火蓋は切って落とされた
それから、何事もなく数日が過ぎていった。
少なくとも表面的には…
あれから陛下は部屋に戻ってこない、私が寝ている間に来ている気配はあるものの起きているうちは現れる気配はない。
(絶対、何かある……)
その確信はあるのに部屋から出られず自分で調べようとしても侍女がそれを阻む。段々とファナの苛立ちは溜まっていく一方だ。
苛々は日に日に度を増し、進んで近づくのはファナ付きのランだけである。
「暇ですねぇ」
「そうね」
「何かお持ちしましょうか?」
「いいわ、かまわないからしばらく放っておいて」
「かしこまりました」
不機嫌なファナの扱いに慣れているランにはお手の物だ。ランは言い終えるが早く違う作業を開始した。
「あっ……姫様これっ!」
しばらく黙々と作業をしていたランの手が止まった。
ファナは煩わしそうにランを見上げる。
「どうしたの」
「何かの書類かと思ったんですが……」
そういって差し出した紙にはファナも驚くものが書かれていた。
「何これ……今日じゃない、これって正式なお茶会のお誘いよね。しかも私宛の」
「そうだと思われますが……」
紙を差し出したランも戸惑ったように返事を返す。
「でもなぜこれが陛下の下にあるのかしら……ねぇ?」
戸惑いを隠せないランとは別にファナの目は怒りで燃えている。
顔は怒りの余りふるふると震えている。
ランとしてもこれほどまでに怒っているファナをみるのは久しぶりだ。
「ラン、まだ間に合うわよね?」
反論など許さないと存外に告げてファナは紙をきつく握った。
(紙でなくてよかった)
ランがそう思うほどに……
「はっはい、多分まだ間に合うかと……」
「出ます、案内役を一人頼みなさい」
ランがいい終える前にファナは立ち上がって扉の前に立った。
「姫様、陛下の許可がいるのでは?これには陛下もご出席されるようですし」
陛下に一泡ふかせてやりたい気持ちも分からないではないが、ここは侍女として一応とめに入る。
これでファナが歩みを止めることがないことくらい分かってはいるが一縷の望みを持ってランはファナに問いかけた。
「これは私宛に来た招待状よ、それになぜ陛下の許可がいるの?」
正論だ……
だがこの状況でいうと屁理屈に聞こえてしまうのは否めないだろう。
ファナは勢いよく扉を開けた。
案の定、部屋の前で見張りをしていた兵士達はファナの突然の暴挙ともいえる行動に戸惑いながらもファナに部屋に戻るように呼びかける。
ファナはそんなことなどお構いなしに歩を速めた。
「お戻り下さい、陛下の許可がない限りお出にならないようお願い申し上げます」
「ラン、行くわよ。着いて来なさい」
「……っあ、はい」
ファナに行っても無駄だと悟ったのか兵士や侍女達はランに助けを目で求める。
でもランはファナの侍女であってこの城のこの国の侍女ではない。可哀相だとは思ったが目を瞑った。
「お戻り下さい、陛下がご心配なさます」
「……」
「お戻り下さいっ!」
「お黙りなさい、そんなに心配ならついてくればよろしいでしょう。陛下には私からお伝えしておきますから」
幾度の呼びかけに痺れを切らしたファナは少し刺々しく一喝した。
兵士は苦い顔をしながらも黙ってついて行くことを決めたようだ。ファナの後ろにすっと下がる。
ファナはその様子に満足してとめていた歩を再び動かし始めた。
「ラン、今日ご出席の方々のお名前ってそこに書いてあったかしら?」
歩きながら話を進めるファナはもう外向けの顔に戻っている。
ならばランもそれに応えなければいけない。
「はい、今日ご出席の方々は皆様、皇族に血縁関係のある方達ばかりです。陛下の叔父にあたる親王様を始め、新王妃様、四卿であるローデル公、ハイワン公、十二卿のデルサン卿、それとそのご正妻、並びにご息女の方々などが主だと思います」
「分かりました。ありがとう、ラン」
「いいえ、お役に立ててなによりです」
出席者リストを言っている間に会場に着いた。
幸運なことにまだ出席者はきておらず、ファナはたぶん自分が座るであろう席に腰掛けた。
「ねぇラン、今更なのだけれどこのお茶会は誰が開いたのかしら?」
「陛下……ではないでしょう。あれほど姫様を外にお出しにならないのですから」
「そうね、それはまず考えられないわ。でも城を場に指定できるのは皇族しかいないはずよ」
突然、沸いたようにふっとした疑問に二人とも考え込む。実はランは前々から疑問に思っていたことなのだが、
ファナは怒りのあまりに忘れていたようだったので伏せておいたのだ。
「おやっ誰かと思えば姫ではないですか」
考え込んでいたので扉の音に気付かず、いきなり声をかけられたファナはびくっと肩を揺らした。
「キル殿下!」
「主催者よりも早く来られてしまっては顔が立ちませんよ」
そこでニコッとファナに向かって笑みを作る。ファナもそれにつられて微笑みを返した。
「キル殿下がこのお茶会を……。というか私の前ではそんな言葉遣い不要ですよ、いつもどおりにしてください」
先ほどから聞いているキルの他人行儀な声はどうも本人と合っていなくしっくりこない。
流石にお茶会であの口調ではまずいが今ならいいのでは?と伝えると今日は身内の関係ではなく、主催者と招待客だからとやんわりとその提案を断られてしまった。
「では、そろそろお茶会を始めましょうか」
他愛のない会話はキルの言葉で途切れる。
えっ?と首を傾げたとき後ろの方でキィと扉の開く音が聞こえた。
更新が遅れました。すみません(泣
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