰囲気でもありませんね…。
「ユーリ様…」
「うん」
うわぁ…。すごくニコニコしてらっしゃる。
会話が途切れたのに席を立たれないし、この何とも言えない間…どうしたらいいのかしら?
もしかして私が席を立つのを待ってらっしゃる?
この植木ドレスで別の場所へ行くのはちょっと勇気がいりますね…。
私に構わず、他のところに行っていただけないでしょうか。
「ところで、他の子達とは交流しないの?」
それ、こっちのセリフー!!
ああ、いけない。ツッコミが喉から出かかってしまいました。
「え、ええ。人見知りなもので」
私は目線で『あっち行け』アピールをいたします。
「ふーん、そっか。また次も会えると良いね。それじゃあね!」
目線を読んでくださった!?
爽やかに去って行かれました。
しかし危なかったですね。
あんな派手な容姿の方に近づかれたら、せっかく擬態した意味がありません。
彼があまり長居しなかったおかげで、何とかバレずに茶会を終えることができました。
◇
夜会デビューの日、私は父のエスコートで王城の舞踏会場へ参りました。
舞踏会場の壁はクリーム色だと伺いましたので、気合を入れてクリーム色のドレスを用意いたしました。
今日こそは完全擬態を目指します!
国王陛下へのご挨拶や、ファーストダンスを終えて壁の花になってはや半刻。
擬態成功です…!
舞踏会場の壁は期待通りのお色味で、私のドレスとぴったりマッチしております。
給仕の方も素通りするほどの馴染みっぷりです。
今日も1人でシャンパンを嗜んでおりましたところ、何やら前方に人集りができているのが目に入りました。
ここからはっきりとは見えませんが、人集りの中心には、背の高い男性が立っておられるようです。
「あれは第一王子だよ」
突然横から声がして、驚いて「ヒェッ」と間抜けな声が出てしまいました。
「やあ!久しぶり、また会ったね」
そこには見覚えのあるオレンジ髪で黄色い瞳の男性が立っておりました。
「ユーリ様…」
今日のユーリ様は王城の夜会に相応しい煌びやかな格好をしております。
輝きすぎて、目が潰れそうです。
「今日もエマ嬢は見事に会場に合うドレスを着ているね」
また褒められてるのか貶されてるのか分からない社交辞令です。
「ユーリ様もその…素敵です」
「ははは。夜会だからって侍従が張り切っちゃって。必要ないのにね」
必要ないとはどういうことでしょう?
もう婚約者がいらっしゃるから着飾る必要がないということでしょうか。
「エマ嬢は王子様には興味ないの?」
ユーリ様が指差す方向を見ますと、さっきの人集りがあります。
「王子様ですか?関わり合いになることは一生ないでしょうね」
王子様が乗られるのは馬。
私が育てるのは牛。
どう考えても交わることはありませんね。
「そんなこと、分からないじゃないか!今だって同じ空間にいるんだし」
えええー。
同じ空間に存在すれど、あちらは王子様で、私は壁。
関わり合いになれという方が無理です。
「いえ、それは有り得ないでしょう」
「はははっ。君、やっぱり面白いなぁ!」
だから、何が!?
この方の『面白い』の基準が分からないのですが。
そんなことよりも。
こんなに派手な方がいつまでも隣にいたら、人が集まってしまうんじゃないかしら?
色合いや服装もそうだけど、令嬢方が好みそうなお顔をしてらっしゃるもの。
「そんなに心配しなくても、ここに人は来ないよ。僕は、他の人には見えないから」
「!?」
思考が読まれてる!?
それよりも、『他の人には見えない』ってどういう意味!?
