想い溢れて
ここは―――
どこなのだろうか。聞きたいがさきほどのことがまだ頭から離れずなんとなく話しかけずらい。
そんなファナの様子を知ってか知らずかグレイスはファナを降ろし地に立たせてくれた。
「ここは……」
どこなのかという言葉を飲み込む。
目の前に小さな墓標が立っている。それで自分がどこにいるのかおおかた察しがついた。
「ここは、俺の母上が眠っておられる場所だ」
さっきのファナの問いに答えるようにグレイスが口を開いた。
ここにグレイスが連れてきた意味はまだ分からない。
でもここでそれを問いただしてもおそらく答えを返してくれないだろう。やることがない代わりにファナは小さな墓標の前に跪いた。
そして無言で手を合わせる。
数分くらいそうしていただろうか、しばらく黙っていたグレイスが上から声をかけてきた。
「少し、話をしないか?」
さきほどのこともあってか少し遠慮がちに提案してきたグレイスにファナは無言で頷く。
ファナが頷いたのを確認するとグレイスはその墓標の少し離れたところに腰を下ろした。
二人きりで話すのはこれが初めてではないはずなのにどうしてか初めて話すようでひどく落ち着かない。
ファナはグレイスが腰を下ろした場所の隣に腰を下ろした。
「お前はリチュワードが好きだったか?」
「……分かりません、好きだったのか、ただ生きているだけの空間なんて好きと言えるのでしょうか」
グレイスの突然の質問にファナは何も考えず即答していた。
自分への自問のはずだったのに口に出してしまって、ひどく狼狽する。
グレイスに答えを出して欲しいわけではなかったが、でも自分では分からなかった。
沈黙の後、ふいにグレイスが口を開いた。
「お前は国が好きだったのだな」
ふと何かを思いついたようにグレイスが発した言葉はファナを混乱させるには十分なものだった。
「どうして……」
自分の声が震えているのが分かる。動揺を隠しきれていないファナの瞳は大きく揺れていた。
そんなファナにグレイスはさっきよりも優しい声でファナに喋りかけた。
「嫌いだったらそんな分からないという表現は使わない、分からないのはそんなことを考えることもなかったほどに住みやすかったのだろう」
「……」
なぜグレイスがそう言ったのか分からない。でもファナはそれに肯定するように頷いていた。
「好きだったのかも知れません」
しばらくの沈黙の後、出てきたのは曖昧な言葉だけだった。
「今はそれでいい」
グレイスの声を風がふわりと優しく包み込む。グレイスの言葉はすんなりとファナの心の中に落ちてきた。
グレイスに「今はそれでいい」と言われとき、ファナはなぜか安堵していた。
頬から流れ落ちる涙にも気付かず――
「あれっ…なっ……んでっ?」
涙に気付いて何度も涙を拭うが、とまる気配をみせない。そして落ちてくる涙は消えていた感情を溶かし始めた。
「いゃっ……っ」
自分の感情の変化を認めたくなくて強く目を擦る。
あんなに嫌だと思っていた母国なのに、自分を捨てた国だというのに、復讐を誓ってこの国にきたというのに。
グレイスは隠していた心を簡単に見つけ出してしまった。あんなに必死に自分から切り離そうとしてきた母国への自分を捨てたはずの家族への気持ち。最後に見せた父の表情、すべてが今いっきに溢れて止まらない。捨てられるはずがなかった。いい思い出がなくても自分の国はやはり大切なのだ。
静かな場所にファナの嗚咽が漏れる。
「っぁ……ぅぁ…っ」
ファナは嗚咽を堪えて手で顔を覆った。それでも頬に流れ落ちる涙は止められず、次々とあふれ出る。
その涙をグレイスは手で掬いそのあと力強い手で、優しくファナの顔を覆っている手を除けた。
「それでいい、泣けばいい。お前の泣く場所ならここにある」
「私はっ……なん…のっために……っ復讐をっ…それっだけ…」
嗚咽のせいでうまく言葉をつなげられない。
「そんなこともう考えなくてもいい。お前はここには自分と自国の平和のためにきたんだ。捨てられたわけではない、分かっていたはずだ」
