第二話 悪い、やっぱ
毎日小説書いてる人はすごいなと思います。
「悪い、やっぱ辛えわ」
バルカは依頼主の前でそう言う他なかった。
「そんなこと言わずにお願いしますよぉ」
やや媚びたように依頼主の料理人ヴィルはバルカに頼み込んだ。二人の目の前には赤々とした見た目のスープが置かれていた。極上の素材を厳選して作られたヴィル渾身の逸品である。そしてそのことをバルカは十分以上に知っていた。
何を隠そう、くだんの極上の素材を集めたのはほかならぬバルカなのだ。ヴィルは極上のスープを作成するにあたって、危険な地域の素材やモンスターの素材に目を付けた。そうした素材を手に入れるために、ヴィルは依頼を出したのだ。そして艱難辛苦を乗り越えバルカはヴィルの依頼を達成し続けた。その結果、今バルカはヴィルの渾身の一品を前にしているのだ。
──—————しかし
「だが、これはなあ」
目の前のスープを見てバルカは嘆息を漏らした。赤々とした油のその下に薄茶のスープが隠れており、漂う香りは芳醇ながらスープの持つ多大な刺激を隠そうともしない。
そう、ヴィル渾身の逸品は激辛スープだったのだ
「俺は甘党なんだよ」
バルカはヴィルのことを依頼の前から知っていた。国一番のパティシエだと。美食家を自称するバルカはそのヴィルの依頼だからこそ達成し続けたのだ。
依頼書にはこう記されていた。「生涯最高の作品を作るため」と、バルカはごく自然な発想で極上のスイーツを作るためだと思った。
「バルカさん、あなたに食べてほしいんです。ほかならぬあなたに私の最高の品を!」
ヴィルは情熱的に語りかけてくるが、バルカは手に持った──持たされた──スプーンをスープまで持っていくことができなかった。
初めからおかしいとは思っていたのだ。バルカが初めに受けた依頼はドラゴンも悶絶する辛みを持つドラゴンキラーフルーツの採取だった。近づくだけで目からは涙があふれ、鼻をふさがなければずっとむせてしまうほどあたりに辛気とも呼ぶべきものが充満していた。それでもフルーツと名がつくほどだからちゃんとした加工をすれば甘くなるのだろうと、バルカは涙をこらえてドラゴンキラーを回収したのだ。帰り道、ドラゴンどころか虫一匹もよってこないほど辛気をまとったバルカは、しばらく誰ともパーティを組めなかった。娘にも「パパといると涙が止まらない」と距離を置かれた。辛い
「バルカさん、あなただけなんですよ私の求める素材を完ぺきに届け続けてくれたのは」
それもそうである。ヴィルの求める素材は特別危険な場所やモンスターが持つものばかりで、いくら適正な報酬を出そうが、超一流料理人の最高の逸品がふるまわれようが、迂闊に手は出せないものだった。
しかし、バルカはヴィルの料理食べたさに食い意地だけで依頼を達成し続けたのだ。ポイズンドラゴンの猛毒液も、異国の拷問用に栽培された辛子も、溶岩地帯でしか取れない熱気を放つ油も、巨大な牛のような見た目の怪物も倒した。異世界から様々な辛味調味料も手に入れた。どうして気づかなかったのだろう。これらの素材から甘いスイーツが出来上がることはあり得ないのに。
「バルカさん」
ヴィルのウルウルとした瞳がバルカに向けられる。むさくるしいおじさんの瞳を向けられてもうれしくないが、バルカはとうとう覚悟を決めた。想定通りとはいかなかったが、それでも自分が集めた素材で作られた逸品だ。ヴィルとも依頼を通して仲良くなった。食べてみたら案外おいしいかもしれない。
バルカは覚悟を決めて、スープを一匙掬い、口の中に放り込んだ。
「悪い、やっぱ辛えわ」