「あの、それってどういう…」
「あ、もう行かなきゃいけないみたい。ごめんね。また会おう!」
そう言ってユーリ様は足早に去ってしまった。
さっきの言葉…どういう意味かしら…。
他の人に見えないって…。
もしかして…ユーリ様って人ならざるものなのかしら。
◇
今日は2番目のお姉様であるイザベラお姉様の婚約発表パーティーの日。
イザベラお姉様は王妃様の外戚であるクーランド公爵家のご嫡男、ヨセフ様に見そめられ、婚約者に選ばれました。
うちのような弱小家門から公爵夫人が出るなんて、こんなに凄いことはありません。
クーランド公爵家は大きな家門ですから、婚約パーティーも豪華ですね。
王城の夜会並みに人が多いです。
私は今日は発表イベントが終わったら夜の闇に紛れる作戦で、濃紺のドレスを着て参りました。
それにしても、ヨセフ様とイザベラお姉様、お似合いでございますわね。
まさに美男美女、文句のつけようのないカップルでございます。
そんなことを思いながら屋敷の庭で闇に紛れておりますと、トントン、と肩を叩かれます。
「やあ。また会ったね」
振り向くと、そこには笑顔で片手を上げているユーリ様が立っておりました。
「ギャッ!」
「あっはは。『ギャッ』って。酷いな」
だって!ユーリ様は…人ならざるもの…。
「君さ、僕のこと幽霊かなんかだと思ってる?」
「えっ!違うのですか?」
「違うから!」
えー!違うの!?
だって、誰にも見えないって言うから!
ユーリ様はなぜかまた爆笑なさっていますが、何が面白いのでしょう?
「僕はちゃんと人間だから!安心して」
「それならば、『他の人には見えない』とはどういうことなのでしょう?」
「あー、それはね。僕がそういう魔法をかけてるの」
ま、魔法!?
ごく稀に魔法が使える人がいるというのは聞いたことがありますが、実際に使える人に会ったのは初めてです!
「人から見えなくなる魔法、ですか?」
「うーん、正しくは『人として認識できない』魔法かな。認識阻害って言うんだけど」
「あのー、疑問なんですが」
「何だい?」
「なぜ私にはその魔法が効かないのでしょう?」
「そうだねー。それは君が隠れているからじゃないかな?」
隠れているから?
隠れているとなぜ魔法が効かないのかしら。
そもそも隠れているって、私の擬態のこと?
「エマ?そこで何をしているの?」
頭にクエスチョンマークをたくさんつけておりますと、どこからか名前を呼ばれました。
声がする方を見ると、イザベラお姉様が立っておりました。
はっ!こんな暗闇で男性と2人で話していたことがバレてしまったら、お姉様に叱られてしまいます。
慌ててユーリ様に「隠れてください!」とお願いしましたが、ユーリ様はこちらを見てニコニコ笑っております。
「エマ?」
再度イザベラお姉様に名前を呼ばれ、観念して振り向きました。
「お姉様…。私…」
「どうしたの?そんな暗いところに1人で」
「え?」
慌てて横を見ると、ユーリ様は変わらずニコニコしております。
まるでお姉様には、ユーリ様の姿が見えていないようです。
「ね、言ったでしょ」
ユーリ様が嬉しそうに親指を立てております。
「…お庭を見ておりました」
「こんな暗闇でお庭なんか見えないでしょうに…変な子ね。エマ、こちらへいらっしゃい。ヨセフ様に家族を紹介したいの」
ユーリ様の方をチラリと見ると、笑顔で「行ってらっしゃい」と言って手をヒラヒラ振ってらっしゃいます。
私は少し会釈して、黙ってイザベラお姉様の後をついて行きました。
◇
「ヨセフ様。妹のエマです」
「エマ・コーニッシュです」
イザベラお姉様に紹介されましたのでヨセフ様にカーテシーでご挨拶いたしました。
「君がエマか。可愛らしい子だね」
ヨセフ様、お世辞を言う時でも笑顔が素敵な紳士です。
「エマは今年社交デビューしたの。良い結婚相手を探してあげたいのだけれど、ヨセフ様のお知り合いで良い方はいらっしゃらないかしら?」
イザベラお姉様!何という無茶振り!
ヨセフ様が困ってしまいますよ…。
「そうだな。何人か良い候補はいるけど…。エマはどんな人が好みなんだい?」
私の好みなんか重要ですか!?
むしろ、重要なのはお相手の好みでは…!?