そうだ、分かっていた――
あの国にいればいずれ邪魔となるだろうと、皇帝になるオルマンも自分のことで苦労させるかも知れないと、それで自分を追い詰めてしまうというファナの性格を父は分かっていた。見ていないようでちゃんと見てくれていたこと。だからボルツワークという成り立ての国で自分の存在を必要としてくれるところに行かせてくれたことも、知っていた。なのにみないふりをした。
「いゃ…っわたしっはっ……捨てられっ」
「お父上がどれだけお前を心配しておられたか、分かっていたはずだ」
「そんなっ…はずっない」
グレイスの言葉を手と言葉で拒絶するがその両方をグレイスは塞ぎこんだ。
それはいきなりの口付けで、ファナを黙らせるには最適だった。
「自分を……お父上がお前を心配なさってくださった気持ちを否定するな」
もう一度触れるだけのようなキスをして嗚咽を繰り返すファナにグレイスは頭を撫で続けた。
「ぅ……っぁ」
「よく今まで頑張ったな」
「ぁあ……ぅぁあぁっ」
その言葉に完全にファナの作っていた壁が消えた。
ファナは今まで出したこともないような声で泣きグレイスに縋り付いた。
泣き疲れて眠るまだ女性というには幼い少女を抱いてグレイスは自分の私室へと歩いていた。
横を通りすがる者は皆、一様に驚いてグレイスの腕に抱かれて眠るファナを見つめる、だが何も言わないのはグレイスの表情の怖さからだろう。
だがそんな表情とは違い心の内はようやくもやもやしていた壁が取れたかのように晴れ晴れしてた。
しかし、晴れ晴れとしていても彼女を早く休ませてやりたい、という気持ちは変わらず堅い表情のまま早歩きを続けるがグレイスの私室まではかなりの距離があった。
いっそ兵の数人を呼んでいますぐ自分の私室の前まで送らせようかとも考えたが、今は誰にもファナに触れて欲しくない。
早くと足を動かしていると突然、グレイスの耳に今一番聞きたくない相手の声が聞こえた。
「なにやら騒がしいな、」
供の者もつけず、相変わらず堅い表情を崩さないグレイスに声を掛けれるのは一人しか居ない。
「キル……」
「なんだ、その難しい表情は」
明らかに嘲笑を含んだ笑いにグレイスは眉間のしわをさらに険しくなっていた。
「今、貴様を相手にする余裕がない。うせろ」
そう言い捨てるとグレイスは立ち止まった足を再び私室に向け動かし始めた。
「情報を言ってやろうとしただけなのにそれはないだろ……なぁ?」
一・二歩進んだところでグレイスはピクリと身体を揺らす。なるべくファナに負担をかけないようにゆっくりと振り向いてグレイスはキルのほうに向き直った。
「情報だと?」
早くファナを寝かせてやりたいと思うのにキルの言葉でグレイスの足は完璧に止まった。
「あぁ、リチュワードからの情報でな聞きたいか?」
答えを焦らすキルにいらつきながらもグレイスは平静を装ってキルに話しかける。
「お前に情報を操作する権限は誰も与えていない、言え」
キルが不快を露わに口元を引き結んだ。が、そんな表情を見せたのも一瞬でキルは得意そうに口元を歪めた。
「現皇帝、姫さんの父上が今、危篤状態だそうだ」
こんな大事な事柄を楽しそうに言うのもいかがなものかというものだが、それを聞いたグレイスの顔も相当ひどかったらしくキルは上機嫌でどうする?とグレイスに問うた。
「それは、本当か?」
間違うことのない情報だが念のため確認を入れるとキルは確かな情報だと珍しく真面目な顔で頷いた。
グレイスの額に汗が流れる、嘘だと願いたいがこの情報はどうやら本当らしい。
「まず間違いないだろう、姫さんに伝えるか?」
「……それは俺が決めることだ、貴様に知らせる義務はない」
あくまで動揺がばれないようにはき捨てるように言ってグレイスはその場を離れた。
数歩歩き出すか歩き出さないかのうちにキルの笑い声が聞こえた。
久しぶりの更新です!
もう少し頑張らないと!