来訪者
ボルツワークに嫁ぐ
そう決めた日から自分を取り巻く環境が大きく変わったように見えた。
実際変わったのだが・・・・
今ままで皇位継承権から程遠く周りの貴族達から注目さえされなかった突然ファナに多くの者が訪れるようになった。そのほとんどが軍事大国ボルツワークとかかわりを持ちたいと思っている大貴族ばかりでその目からは欲が見えみえだった。
「なぜ人はこんなに欲が高いのでしょうね。ラン、私は彼らが羨ましいわ」
ファナは普段嫌味などほとんど言ったことがなかったのだが少し意地悪く笑ってみせた。
「ごめんなさいね、ラン。別にあなたにいっているわけじゃないの。でもこんな日が毎日続
けば嫌味の一つぐらい言いたくなるものだわ」
そういって舌を少しだしたファナをランは初めて見た顔だった。
突然、キィと軋む音がして扉のほうを振り返ると一人の男が侍女を連れ入ってきた。
「失礼致します。皇女様にご挨拶したく皇帝陛下に許しを得まして参上仕りました、宰相の
ギシルと申します。以後お見知りおきを」
静かにしかし存在感あふれる動きで堂々とファナの私室に入ってきた自分のことを宰相といった男をファナは静かに睨み付けた。
「失礼ではないでしょうか?」
沈黙が続く中、先にファナが話し始めた。
「何がです?」
「皇帝陛下に許しを得て・・・そこまでは分かります。しかしここは私の私室です。用があ
るなら、私の来賓室といものがあります。そこでお待ち頂くのが自然ではなくて?」
突然始まった口論にランは驚いて、ポトッと茶葉を落としてしまった。
「これは女性に対するマナーというものでしょう。私がボルツワークに嫁ぐとか、皇女だからとか、それは関係ありません」
ぴしゃりと言い放ったファナに男は口角を上げた。
「何がおかしいのです?」
「いやいや、ご気分を害したとはこれは失礼致しました。しかし、ボルツワークの皇太子
妃となられたと聞いてすぐにでもご挨拶に行かねばと思いまして・・・」
これはお祝いの品です。お納め下さいと続け急に従順な姿勢を見せ床に伏した宰相を見て、ファナは拳を震えるほど握り締めた。
「これは私を試していらっしゃるのですか、でしたらお帰り下さい。ボルツワークの使者様、私は覚悟は出来ております」
お帰り下さいと扉をランに開かせるとファナは立ち上がった。しかし男は一向に立とうとしない。それどころか、自分に出されたお茶をすすりだした。
「なぜ、わたしがボルツワークの使者だとお分かりに?服も礼儀作法も言葉もリチュワード国のものと完璧に覚えたのですが」
「確かにあなた様の言葉、挨拶、礼、服にいたるまで完璧でした」
「では、なぜ」
「私の侍女達がどう対応したらよいか困っていること、それに皇帝陛下に許しを得なくても私には会えます、後宮の中の内宮の者には公務があるので
その方に直接許しを得れば皇帝陛下に許しを得なくてもよいのです。私の侍女は皆貴族の者ばかりです、普通の方なら挨拶も普段どおりですが他の国の礼儀は知りませんので」
「そういう事でしたか。ではこの国々の重鎮の方々は皇帝陛下ではなく、直接許しを得るのですね」
「はい、そういうことです」
知りませんでした、そういってスッと立ち上がるとファナに一礼して扉のほうに歩いていった。
「失礼ではないでしょうか?」
「まだ何か?」
先ほど使った言葉をもう一度ファナは使者に対して書斎の本を取りながら話しかけた。
「結局私に名前も言わずに去ろうとなさるなんて、ボルツワークの男性は皆このような方ばかりなのですか?先が思いやられますわね、これから何かとお世話になりますのに」
くすっと本を見ながら笑った彼女にかの国の使者は少し苦さを覚えた。
「先ほどは失礼致しました。私の名はルイン・ハッシュワード、現ボルツワーク皇帝陛下の近衛隊隊長を勤めさせていただいております。私のことはルイとお呼び下さい」
「分かりました、ではまたかの国で」
そういってかの国の使者はファナの私室を去っていった。
あんな細い腕でよく隊長が務まるものだなとファナは思ったものだが、それはおいおい分かるものとして、自分の妃になる人に偵察を入れてくるボルツワークの皇帝はどんな人なのか
疑問がファナの中で膨れ上がっていた。