しかしヨセフ様に聞かれたことを答えないわけにはいきません。
「そうですね…。健康な方であれば、良いかと思います」
畜産業は体力勝負ですしね。
「ははは。エマは随分無欲なんだね?」
私なんかが選り好みできる立場ではありませんからね。
「じゃあ…ちょっと待って。おーい!キュリオ!」
……え!?紹介って、今!?
ヨセフ様は行動派でいらっしゃいますね。
「キュリオ、この子は僕の婚約者の妹のエマ。今年社交デビューしたらしいんだけど、良くしてあげてくれ。
こちらはキュリオ・エーゼンダール。第二王子の護衛騎士をやっているよ」
「ああ!エマ嬢。よろしく。キュリオ・エーゼンダールです」
「エマ・コーニッシュです…」
キュリオ様、とっても笑顔が爽やかな好青年ではないですか。
何かすいません!紹介されたのがこんなパッとしない小娘で…。
「エマは可愛らしいだろ?キュリオは、確かまだ婚約者いなかったよな?」
「え……ええ。可愛らしいですね…。ぜひ、仲良くさせてください…」
うわー!めちゃくちゃ顔が引き攣っている!
キュリオ様の綺麗なお顔が引き攣っている!
私を褒めるのはそんなに辛かったですか!?
私って社交辞令を言うのも躊躇われるくらいの存在でしょうか。
私の器量の悪さは自覚はしておりますが、あからさまに態度に出されるのは案外ショックなものですね…。
◇
あんなに顔を引き攣らせていたキュリオ様から、なんとパーティーのお誘いをいただきました。
キュリオ様はエーゼンダール侯爵家のご嫡男で、エーゼンダール邸にて内輪のパーティーを開くのでぜひ来てほしい、とのことでした。
内輪のパーティーに、なぜ私が呼ばれるのかしら!?
出会った日に好感触だったのならまだしも、あんなに顔を引き攣らせておられたのに…。
もしかして、私が気付かぬうちに何か粗相をして、その断罪のために呼ばれたのでは…?
色々な考えが頭を巡りますが、ご紹介くださったヨセフ様の手前、断る事は叶いません。
そして、特に大きな問題が。
エーゼンダール邸の壁の色が分からない…!!
壁の色も床の色も分からない以上、擬態することは難しそうです。
そんなこんなで、できるだけ目立たない薄茶色のドレスでパーティーに参加することにしたのでした。
◇
パーティー当日。
内輪のパーティーとはおっしゃいましたが、人はそこそこいらしているようで、さすが名門エーゼンダールのパーティーです。
フロアでは舞踏会が開かれておりますが、会場脇にはテーブルと椅子が置いてあり、食事などもゆっくり楽しめるようになっております。
ちょっと変わった形式のパーティーですね。
「エマ・コーニッシュです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「エマ嬢!今日も可愛らしいですね!よく来てくれました。ゆっくり楽しんでいってくださいね」
キュリオ様にご挨拶に伺いますと、先日とは打って変わって笑顔で返していただきました。
キュリオ様…社交辞令を笑顔で述べる練習でもなさったのでしょうか?
今日はやけにスムーズでしたね。
挨拶を終え早々に壁の花になるべく、できるだけ茶色いところを探します。
木製の柱の前にちょうど良い塩梅に椅子が置いてあるので、今日はそこでしばらく過ごしましょう。
しかしまぁ、エーゼンダール家のお料理はなかなかのものですね!
先日いただいた王宮のお料理にも引けをとりません。
美味しい料理に舌鼓を打っておりますと、何やらテーブルを挟んだ対面から人の気配がします。
「エマ嬢」
そちらの方を見ると、先ほどまで影も形も見えなかったユーリ様がニコニコして座っておられます。
「っ!ユーリ様!」
思わず頬張っていた料理が喉に詰まりそうになりました。
ユーリ様はなぜいつも突然現れるのでしょう?
「………ユーリ様も来ていらしたのですね。キュリオ様とお親しいのですか?」
慌てて食べ物を飲み込んで、平静を取り繕います。
「親しい?親しいのかな?ははっ。そうなのかも!」
ユーリ様は何ともいえない曖昧な回答をされます。
もしかして、そんなに親しくはないのでしょうか?
