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002. 一億の子供(2)

ドアが三回なった。


「ザックおじさんじゃない?」


ヒースは魚のソテーを口にしながら言う。


ザックおじさんとは、ガルダとリリーの古い仲。一緒に昔、冒険者をしていた人らしい。


十キロ先の小屋に住んでいる。ザックは主に小麦など、畑仕事を。ガルダは主に魚介を交換し合っていた。食料をお互いに調達して与えている。


「いや、ザックから来ると言う連絡は無かったが……」


ガルダは立ち上がると、ドアへ向かって歩いていく。それを見つめながら、リリーとヒースは食事を続けた。


「ザック?」


ガルダがドアを開けた。背筋を凍らすような冷たい風がドアを開けた瞬間に部屋へ入ってきて、ロウソクの火がいくつか消えた。


その直後、ズブッと鈍い音が部屋に響いた。


「ガルダ?」


リリーが立ち上がると、ガルダは腹を押さえてその場に倒れ込んだ。


血が、地面を這っていた。


「え?」


意味が分からない。まさか、刺されたのか?


「ガルダ!!」


リリーは倒れたガルダに駆け寄った。息はある。しかし、出血がひどい。


ヒースは玄関の方を見た。


……ゆっくりドアが開いた。隙間からはザックおじさんがいつも着ている茶色い分厚めの上着が見えた。


「ザックおじさん!!」


ヒースは叫んだ。


上着の袖には返り血のような赤い模様がついていた。


ザックおじさんが、ガルダを刺した?


と思ったが、なんとザックおじさんもその場に倒れ込んだ。


「ザック!!」


リリーはそれを受け止めて、静かに床に置いた。ザックの腹も刺されていて、服に血が滲んでいるのが見えた。



「ひゃっはー!!!子供の声がした!!間違いない!!ここにいるぞ!!」


「落ち着け、これからが仕事だ」


奇声をあげる男と、対してとても冷静な男の二人が入ってきた。体つきは普通だが、武器を持っている。一人は猟銃。もう一人は八十センチほどの剣。

男とヒースの目が合う。その時、二人は妙な笑みを浮かべ、汗をかく。


「すげぇ!!やっと見つけた。間違いない……!!赤目だぁぁぁ!!目の前に、一億が……!!」


「よし……殺すぞ!」


奇声をあげた男はヒースを指差した。


「いいか?お前には連合会から一億の懸賞金がかけられてる!!その知らせから一ヶ月、一般民族はお前を死に物狂いで探しているさ!!ヒャハー!ついに見つけた!!やっとだ!!やっと連れ去ることができる!」


「そうはさせない!!この子は私が守る!!」


リリーはヒースの目の前で両手を広げた。男はリリーを睨む。


「ああ?……なんだ、ババア!!のぉけぇよぉ……。お前もこいつを政府に売りつけんのか??」


「そんなことするはずないでしょ!!」


リリーは男を睨みつける。


「俺らだって人殺しは嫌なんだよぉ〜?その気がないなら大人しく渡してくれないかなぁ〜」


「リリー…」


ヒースも何かしたいと、加勢しようとする。


「大丈夫。ヒースは何もしなくていい!私はこれでも、昔はガルダより強かったんだから」


リリーはヒースに笑顔を向ける。そして、机の裏に隠していた鉄の棒を持って構える。


「襲ってきた獣用の鉄の棒だけど、こんな時に役に立つとは」


「やる気だな??」


お互いが睨み合った。



銃を持った男と、リリーが動き出した。


男が銃を構えたと同時に、リリーは鉄の棒を振り回していく。

「フン!!!」

銃口の先を注視して、うまく銃弾を避けながら、間合いを詰めていく。


銃を吹き飛ばした!相手は素人。互角だ。


銃を吹き飛ばされた男は素手で挑んでくる。それを攻撃していくリリー。リリーの方が優勢だ。相手の顔や体に鉄の棒を打ちつけていく。男がその場に倒れこみ、気絶した。勝てると思われたが──





 ──「やめろ、動くな」


リリーは止まった。もう一人の男がガルダの首元に剣を添えて立っている。


「動いたらこいつを殺す。武器を置いて両手を上げろ」


男はリリーを睨みつける。リリーは息を荒げ、歯を食いしばっていたが、ここは言うことを聞くしかない。


「すまない……リリー。俺が、油断……したばかりに……」


ガルダは腹を押さえているが、その手の上から血が溢れていた。


「くそぉ……。手こずらせやがってェ……」


その間にリリーにやられていた男の目が覚めた。立ち上がると、両手を上げているリリーの真横に立ち、銃口をリリーの頭に当てた。


「仕方ねェ。最期の言葉、言わせてやるよ」


「やめろー!!お前……!!」


ガルダの叫び声が部屋に響いた。でも、そんな声は男たちに聞こえていない。


「リリー!!!」


ヒースも叫んだ。


リリーはゆっくりと振り返り、ヒースの方を見た。そして、リリーはいつもの大袈裟な笑顔を見せた。


「しっかり生きなさい!ヒース!」


その後、銃弾がリリーの頭を貫いた。勢いで、リリーは地面に倒れ込んだ。


ヒースは地面を眺めた。倒れているリリー。血がもう床の上を覆い尽くしていた。息はしてない。


死んでもなお、まだリリーの口角は僅かに上がっていた。


最期に笑いかけてくれた。ヒースを安心させるために。でも、ヒースは全く受け入れられなかった。自分の不甲斐なさに、ただただ打ちのめされた。一瞬で、家族の命が奪われた。


