思い、出会う
「どうかされましたか?」
「いえ、大丈・・・っ!?」
はっと気付いた時には、馬車の中のみんなが自分のことを見ていた。それに自分がいま誰と喋っていたのかも。
「ルイ殿が迎えに来てくださったのですか」
「そうです、先ほどからここにいたのですが・・・」
困ったようにあたりを見回す。みな、一様にそっぽを向いていたがランだけは心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「少し考えごとをしていたのです。ご心配をおかけしました」
ニコリと微笑んでそれ以上追求はするなと存外に告げた。その意図を汲み取ったルイは椅子に座りなおす。
また沈黙が流れる。
ファナ自身がおしゃべりが得意なほうではないし、放っておいてくれた方が今は有難かった。
じょじょに景色が変わってくる。
清らかな清流が流れるリチュワードから諸国を挟んで陽が照りつける熱帯のボルツワークへ、ファナはただただその景色を眺めていた。
「姫様、ご気分が優れないのではないのですか?」
「大丈夫よ、ラン。それにそんなに心配されるほうが気がめいるわ」
「しかしお顔が」
「いいと言っているでしょう」
「はい、申し訳ありません」
罰が悪そうに俯いたランを見てため息をついた。
ランに心配されるほど自分はこんなにも脆い人間だっただろうか。あるいはいつからこんな人間になっていたのだろうか。
あんな父親と言えるかどうかも分からなかった人に国を出る直前に父親らしい心配をされて混乱している自分がいる。情けないと思う。
でもその気持ちを振り切れない自分がまだここにいる。そこをいつもいるランはともかく、今というか最近会ったルイにまで気付かれてしまうとは、ど
れだけ自分は思い悩んでいたことか容易に想像がついてしまう。
今、それを吐き出せたらどれだけ楽なことか。しかしそれを出来ない立場にファナはある。それを祖国も望んではいないし、ボルツワークの人々も望ん
でない。自分は仮の平和のための人質なのだから。
そんな思いも知らず自分を政略のための道具として呼ぶあちらの皇帝に段々とイラついていた。
「もうすぐ着きますよ。皇后陛下」
「ルイ殿、まだ違うわ。立后式を終えてないもの、ファナで構わないわ」
いきなり、かしこまったルイに手で軽くけん制して窓の外を眺めた。
確かにもうすっかりリチュワードの面影など見当たらないほど景色が変わっていた。外では子供達が駆け回っていた。
こんな景色を見たことがなかった。リチュワードは格式の高い国。子供達でも外に出るときは剣舞の練習か馬術の嗜み程度でみんなで駆け回るなど聞い
たこともなかったし、ましてや見たことなどあるわけがなかった。
「この子供達は何をしているの?」
窓の外を指差してルイに問いかける。するとルイは笑い始めた。
「何って、遊んでるんですよ。鬼かけといって、鬼が鬼ではない子供達を追いかけるんです。ご存知ありませんでしたか」
「えぇ、初めて聞いたわ。そんな遊びしたことなかったもの、私はいつも内宮のさらに奥に閉じこもっていたから」
「そうでしたか、しかしこの国ではこれが普通なんです。子供は遊びが仕事ですから」
「そうなの」
ファナはもう一度外を眺めた。
楽しそうに子供達が遊んでいる。どうして国でここまで違うのだろう。リチュワードの人々がいうこの国の野蛮とはこのことだと思うのだが、
ファナにはそうは思えなかった。
やりたいことをやって楽しそうにすることがなにが悪いのだろう。我慢しているより全然いい。この国が発展を続けてきた理由が少し分かった気がした。
「着きましたよ。降りましょうか」
ルイがさきに降りてファナの手をとる、そして地面に足を下ろした瞬間聴こえたのは、女官たちの悲鳴にも似た叫びと兵士達の「皇后陛下に敬礼」という揃った声が混じった声だった。そのあとで「わたしのルイ様が」とか「ルイ様がわざわざお迎えに?」という雑音が聞こえたは聴こえたが・・・。
「随分と人気でいらっしゃられるのですね」
「はははっ、それでもグレイスじゃなかった皇帝陛下よりは劣りますよ」
「皇帝陛下とはご親密なのですか?」
「えぇ、昔からの幼馴染で、私の母は皇帝陛下の乳母をしておりましたから」
「では乳母兄妹なのですね、羨ましいわ」
「それを言ったらファナ様とラン殿だって、お心を通わせられたご親友のようにお見受けしましたけれど」
「えぇ、まぁそんなところね」
城の入り口に着くまでルイが手を引いてエスコートしてくれ、ファナは長い城までの道を歩いた。
「ルイ殿はエスコートは初めてではないですか?」
「えぇお恥ずかしい限りですが、なぜそれを?」
「いえ、女官たちのあの様子を見ていたら分かります。まるで信じられないみたいな顔をしていましたから」
「よく、周りをみておいでなのですね」
「じゃないと、人の上に立つ者としては失格だと兄に教わったので」
「素晴らしい兄上だったのですね」
「えぇ、本当に素晴らしい方ですわ」
「ではあなたも素晴らしいお方に違いない、そんな方の妹君であられるのだから」
「いいえ、そんなことはまったく・・・・・!?」
ルイと話していたのに、明らかに声の低さが違う。ルイはもう少し、高い声の持ち主であったはずだ。それがいま答えたのは大人びている低い声。
恐る恐る顔を上げてみると、ルイはもう後ろに控えていて、微笑んでいる。と言うことは、自分の横にいる男性は
「皇帝陛下!!」
「わが国へようこそお越しくださった、リチュワードの姫君」
「皇帝陛下におかれましては初めてお目にかかります。皇帝陛下お導きの命の下ファナ・リチュワード・アテナ参上いたしました」
ふわりと微笑んで礼をとる。皇帝に対し最上級の礼をとりつつ皇族としての同等の立場示すように、膝はつかずぐっと背筋をのばして。
そんな様子を皇帝、グレイス・ボルツワークは興味深めに見ていた。
それぞれの国の思惑を持って・・・
それぞれの思いを胸に秘めて二人は出会った。
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