「今日は招待されていらしたのですよね?お知り合いではいらっしゃるのですね」
今日は内輪のパーティーと聞いております。
といっても、大した交流もない(しかも、どちらかと言えば嫌われている)私が招待されたくらいなので、あまり親しくない方も参加されているのかもしれません。
「招待されたというか…。僕がこのパーティーを開かせたんだ」
!?!?
一体どういうことでしょう?
「パーティーを…?な、なぜ…?」
なぜ?どうやって?色んな疑問が頭を駆け巡ります。
「なぜって?エマ嬢に会いたかったから、かなぁ」
ユーリ様はエヘヘ、と照れていらっしゃいますが、さっぱり意味が分かりません。
私に会いたい?なぜ?
いや、仮に私に会いたかったとしても、ほとんど交流のないキュリオ様にパーティーを開かせるより良い方法がいくらでもあったのでは?
「どうやら僕は君にかなり興味があるらしい」
「興味、でございますか」
「君は、キュリオのことが好きなの?」
「え!?キュリオ様ですか?まぁ…健康そうで素敵だと思います…」
というより、キュリオ様は私のことをお嫌いだと思います。
ユーリ様はなぜか少し不機嫌なように口を尖らせています。
「…僕も健康だよ?自慢じゃないけど、風邪で寝込んだことは人生で一度しかないんだから!」
ユーリ様はフンスと鼻息を吐いて、まるで褒めて欲しい子犬のように目を輝かせております。
「それは、…実に素晴らしいことでございますね!」
何だか褒めないと私が悪いことをしている気分になってしまうので、笑顔で褒め言葉を絞り出しました!
「そうでしょ?言っとくけどキュリオより僕の方が健康だからね!」
ユーリ様はその整ったお顔から溢れそうなほどニコニコと笑みを浮かべています。
なぜ急に、キュリオ様と健康具合を張り合い出したのかは分かりませんが、私の褒め言葉に満足なさったようです。
「ずっと聞きたかったんだけど。エマ嬢は、何でいつも隠れてるの?」
隠れてる…というのは、やはり擬態のことでしょうか。
擬態がバレているというのはこんなに恥ずかしいことなのですね…。
顔が赤くなっているのが自分でも分かります。
「…私は田舎者ですので貴族の社交に慣れないのでございます。ゆくゆくは家を出て平民になるつもりですから、他の子女方と交流をする必要もないのです」
「…平民に?それはダメだ!」
急にユーリ様が大声をお出しになるのでビックリしてしまいました。
周りも驚いているのでは?と辺りを見回しましたが、ユーリ様の声は私以外には聞こえていないようでございます。
「いや、すまない…。なぜ平民に?何かやりたいことでもあるのかい?」
ユーリ様は一瞬すごく興奮なさっていたようですが、すぐに落ち着きを取り戻されたようです。
「私はご覧の通り、器量も悪く特に秀でたこともございません。私を伴侶に求める方もいらっしゃらないでしょう。それならば住み慣れた領地で、平民として生きていこうと思った次第です」
「器量が悪い…?君が?」
ユーリ様は物凄く訝しげな顔をしていらっしゃいます。
もしかして、視力がお悪いのでしょうか。
「はい。…先日キュリオ様に初めてお会いした時も、世辞を言うことも憚られるほど私の容姿に戸惑っておられました」
「…?あー、あれか…。そうか。…そういうことになってしまうのか、クソッ」
何かをブツブツ言いながらユーリ様は黙り込んでしまわれました。
気まずいです。恐ろしく気まずいです。
「…良縁があれば貴族に嫁ぐ可能性もあるの?」
「まあ、そうですね。そんな縁があるとは思えませんが」
ユーリ様はまた何か考え込んでいらっしゃいます。
空気を変えるためにも、ここはひとつ話題を変えましょう。
「ユーリ様!私もひとつお聞きしたいのですが」
私が声をかけると、ユーリ様は顔を上げ「何だい?」と返事されました。
「私に会いたかったとのことでしたが、どうして直接のご招待ではなかったのでしょう?」
キュリオ様と私は一度会っただけの他人同然。
それなのに内輪のパーティーに私を招待しろなど、かなりの無茶振りであったでしょう。
「直接…?うーん…」
ユーリ様はまた何かを考え込まれてしまいました。
私、答えにくい質問をしてしまったでしょうか?