ガルダは俯いていた。怒りだけの感情がガルダを支配していた。


「くそーー!!」


ガルダは怒りのあまり、痛みを忘れていた。あるはずも無い力を振り絞り、剣を持っていた男を殴り飛ばした。その後、銃を持っている男にも近づいていく。


男は銃を撃つ。三発ほど当たっているのに、ガルダは目をギラギラさせながら歩み寄る。


「こ、こいつやべェ!!」


男は一歩後ろへ下がったが、遅かった。ガルダは渾身の一撃を男に放った。顔に当たった拳は男の鼻の骨を折った。


男は吹き飛んで、出血している。痛めたところを押さえながら悶えていた。


「お前ら、よくも……。よくもー!!」


ガルダはリリーを殺した男にもう連続で殴るために寄っていく。トドメを刺そうと思いっきり拳を握りしめて、振りかざす。


しかし、それは当たらない。


後ろから、剣で背中を刺された。剣は貫通していて、ガルダは力を失ってその場に膝をついた。


男たちは息を整え、ヒースを睨みつける。


「これで、一億はオレたちのものだな」


ヒースは恐怖で体を動かせなかった。一瞬で二人とも失った。これはまるで夢じゃないかと疑った。


しかし、紛れもなく現実だった。涙が止まらなかった。


「さぁ、大人しく捕まってくれるな?」


男たちはヒースを拘束するための紐を取り出した。


「ったく、手こずらせやがってェ……。全身がいてぇよー」


リリーを殺した男は鼻から勢いよく血の塊を出して、よろよろ立ち上がった。もう一人の男が、ヒースの両手を後ろで組ませて縛り上げていく。


その時、男たちの背後に大きな影が立ち上がった。振り返ると、血まみれのガルダが立っていた。男たちはあまりの驚きに、空いた口が塞がらなかった。


「「しつけーー!」」


二人は声を合わせてガルダに攻撃しにいく。しかし、まだガルダの方が強かった。二人は気づいた頃には地面に顔を叩き落とされていた。両手で二人の顔を地面に押さえつけながらガルダは叫ぶ。


「……ヒース!!お前は走って逃げろ!!今のうちに!……早く!」


ヒースは我を取り戻した。ガルダの言葉で、ようやく体が動き始めた。


「ガルダ……おれ」


不安を隠しきれないヒースの声は震えていた。


「大丈夫だ!……村まで走って助けを求めろ。ヒースを襲う奴がほとんどかもしれないが、必ず助けてくれる人はいる。いなくても、生き延びろ!リリーの言葉を思い出せ!!」


「ガルダ……」


ヒースは涙が溢れて止まらなかった。不安で不安でたまらなかった。


でも、脳裏に鮮明に浮かんだ。『しっかり生きなさい!ヒース!』と言う言葉が。リリーの最期の姿が。


「大丈夫だ、ヒース。お前になら、できる!!」


ヒースはその言葉に突き動かされた。足がもう動いていた。幸い、拘束は緩く、一瞬で解けた。ヒースは玄関を勢いよく出て、雪がうっすら積もった野原を走る。


ヒースはもう止まらない。ガルダを、リリーを失った。涙が止まることはなかった。でも、進むしかない。生きろと言われた、できると言ってくれたなら。



男二人は大声をあげながら起きあがろうとしていた。ガルダは二人を懸命に押さえつける。痛みを忘れ、とうに限界を超えてもなお押さえつける。


全ては死んだリリーの思いを引き継ぐため。ヒースを守るため。



……ガルダの様子が変わった。血が空中へ昇って、髪の毛が逆立っていく。


髪の毛の色が一部変化した。赤色に染まる。


家の中は真紅の光で照らされていく。ガルダの拳からは炎が燃えていた。


「熱い!!……もしやこいつ、祝福者!!神の力を授かっている!!やばい!!」


「嘘だろ??祝福者は無理だ!!とりあえず、あのガキだ!!あのガキさえ捕まえたら、一億だ!!」


ガルダの両手が突然震えだした。


「くそ!!……言うこと聞いてくれ……」


しかし、その願いは届かなかった。ガルダの手が震え出し、力が弱まった時に、男二人はガルダの手から逃れた。


「追え!!」


二人は玄関を駆け出した。辺りを見ると、走っているヒースを指差して、走り出した。


「待てーー!!」


叫ぶ男二人をガルダは睨みつける。



「……行かせない!!絶対に!!」


ガルダはその場から右手を広げて男の方に向けて突き出した。


「もしものために、神の力は最期まで取っていた。……必ず生き延びろ、ヒース!!」


ガルダは目を瞑って深呼吸した。右手に力を込め、思いっきり目を開いた。


「「「炎柱(ファイアトール)!!!」」」


男たちが走っている地面に赤い線の紋様が現れた。男たちは走るのをやめ、辺りを警戒する。


そして、その紋様から炎の柱が立ち上がった。


男たちは燃えながら悲鳴をあげる。


紋様が浮かび上がったところから炎が勢いよく空を突き破りそうなくらい高く赤い炎が上がる。熱で男たちは骨の形もなく消えていった。


ガルダはそこで、力尽きた。


「俺たちも逝こうか、リリー。そして、みんなに会おう」


ガルダが起こした炎は、家も飲み込んでいく。ガルダは天を仰ぎ、涙が出てくるのをずっと堪えた。


そして、倒れたリリーのそばにより、抱き抱えて壁に寄りかかって座った。


二人は、燃え盛る炎に飲まれていった。




ヒースは振り返ってその炎を見上げた。また涙が込み上げてきた。それを振り切ってまた足を動かした。


二人の思いを無駄には出来ない。ヒースは炎に照らされた赤い自分の影をただひたすら追い続けた。

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