005. 生まれ変わりの一発(2)
ヒースは気づかれないようにゆっくりと馬車から抜け出した。
前方を見ると、確かに男三人が岩をどかす作業をしている。
辺りを見渡すと、山の中だった。そこに一本の道路が山を縦断している。左右には木が立ち並んでいて、ヒースはその中へ向かって走り出した。
両手を縛られていて、とても走りにくいが、前へ進んでいく。
森の中に入った。よし!とりあえず、これでこの状況を切り抜けられる。
と思ったら次の瞬間。体がグラリと揺れた。目の前の視界が反転し、気づけば地面に倒れ込んでいた。
そう、ヒースはとっくに限界だったのだ。足がもつれて動かせない。筋肉痛でさらに痛めた関節が悲鳴をあげていた。
倒れた時の音で男三人はヒースが逃げ出していたことに気がついた。
三人とヒースは目が合った。すると、男たちは表情を変えて向かって来た。
「起きてやがったのか!!追えー!!」
三人が走ってきた。ヒースはなんとか体を起き上がらせて森の中を走っていく。
しかし、地面は起伏が激しく安定して走れない。おまけに疲れ切った体の疲労が更にヒースを追い込んでいく。
その間に男たちはヒースに追いついて、一人の男が背後からヒースを蹴り飛ばした。
ヒースは勢いで転がり、大きな木にぶつかった。起きあがろうとするが、体が動かせない。よろよろと立ち上がっても、すぐに地面に座り込んでしまう。
「待て!!生かせた状態で捕まえたら一億だ!死なせたら元の子もない!!」
「馬鹿野郎!一蹴りで死なねぇよ。それに危うく逃げられるところだったんだ。仕方がねぇ」
ヒースは息をあげていた。
体は動かず、疲労がずっしりとヒースの体を覆っていた。
この危機的状況では、どうしようもない。ヒースは諦めかけていた。誰か、助けに来てくれないかと心から願っていた。
──……違うだろ!!その考え方は、もう捨てろ。
ヒースは心の中で呟いた。
そうだ。ヒースを守ってくれたもうあの二人は死んだ。
それを受け止めきれないヒースはまだ逃げている。二人が死んだことを受け入れる恐怖。何もできない自分がこれから生きていくことへの恐怖から。
何もかもガルダとリリーから与えられた幸せを当たり前に思っていた。だけど、その二人はもういないのだ。
リリーに生きろと言われた。ガルダにはできると勇気をもらった。そして誓った。二人の夢をヒースが代わりに叶えると。
こんなところで諦めてはいられない。もう逃げることは許されない。
助けを求めて、誰かにずっと甘えてた自分はもう捨てなければならない。
一人でやればいい!!この状況で、あり得ない妄想をして、助けを求めるな。
俺はもっと強くならなくちゃいけない!
自分を信じてくれた人に恥をかかせるな。自分を信じてくれた人に胸を張っていられるようにしていないと、天国で見守る二人に会わせる顔がない。
ヒースは両手を縛り上げている紐を噛んだ。顎に力を込めて、硬い紐を噛みちぎった。
両手が解放された。ヒースは立ち上がると、男たちを睨みつけて、構えた。
「何してきやがるか分からない。慎重にいくぞ……」
「馬鹿野郎!相手はガキだ。こっちは三人!しかも大人。オレたちの方が圧倒的有利。ビビらずもう一度ガキを拘束するまでだ!!」
一人の男が走ってきた。ヒースは集中する。よく観察する。
目の動き、筋肉の動かし方。クセや拳を放つ時のタイミング。
それらが波になって見える。空間に白い線が描き出される。目が動いた時、筋肉が動いた時、それによって生じた波が白い線で見える。
攻撃してくるときと位置を予測して、ヒースは守りに入る。
男が拳を振ってきた。白い線の波が見える。それを避けると、相手の拳を避けることができた。
「何??」
大人たちは驚きを隠せない。
ヒースはまだ集中を切らさない。
ヒースはずっと見てきた。ガルダが生きていた時、ガルダは毎日外で空に拳を放っていた。そのフォームはとても綺麗で、毎日見ていた。
その時の波、白い線を思い出せ!!ガルダがどのように体を使っていたか、筋肉を動かしていたか、全部理解している。
それを体現しろ!!今、生まれ変わるしかない。
ヒースは叫んだ。
不意に、ガルダの姿が見えたような気がした。ガルダが一緒に拳を振ってくれているような気がした。
ヒースは渾身の一撃を放った!!
男の顔に拳が当たり、男は地面に倒れ込んだ。
傍観する他の男たちは今何が起こったのか分からなかった。
ヒースは鼓動が鳴るたびにジンジン痛む右手の拳を見た。そして、もう一度、力を込め直して男たちを見た。
男たちは更に表情を変えて、二人とも構えた。
ヒースの初めての一発は、森の中に轟く重たい一発だった。