「そろそろ、僕も腹括らなきゃだよねぇ」
顔を上げたユーリ様は何かを決心したように、その太陽の色の瞳に熱量を漲らせています。
「エマ嬢!今度の王宮の茶会に来るよね?」
王宮の茶会…?ああ、確か招待状が来ていた気がします。
王宮のご招待など私のような弱小貴族が断るわけにはいきません。
「そうですね、お断りすることもできませんので」
「そしたら、その日にまた会おう。…その日はとびきり綺麗なエマが見たいな」
ユーリ様はその美しい白い頬を染めて笑っておられます。
『とびきり綺麗な私』というのは、擬態をするなということでしょうか?
◇
王宮の茶会の日。
今日は王城の庭園ではなく、王宮の宴会場で茶会が開催されております。
先日のユーリ様の言葉もあり、今日は擬態をやめて普通に着飾ることにしました。
今日着ているのは、私の凡庸な茶色の髪と瞳に合う、黄色のドレス。
銀糸で丁寧な刺繍が施してある、お気に入りの品です。
今日は擬態はしておりませんが、親しくしている方もおりませんので、いつもの通り端の席に座ります。
すると隣の席に1人のご令嬢が座られ、ニッコリ微笑まれましたので、私もニッコリと微笑み返しました。
「私、アナスタシア・ブルッグスと申します」
アナスタシア様と名乗られたご令嬢は、美しい白金の髪に藤色の瞳がとても美しい女性です。
「エマ・コーニッシュと申します。よろしくお願いいたします」
「まあ。コーニッシュ様と仰いますと、クーランド公爵家のヨセフ様とご婚約なさった…」
「はい。イザベラは姉でございます」
全然似ておりませんよね、分かります。
そんな気持ちをおくびにも出さず、ニコニコしてくださるアナスタシア様は控えめに言って天使です。
「エマ様とお呼びしても?私のこともアナスタシアとお呼びくださいね」
「ええ。もちろんです」
「エマ様、お茶会でお会いするのは初めてでございますね。今まで参加されたことはなかったのですか?」
いえ、参加していたのですが、擬態しておりました。
とはさすがに言えませんね。
「いえ、参加はしたのですが…。お恥ずかしながら慣れないもので、隅の方で目立たなくしておりました」
「まあっ。私もこういう場は苦手なのです!私達、気が合いますね」
アナスタシア様ほどの美貌を以てすれば、社交界で引く手数多でしょう。
私のことを気遣ってご謙遜されるなんて、心のお優しい方ですね。
「ところで…このお茶会。王子殿下方の婚約者選びの茶会だとご存知でした?」
え?それはご存知なかったです。
そう言われて周りを見てみれば、確かに参加者は同じ年代のご令嬢ばかりですね。
「そうなのですね。道理で皆様眩しいくらいに美しくしていらっしゃいます」
「本当ですね。皆様気合いが入っていらっしゃるわ」
うふふふ、とアナスタシア様が笑っておられます。
案外毒舌な方なのかしら?
「そうは言っても、第一王子のカサリオン様はほぼ婚約者が決まってらっしゃると言われていますけれどね」
「あら。そうなのですか?」
「ええ、あちらにいらっしゃるジャクリーヌ・エヴァンズ様ですわ」
アナスタシア様が指差す方を見ると、黒髪に碧眼のこれまた世にも美しい女性が座っていらっしゃいます。
エヴァンズ家は確か、公爵家ですね。
器量も家柄も王家に嫁ぐのに申し分ありません。
「第三王子のジェレミー様はまだ15歳ですからね。すぐすぐには婚約者を決められないかもしれません」
「そうなのですね」
「ただ、あちらにいるヴィオラ・ノイマン様はジェレミー様の婚約者の座を狙っているらしいです。4つも歳上でいらっしゃるのですけどね」
アナスタシア様が指差す方を見ると、青髪に赤橙の瞳の、何とも強者感漂う迫力美人が座っていらっしゃいます。
ノイマン家は銀行事業をしていらして、かなり裕福なのではなかったでしょうか。
「それではこのお茶会は、第二・第三王子の婚約者選び、ということでしょうか?」
私がそう尋ねると、アナスタシア様は微妙な表情を浮かべます。
「第二王子様は…お姿をお見せにならないのですわ」
「…?それはどういう…?」
「公式の場に、全くお出にならないのです。ご病気だとか、顔に傷を負われてるだとか色々言われてはおりますが…。兄が言うには、幼い頃には普通に顔を出されていたそうです」
幼い頃は普通に顔を出されていたということは、顔を出せなくなるきっかけが何かおありになったんでしょうか?
