第一話 鋼鉄姫の恋
初めまして、旭桜と申します。五、六年前に同じ名義で小説家になろうに小説を投稿していましたが、メールアカウントが使えなくなってしまい。しばらく放置していました。最近になって執筆意欲がわいてきたので、また投稿始めようと思います。
「ねえ、アシュテル、私好きな人ができたの」
「ぶほっ! ……姫、今なんとおっしゃいました?」
早朝、春のさわやかな風が吹き抜ける日に、寝室に主人を起こしに来たアシュテルは自身の仕える姫の起き抜けのことばに思わずむせてしまった。常に真一文字に口を引き締めピンと立って背に剣でも入っているかのようにかしこまった姿勢を貫く彼にとっては非常に珍しいことであった。
姫に好きな「人」ができた?!
彼は姫ことバルンデン領領主の長女フローネ・アイアン・バルンデンが物心つくときから仕えている執事である。そのため、彼女の言っていることが理解できなかった。
好きな人ができた。至極まっとうな台詞に思えるが、早まってはいけない。フローネは特殊なのだ。
「し、しかし姫、人とおっしゃいましたが、|人は鋼鉄ではできておりませんよ《・・・・・・・・・・・・・・》?」
彼女は鋼鉄愛好者なのだ。つまり、フローネは鋼鉄で構成されたものに強い魅力を感じるのだ。
「何よ、私にだって普通に気になる人がいたっていいでしょ?」
「姫、そうはおっしゃっても、これまで普通の人間に興味をひかれたことはなかったではありませんか!」
フローネは思わず眉根を寄せた、寝覚めに信頼している執事に秘密を打ち明けたのだが、必要以上に大声を張り上げたので頭に響いてしまったのだ。
「じゃあ、会いに行く?」
「え、ええ会わせてもらおうじゃありませんか、幸い今日は何の予定もありませんし」
執事と姫は身支度を整えて、出かけることになった。いざ出立のころになるとどこから漏れたのか姫の思い人の話題で館の中は持ちきりだった。
アシュテルは内心不愉快だった。長いことそばでお世話してきたお嬢様は鋼鉄が好きと言ってはばからない鋼鉄愛好者であり、だからこそアシュテルは秘めたる思いを打ち明けることなく今まで彼女のそばにいたのだ。だというのに、彼女には好いている人がいるらしい。彼のぴしっとした鉄面皮の下は嫉妬でゆがみまくっていた。
しかし、フローネが来るとアシュテルは内に秘めた感情をその鉄面皮に押し込んで、出立の共をする。
「私の好きな人はね、とっても強いの、鋼鉄を斬ることだってできるのよ」
「そうですか」
アシュテルは憤慨した。鋼鉄を斬ることだったら自分にだってできる。フローネが鋼鉄好きを公言して以来、アシュテルは思い人の関心を奪う鋼鉄でできた胴丸に剣を振るい続けたのだ。武器庫番には泣かれたが、今では鋼鉄程度はすいすい斬れる。
「それにね、私の好きな人はとっても頼もしいの、私を守るために魔物の群れにも一歩も引かないで、鋼鉄のように頑として動じなかったの」
アシュテルは瞠目した、そんな奴が私以外にいたのか? アシュテルは鋼鉄を斬れるようになったころ、突如発生したゴブリンや巨大蛇などの魔物の群れからフローネを守ったのだ。あの時は必死で魔物を倒し切った後のことは何も覚えていないが、倒れた自分をフローネが看病してくれたことを知って内心涙を流して喜んだのだ。
「でもね、その人、表情が硬いの、まるで鋼鉄みたいに、何を言ってもどんな駆け引きを仕掛けても顔色一つ変えないの」
アシュテルは表情を動かさず、また憤慨した。そんな不愛想な奴がいるのか、フローネ様は身内びいきなしに美しいかただ、そんな方にアプローチされて表情一つ変えない男がいるのか?
「その人はね、頭が固いの、私がどうしてミドルネームをアイアンにしたか、まったくわかってないの」
アシュテル・アイアンは理解が追い付かなかった。鋼鉄が好きだからミドルネームを変えたのではなかったのか? これではフローネの好きな無表情男と同じではないか。
「その人はね、私の言ったことを勘違いしちゃうの、私がアイアンが好きって言ったら鋼鉄のアイアンと勘違いしちゃうような人」
アシュテル・アイアンは頭を揺さぶられた感覚と同時に記憶がよみがえった。そういえば、この先にある丘でフローネに言われたことがある。「私はアイアンのことが好き」と、それを鋼鉄のことだと思ったのは、自分だ、とも。
「でも、私はその人のことが好きなんだ」
丘のふもとにつくと、フローネはアシュテルの方を向いて微笑んだ。
「鋼鉄のように強くて頼もしくて、でも頭が固くて、表情も硬い、そんな人のことが、好きなの」
「姫……フローネ様」
アシュテルの鉄面皮は瓦解し始めていた。
フローネは自分の領地を一望できる丘の頂上にたどり着くと、アシュテルに向かって
「アシュテル、好きよ鋼鉄よりも何よりも、あなたのことが」
そういったのだった。




