皇帝の仮面
「姫、お疲れではないか?」
「お気遣い有難うございます。そうですね、少し休まさせて頂けるとありがたいのですが」
「分かった、今準備させよう、それまでは私の謁見室でお待ち頂くとしよう」
「えぇ、そのほうが、私としてもいいですわ」
「では、そのように計らうように、聞いていたなルイ」
「はっ、かしこまりました。すぐに準備を」
二人を取り巻いていた護衛以外の者達が足早に準備に始めた。それに合わせて皇帝がファナの手を引いていく。
「姫、私の謁見室に着くまで城内を案内させて頂きたい」
「よろしくお願いします」
一見、他の者からみたら同等の立場だと見える。でもファナは分かった。この人は私《皇女》なんか見ていない。
その証拠にこの人は、先ほどから人の目をみて話してはいない。ずっと前を向いてまるで飼っている玩具のように首輪を引っ張るように私の手を引いて
いる。
それならば、こちらの取る態度も決まっている。礼を尽くさぬ者に礼を返す義理はない。
「皇帝陛下、少しお伺いしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、お伺いしましょう」
「どうして私ごときの迎えにルイ殿を?」
「姫をお迎えするのには不足でしたか、それともあの者が何か粗相を?ご満悦いただけませんでしたか」
「いいえ、旅の途中も一度リチュワードでお会いした事があるのでお話し相手になってくださいましたし、ご存知ですよね」
そういった瞬間、皇帝の顔に微かに狼狽の色が浮かんだ。
「それは・・・」
皇帝が口を開きかけた瞬間、官吏が謁見室の準備が出来たと報告にきた。
「その話は謁見室でということで、よろしいかな」
「承知しましたわ」
「で、どういう話だ」
謁見室に入った直後、人払いを済ませた皇帝はファナに向き直ると先ほどとはまるで別の人間になったように口調を変えて話しかけたきた。
少し驚いたがこれも予想の範囲内だったのでこのまま話を続けた。
「そのままの意味でお受け取り下さい」
「なぜ、ルイを偵察として姫の下によこしたか・・・ということだな」
「はい、そしてなぜ私ごときの迎えに近衛隊長であなたの右腕であるルイ殿をお寄越しになったのですか」
「第一に、私の后になるにふさわしいかどうか確かめるために、その分で言えばあなたは不合格だったのだがな」
「不合格?それはどういうことなのでしょうか」
何もしていないのに相手に認められないとはどういうことなのだろう。ファナは口元に手を置いて首をかしげた。
「あぁ、確かに姫には知性はあるようだ、だがありすぎても困る。私の政の道具となりえないからな」
それを聞いた途端カッと頭に血が上るのが分かった。人を道具扱いするこの男《皇帝》が許せなかった。しかし平手で殴るには距離が遠い。
一瞬の判断の後、気付いたときには皇帝の横の壁に自分の短剣が突き刺さっているのがみえた。
皇帝の横髪がなびいたかと思ったら頬からツゥと血が落ちた。
ファナは懐にあった護身用の短剣を投げた右腕を下ろし、再び座ると静かに口を開いた。
「あいにく、今はこれしかもっておりませんので、これで血を」
そういって、裾からハンカチを取り出して皇帝に手渡した。
「話の腰をおってしまい申し訳ありません。それで不合格の私を呼んだ理由は?」
謝る気などさらさらないことを相手に確認させた上でハンカチを渡す。その意図を読み取ったように皇帝は口角を上げて話を続けた。
「ルイが、姫のことを認めた。あやつは普通の者とは違う。そのルイが姫を認めた、これを私が否定すれば世継ぎがいなくなる。縁談の話についてはこ
とごとく大臣達の懇願を無視し続けたからな。これを逃したらもうないと喜んでいた、あの狸共が」
ちっと舌打ちした皇帝にファナはなぜか少しだけ親しみを感じた。そんな気持ちを振り切るようにスッと目を細める。
「だから、次は側室をと大臣達が望まないようにわざわざルイ殿を使って私を迎えに?」
「よく、分かったな」
皇帝、グレイスは驚きの目を隠せず目を見開いた。
「えぇ、ルイ殿にエスコートされているときに私への嫉妬の視線とルイ殿の立場からおおよそ察しました」
「・・・それで?」
「ご自分のいわば私兵を使ってまで私を迎えに行かせたことで皇帝がどれほど今回の婚儀を望んでいるかを皆に知らしめたという所ではないでしょか」
「見事だ。しかしそれをしったところで姫はどうする」
「それほど大事にされているという設定なら、そのこと存分に使わせていただくだけでございます」
「・・・違うな」
急に空気が暗くなったのを感じてファナは皇帝から離れようとするが、遅かった。
顎をつかまれ、無理やり引き寄せられた。
「なにをっ・・・・っ!」
息が出来ない。
「はっ・・ふっ・って」
離してと言おうとするのだが皇帝に無理やり口を塞がれてうまく言葉にならなかった。
「ケホッゴホッゴホ・・・ッ」
しばらくの抵抗のあとやっと開放された口は空気を大量に吸い込みすぎて咳き込む。
「覚えておけ」
ファナが咳き込んで椅子からすべり落ちたあとグレイスは立ってファナを見下ろした。
「いくら、他国の皇族といえど、ここは俺の国。皇帝の俺と同等だと思うな。道具としては大事にしてやる。大事な人質だからな。しかしそれ以上でも
それ以下でもない。あまりつけ上げるな。分かったな」
それだけを言うとグレイスは謁見室から姿を消した。
「・・・最低」
ポツリと呟くとキィと扉の開ける音が聞こえた。
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