私が考えても詮無いことなのですが。
アナスタシア様と割合に楽しくお話ししていてすっかり忘れていたのですが、先日のパーティーでユーリ様がこの茶会で会おうとおっしゃっていたのです。
でも、この茶会って参加者はご令嬢ばかりなのですよね。
違う茶会の話だったんでしょうか?
そんなことを考えていると、前方よりご令嬢方の黄色い声が聞こえてまいりました。
「何か前方が騒がしいですわね?」
「ああ、王子様方がいらしたのではないですか?」
どうやら、前方席に王子様方がお顔見せにいらしたようです。
後ろの方に座っておられたご令嬢方も、皆興奮した様子で前方へ移動しています。
「エマ様は前の席に行かなくてもよろしいの?」
「いいえ、私は結構です。アナスタシア様は?」
「私も、王子妃には興味ありませんわ」
お互いに顔を見合わせウフフ、と笑って、二人で楽しくお喋りを続けておりました。
ところが。
不意に前方より黄色い声が近づいてきまして、ふと顔を前に向けると、眩しいオレンジ色の髪の男性が歩いてくるのが見えました。
「…?ユーリ様?」
前から歩いてくるのはユーリ様でした。
眩しいオレンジ色の髪と太陽の光のような黄色い瞳、整ったお顔に少し笑みを湛えた口角。
あれは紛うことなくユーリ様です。
しかしいつもと違うのは、歩いているユーリ様を周囲のご令嬢が黄色い声を上げながらチラチラと見ているのです。
ーーー他の人にもユーリ様が見えているのかしら?
不思議に思っていると、ユーリ様は私とアナスタシア様が座っているテーブルの前で足を止めました。
「エマ!今日のドレス…とても似合ってる。綺麗だ」
「はあ、ありがとうございます…」
私達のやり取りは、何故だか物凄く注目されています。
恥ずかしくなって俯きながらアナスタシア様をチラリと見ると、アナスタシア様が口をポカンと開けたままフリーズしております。
美少女のフリーズ姿、だいぶ貴重です。
「…だ、第二王子殿下…?」
不意にアナスタシア様が呟きました。
第二王子殿下?…目の前の方はユーリ様ですよ?
そう言おうと思って前に向き直ると、ユーリ様は何だか神々しい笑みを浮かべていらっしゃいます。
「第二王子のユーリウス・ハイルゲルグだよ。エマ、黙っててごめんね」
え!?
な、な、な、何ておっしゃいましたか!?
ユーリ様が第二王子…??
あまりの予想外の出来事に、思考が追いつきません。
「エマと二人で話しても?」
ユーリ様が胸に手を当てて丁寧にアナスタシア様に尋ねると、アナスタシア様はまるで首振り人形のようにコクコクと首肯して、「失礼いたします」と言って席を立たれました。
アナスタシア様が離れた後、ユーリ様はその席にそっと着席されます。
「エマ…怒ってる?」
「いいえ…。ただ、とても驚いてしまって」
言葉を失う私を見て、ユーリ様はとても心配そうな顔をされています。
「そうだよね。…今日はとても久しぶりに第二王子として衆人の前に出たんだ」
「あの…どうして…」
「いつまでも隠れてるユーリのままじゃなく、ユーリウスとして堂々と君に会いたくなったんだよ」
ユーリ様が何だか泣きそうな表情をされていて、私も訳なく胸が熱くなります。
「第二王子殿下として私に会うというのは…」
『ユーリ様』としてではなく『ユーリウス様』として私に会うことの意味。
私にはその意味の重要性がよく分かりません。
ただお話しするだけならば、『ユーリ様』で十分なはず。
「…エマはさ。良縁があれば結婚を考えるって言ったよね?」
「え、ええ、そう申しました」
その話が今関係ありますでしょうか?
「じゃあさ、その良縁の相手…。僕なんてどう?」
「は…………」
「第二王子と結婚なんて、かなり良縁だと思うけど?」
ユーリ様…ユーリウス様はテーブルに肘を突いてニコニコしながら私の顔を覗き込んでいます。
私は今、どんな顔をしているでしょう?
赤い顔?青い顔?もう自分では分かりません。
「僕は今日、エマに求婚しに来たんだ」
ユーリウス様の爆弾発言の後、遠巻きに私達の様子を窺っていたご令嬢方から悲鳴に近い声が上がります。
私に、求婚?そんなことがあり得るでしょうか?
「あ、あ、あの。どうして私なんでしょうか…」
「ん?うーん。最初はなんで隠れている子がいるんだろう?っていう興味本位だったんだけど」
ユーリウス様は思い出すように目を瞑り、ゆっくり話してくださいます。
「話しかけてみたらとっても可愛らしくて、またすぐに会いたくなった。端的に言えば…、一目惚れ?」
それはあり得ないということは私が一番よく分かっております。
こんな器量も悪い平々凡々な娘に一目惚れなんかするはずがありません。
「一目惚れ…?そんなはずはありません…」
「エマはさ。どうしてそんなに自分に自信がないのかな。君はとっても可愛いよ」
ユーリウス様はそっと席を立って、急に私の横で跪かれました。
王子様が自分の目の前で跪いているというとんでもない状況に慌てふためいていると、ユーリウス様は膝の上で硬く握られた私の右手をそっと取り、手の甲にキスを落とされました。
「エマ・コーニッシュ嬢。私、ユーリウス・ハイルゲルグと結婚してくださいますか?」
…………この状況でお断りできる方はこの世にいらっしゃいますでしょうか?
もしいるとしたら、相当な猛者に違いありません。
「………はい。お受けいたします」
周りを取り囲むご令嬢方の黄色い悲鳴の中、喜びを爆発させたユーリウス様にギュウギュウと抱きしめられながら、緊張で疲れ切った私は早く家に帰って眠りたい、と思うのでした。
◇
それからコーニッシュ家と王家との取り決めで、ユーリウス様とは3ヶ月後に正式に婚約、その1年後に婚姻することとなりました。
婚約までの間にも様々な出来事があったのですが、それはまた別の機会にお話しさせていただきますね。
そういえば後日、キュリオ様とお話しする機会があったのです。
あのクーランド家での婚約パーティーの日のこと。
初対面の私に対して良くない態度を取ったのは、何と私の後ろからユーリウス様がキュリオ様を睨みつけていたからだということが分かりました。
キュリオ様が私に褒め言葉を言うのが気に食わなかったみたいです。
「エマ様を傷つけてしまい、申し訳ありませんでした」と謝ってくださるキュリオ様に、何とも言えない気分になりましたよ。
考えてみたら、キュリオ様にはご迷惑をおかけしっぱなしです。
「エマ、キュリオと何を話していたんだ?」
ユーリウス様が口を尖らせて聞いてきます。
口を尖らせるのは、ユーリウス様に何か不満がある時の癖みたいです。
「キュリオ様は、初対面の時の真相を教えてくださったのですよ」
「ああ。あれか…」
ユーリウス様はバツが悪そうに頭を掻いています。
このヤキモチ妬きの王子様が婚約者を溺愛してデレデレに甘やかすのは、また別のお話。
〜終わり〜
初の短編投稿です!
エマがユーリウスの正式な婚約者になるまでの後日譚も鋭意執筆中(*'▽'*)
ブックマーク・いいね・評価ありがとうございます!
励みになります(^人^)
********
11/6 新連載開始しました!
「義姉と間違えて求婚されました」
https://ncode.syosetu.com/n4350im/